第21話 悪が勝つ!

「本日の会合場所に、ホストクラブを指定するなんて……。」

 口を開いたのは、左目を前髪で隠している女性--螺夢--。

「不謹慎……いえ、祝いの席ですから、粋な計らいでしょう。」

 今度は、右目を前髪で隠している女性--麗夢--。

 半開きにした扇を、閉ざす音が響く。そして、扇の先端が、ホストクラブを指し示した。

 途端、三羽烏が、安堵の吐息を漏らす。

「では、こちらへどうぞ。」

 夜のとばりが降りた道を進み、三羽烏の内2人が、店の扉を開ける。

「いらっしゃいませ。」

 残る1人が、先に店に入る。すると、入り口付近で待機していた店員が対応する。

「お兄ちゃ……んっ……ゲンイチさん。」

 慌てて源氏名で言いなおし、店員に招待状を見せる。

「お席に、ご案内いたします。どうぞ、こちらへ。」

 6名は、「予約席」に案内された。だが、そこで席に座るだけで、修羅場と化した。

「何、私達と同じ席に座ろうとしてんだよぉっ! 図々しい。」

 と言う趣旨を込めた、無言の圧力をかける双子達--螺夢と麗夢--だった。

「今日は、『怨敵下諏訪』が、1年間の休学届を出し、不登校に成り果てた祝いの日。働いた者達にも、還元しましょう。」

 と言う趣旨を込め、閉じた扇の先端で、席を指し示した。

「貴女達、お嬢様の格別な計らいに、感謝なさい。」

「はぁっ……ははぁぁぁーっい!」

 三羽烏共は、頭を下げた。

 更に、飲み物を注文する際にも、似たような修羅場が、あったものの、『お嬢様の格別な計らい』で、事なきを得た。今は、全員コーラを飲んでいる。

「今日は、来てくれて、本当にありがとう。」

「へぇー、ホントにおジョーサマなんだね。」

「かわいいねぇー、キミたち、ふたご?」

 等とホスト達から、接待を受けているのは、お嬢様と双子だけ。三羽烏は、コーラを受け取っただけだった。

「そう言えば君達、ホストクラブ、初めて? ひょっとして、今日はお祝いの会でしょうか?」

 三羽烏の一人の兄……ゲンイチが、妹の近くに来て話す。

 半開きにした扇を、閉ざす音が響いた。

「説明しておあげなさい。」

 と言う趣旨を込め、閉じた扇の先端で、螺夢を指し示した。螺夢は、首肯してから説明する。

「本日は、お嬢様の為の祝勝会です。」

「祝勝会、それはおめでとうございます。……ところで。誰に、何で、勝ったのか。教えて頂けますか。どうお祝いすれば、いいのか、参考になります。」

 螺夢は、ちらりとお嬢様を、見る。扇で口元を隠したお嬢様は、首肯した。

「……いいでしょう。実は、お嬢様の学業における長年のライバルが、自滅したのです。」

「長年のライバルぅ!? ゲスワは、在学中全て、学年2位、あんたは、入学時10位から、ようやく3位に上がったばかりじゃない!」

 等とは、口が裂けても言えない三羽烏だった。

「……自滅……ですか、詳しくは分かりませんが、すると、お嬢様は、自動的に順位が、繰り上がる。だから、お祝いしているのですね。」

「そうです。ですので、乾杯しましょう。お嬢様の『勝利』に!」

 全員が、グラスを持ち上げ、軽く叩きつけ、いい音を鳴らす。

「あら、不思議……ただのコーラじゃないみたい。」

 そして、グラスの中身を、飲み干した辺りで、修羅場が、やって来た。

「警察だ! 全員動くな! 風営法違反容疑! 未成年者飲酒喫煙禁止法違反容疑で、全員逮捕する! 確保ぉーっ!」

 警察の身分証を高々と掲げた背広の男と、多数の制服警官が、店内に乱入。

 阿鼻地獄と、叫喚地獄の悲鳴を合わせた様な、騒音に店内は、大混乱だ。

「警官だ!?」

「大変! どうしよう? お兄ちゃん。」

「こっちに、裏口が……ん?」

 既に、お嬢様と、螺夢、麗夢の姿が、無い事に気づいた。

 店内で、人気上位のホスト4名の、間に3人分の空席が、あるのみだった。

「お嬢様、こちらです。」

 螺夢が、先導。その後に、お嬢様。後詰に麗夢と言う体制で、裏口に向け、逃亡していた。

「先を急ぐわよ。」

 姉妹2人で、お嬢様を守りつつ、同じく逃亡を図る店員や、他の客を不意討ちで、悶絶させる。全ては、お嬢様を安全に逃がす為だ。

「邪魔。」

 螺夢は、前を走る店員を背後から蹴る。膝の裏に踵を叩き込まれた店員は、バランスを崩して前のめりに転倒。かろうじて、両手で受け身を取るものの、追い打ちで後頭部を踏まれ気絶。

「失せろ。」

 麗夢は、ホストの隣で皮下脂肪を揺らしつつ走る女性の後頭部に、飛び蹴り。前のめりに転倒する女性。麗夢の全体重を乗せた状態で、顔面を床に強打し、そのまま動かなくなる女性。

「おひおひ……『イジメなど野蛮な事はしない』と言ってたが、暴力は野蛮じゃないのか……。」

 などと言う無意味な指摘をする者などこの世界にいない。

「暴力ではありません。障害物の排除です。」

 などと言う無意味な指摘に無慈悲な現実を被せる者などこの世界にいない。

 「非常口」と言うライト付きのパネルが、薄っすら透けて見えるカーテンを開く。

 非常口を開いた時、そこは、バックルームだった。そして、そこにいた2人の背広姿の男達と目が合ってしまった。

「動くな! 警察だ。」

 そう言いつつ、身分証を取り出そうとする背広の男。だが、それは、かなわなかった。

 螺夢が、素早く動き。低い姿勢から、左足の甲を男の股間に叩き込む。

 膝から崩れ落ちる私服警官。次の獲物を見据える螺夢。

 だが、左足が動かなかった。否、男の両足で挟み込まれていた。

 そのまま胸倉を掴まれて、後方に倒される螺夢。背中で受け身を取り、辛うじて後頭部を守った。が、そのまま押さえ込まれてしまった。

 麗夢は、押さえ込む為、姿勢が低くなった私服警官と螺夢の、頭上を飛び越えて、2人目の男へ飛び蹴りを見舞う。顔面に蹴りを喰らい、後方に倒れる男。

 そのまま、全体重を男の顔面にかけ、後頭部を床に叩きつける麗夢。だが、出来なかった。

 倒れつつある男に、足首を掴まれ、バットの様に振り回された麗夢。辛うじて、背中で受け身を取って、後頭部を守った。が、そのままアキレス腱固めに、持ち込まれた。

「公務執行妨害と、暴行傷害の現行犯逮捕だぁっ!」

「あら、おかしいですね。警察を名乗る前に、身分証を拝見しておりません事よ。」

「私も見ておりません。」

「やかましい! 警察を舐めるな! クソガキ共!」

「お嬢様! 今です。」

 等と言う無駄口を叩く者などこの場にはいない。

 既に、お嬢様は、倒れている女にも、男にも一切触れる事無く、すたこらと逃げていった。

 念の為、ドアノブを回す時も、ハンカチを使っていた。

 音を立てて、ドアが閉ざされた時、お嬢様の姿は、店内に無かった。


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