第6話 生徒会長との取引~後編

「生徒会長、机を叩くのも、大声を出すのも、やめて下さい。」

 僕の発言は、途中でかき消された。

「イジメは、犯罪です。人の命さえ奪う。犯罪です!」

「……生徒会長、殺人事件なら、僕の出番はありません。警察の仕事です。」

「ヒロ兄は、死んだのよ! 何故!?」

「坊やだからさ。」

 宗竜の「生徒会長、机を叩くのも、大声を出すのも、やめて下さい。」は、「坊やだからさ。」と聞こえた様な気がしたが、きっと気のせいだろう。

 某少佐とも無関係に相違ない。

「無関係なら書くなよ!」

 などと言う無意味な指摘をする者などこの世界にいない。

 生徒会長が、毎度毎度、叫びながら机を叩く騒音に、辟易しながら、スマホのシャッターを切った。

「ちょ……何ですの!? いきなり。」

 僕は、スマホを操作し、先程撮影した生徒会長の貌を突き付けた。

「昨日、僕は言いました。『生徒会長の心には、愛が無い。つまり、交際の話も嘘。』それに対して、生徒会長は言いました。『何故、気付いたの?』」

「ええ。」

「人は、本音を語る時、こういう貌をします。生徒会長の様に、能面で、粛々と、台本でも読み上げるかのように、愛の告白をする人間などいない。」

 見せつけられたスマホの画面を、見つめる生徒会長。

「本当……酷い顔……。」

 泣きはらした顔の涙を、ハンカチで、拭う生徒会長。

「生徒会長、思い出しました。3年前、この学校の校舎から、飛び降り自殺をした生徒が、いました。有名進学校の生徒自殺は、ニュースでも、ネットでも、話題になりました。」

「実名報道は、避けられていました。でも私は知っています。ヒロ兄が、イジメを苦に自殺した事を。」

「生徒会長、1つ疑問があります。生徒会長は、『それ』を防ぐ為、手を尽くしたのでしょう。」

「当時、私は中学生で、『予知』の精度もいまいち。私の主張を真面目に聞き入れる大人は、いませんでした。ヒロ兄の両親も『本人が大丈夫と言った』の一点張り。……。」

 生徒会長の発言は、嗚咽になっていった。どうやら、当時の記憶が、フラッシュバックしているのだろう。

「私は、あの日、ヒロ兄の自宅前で張り込みしました。」

 ようやく落ち着きを取り戻した生徒会長が、口を開いた。

「生徒会長、それは、年上の従兄さんを、思い留まらせる為ですか。」

「ええ。ですが、それは拒絶されました。」

 僕は、無言で先を促した。

「最初、ヒロ兄は、『補習授業だから、部外者は校内に入れない。』そう言ってました。が、私が必死に食い下がった為、最後には場所を移して、説明してくれました。」

 先を促す。頷いてから、続ける生徒会長。

「紆余曲折、様々な言葉を紡ぎました。しかし、ヒロ兄の決意を翻させる事は、叶いませんでした。ヒロ兄は、ここで1冊のノートと、封筒、スマホを、私に託し、旅立ちました。」

「名前を書くと死亡するノートなら、自殺なんてする必要もなかったろうに。」

 などと言う無意味な指摘をする者などこの世界にいない。

「封筒は、遺書。ノートは、日記。スマホには、日記のバックアップが、ありました。」

「生徒会長、ひょっとして……。」

「ええ。お察しの通りです。」

「日記には、イジメの全貌が記述されていた訳ですね。」

 等と言う無駄口を叩かない宗竜だった。

「私は、イジメの加害者を許しませんでした。無論、別件逮捕ながら、全員医療少年院送りになりました。」

「Dirty Deeds Done Dirt Cheap

(いともたやすく行われるえげつない行為)」

 宗竜の「えげつない……」は、「Dirty Deeds Done Dirt Cheap

(いともたやすく行われるえげつない行為)」と聞こえた様な気がしたが、きっと気のせいだろう。

 某大統領とも無関係に相違ない。

「何か言いましたか? 多賀君。」

「生徒会長、きっと気のせいでしょう。つまり、話しを要約すると、生徒会長が、この学校でイジメを取り締まる理由は、『従兄を自殺に追い込まれた私怨』だと言う事ですね。」

「違います。」

「すると、『負い目』『後悔』『罪悪感』『無力感』、あとは……。」

「違います! ぜぇ~~~~~~~~~ん然違います。」

「生徒会長、机を叩くのも、大声を出すのも、やめて下さい。」

「いいですか! 『イジメ対策室』は、モデルケースなのです。ここで、成功を収めれば、学校側に、正式な委員会活動として認めさせ、予算を拡充させます。ゆくゆくは……。」

「生徒会長、ゆくゆくは?」

「教育委員会にかけあい、全ての学校に義務付けさせます。これが、姉小路(あねがこうじ)流イジメ撲滅です。」

「生徒会長、建前は結構です。本音を聞かせて下さい。ここには、校長も、教育委員会の面々も、下克上を狙う誰かさんも、いません。問題無いでしょう。」

「本音……ですって?」

「はい。生徒会長、本音です。」

「私は、イジメを許さない!」

「生徒会長、それは、従兄のお兄さんが、生きていれば、そこまで怒る事も無いと?」

「本当は、ヒロ兄と一緒に、イジメを撲滅したかったのにぃ!」

「成程、つまり僕は、『従兄のお兄さんの代わり』ですね。ついでに、命綱でもある。」

 等と言う無駄口を叩かない宗竜だった。

「生徒会長、『イジメ対策室』初代室長、拝命しましょう。」

「やっと、その言葉を聞く事ができました。」


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