第35話 示談交渉
「初めまして。わたくし、こういう者です。本日の用件は、そちら様のご子息による私の依頼人、多賀宗竜様への『暴行傷害事件』についてです。宜しいですかな。」
黒田弁護士は、名刺を差し出さし、挨拶もそこそこに、本題に入る。
「黒田先生も忙しいな。姉小路家の顧問ではなく、フリーだから、便利に使っているがな。」
等と言う無駄口を叩かない宗竜だった。
「まずは、こちらの動画をご覧ください。」
ここで、証拠となる映像を手持ちのノートPCで、再生する。そこには、ライダースーツを着用し、手にしたスタンガンを宗竜に押し当てている映像が、映っていた。
「ご覧の通り、ご子息は『不法侵入』の上、依頼人にスタンガンを使いました。更に、ご子息の兄である興信所所長、彼の雇った鍵屋が、この件に関与しております。」
続けて、映像はライダースーツのヘルメットを外すシーンに、今言った3人が、全員顔を晒した状態で捕縛されている、そんなシーンに移っていた。
「勿論、依頼人もご子息に、スタンガンを使いました。が、これは、れっきとした正当防衛。『寝込みを襲い』、『先に』手を出したのは、そちらです。」
黒田弁護士の話に、無言で耳を傾けるのは、初老の男女、それに若い男……いわゆるイケメンだ。黒田弁護士の言葉から、両親と息子と言う事になる。
「こちらから、説明する事実関係は、以上になります。ご質問は、ございませんか。」
「………………話は、分かった。……まずは、謝罪したい。この通りだ。」
夫婦と息子が、3人で揃って、床に土下座する。息子も悔し気な表情のまま、頭を下げる。
「3人? 加害者が、3人に、両親で5人じゃないのか?」
などと言う無意味な指摘をする者などこの世界にいない。
「鍵屋と、興信所所長の兄の罪状は、姉小路家所有の土地建物に対する『不法侵入幇助』のみ。『暴行傷害罪』ではない。尚、『不法侵入』を含めた示談は、姉小路家との間で完了済みだ。」
などと言う無意味な指摘に事実を被せる者などこの世界にいない。
「発言して良いか?」
と言う瞳で、黒田弁護士を見る宗竜。諾の応えを合図されて口を開く。
「顔を上げて下さい。僕は、お金も謝罪も必要としません。それよりも、今後は再発防止に、努めて欲しいのです。」
「申し訳ない。」
そう言ってから、ようやく顔を上げ、席に着く3人。
「では、質問も無いようですし、示談の話をしましょう。条件を文書でまとめておきました。こちらをご覧下さい。」
既に準備していた文書を、人数分取り出す黒田弁護士。
「こ……これは!?」
驚愕する夫婦。
「そんな! 酷過ぎるわ!」
「……つまり、あなたがたは、前途ある若者から、全てを奪う。そう言いたいのですね。」
「彼らの反応も無理からぬ事だ。示談の条件は、『家族以外の人物との接触並びに会話禁止』だからな。」
等と言う無駄口を叩かない宗竜だった。
「いいかい?」
と言う瞳で、黒田弁護士を見る宗竜。諾の応えを合図されて口を開く。
「では、僕から説明します。」
一同の視線が、僕に集中する。
「先程も言いましたが、僕は、お金も謝罪も必要としません。必要なのは、『再発防止』です。そして、その意味で、今のあなた方を信用できません。」
「どう言う事でしょう……?」
絞り出すような父親の言葉だった。
「そもそも、今回の事態を引き起こしたのは、あなた方の『教育』に、問題があった。そうとしか言えません。ですから、あなた方全員を信用できません。」
「しかし、これでは、本当に『一生誰とも会う事も会話する事もできません』残酷すぎます!」
ようやく声を荒げる父親。
「当然だ。奴の『能力』、『ビーナス・ビーズ』は、『暗殺』と言う目的において『完全犯罪』を実現する。二度と誰にも使わせる訳には、いかない。例え、代償があってもだ。」
等と言う無駄口を叩かない宗竜だった。
「では、こちらとしても、依頼人の意思を尊重するしかありませんな。被害届を提出します。証拠を添えてですよ。」
黒田弁護士の言葉に、息を飲む夫婦。息子は、無言でこちらを睨むばかりだった。
「脅迫じゃないですか!」
「いいかい?」
と言う瞳で、黒田弁護士を見る宗竜。諾の応えを合図されて口を開く。
「彼が、今回しでかした『行為』は、『暴行傷害罪』で済みました。とも言えます。何故なら、彼の目的は、姉小路エリーゼさんだったからです。」
「……それは、どういう意味でしょう……。」
「深夜、うら若い娘が、寝静まった部屋に、スタンガンや、結束バンドを持ち込んで、『ナニ』をしようと言うのです。危うく、姉小路さんが、被害者になる所でした。」
「違う!」
「ええ、違います。それは、僕が、未然に防いだからです。が、事が法廷に持ち込まれると、そうはいきません。警察は、犯人の罪状を増やす為、『余罪』を追求します。徹底的に……。」
「確かに、『ビーナス・ビーズ』の使用には、代償がある。1回の使用で、1~6年の寿命を失うと言う物だ。だが、そんな事は関係ない。やはり、二度と使わせる訳にはいかない。」
等と言う無駄口を叩かない宗竜だった。
「おい! 人1人殺すのに、代償が微妙すぎだろう。」
などと言う無意味な指摘をする者などこの世界にいない。
「どうでしょう、考え方を改めては?」
黒田弁護士の言い分に、やや怪訝な表情になる父親。
「ご子息は、『加害者』ではありません。依頼人によって『救われた』のです。」
「救われた……?」
「そうです。これ以上『罪』を重ねないように、ですよ。」
「しかし……。」
「あなたが、ご子息の将来を案じていらっしゃる。それは、重々承知。しかし、裁判になれば、あなた方に勝てる見込みは、万に一つもありません。ここは、ご英断が必要です。」
そう言って、「ずいっ」と示談条件文書を、両親に突き付ける黒田弁護士だった。
「このまま、押し切ってしまいたい。『奴』が、この家で誰とも会う事も、会話する事も無く、朽ち果てて欲しい。」
等と言う無駄口を叩かない宗竜だった。
「……分かった……分かりました。サイン……します。……」
事ここに至り、ようやく口を開いたのは、息子だった。
はっ、と息子を見つめる両親。感極まって、息子を抱きしめつつ、号泣する両親。それこそ、何度も何度も息子の名を叫びながら……
「何だろう、同じ親子だと言うに、こんなにも『情』や『絆』が、ある所にはあるものだな。」
等と言う無駄口を叩かない宗竜だった。
こうして、示談の条件が盛り込まれた『誓約書』に、署名捺印された。
「では、これで失礼します。」
一礼し、退出する黒田弁護士。続いて宗竜も挨拶し、退出する。
「さようなら、『斉藤敏正』……元……『生徒会副会長』。」
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