第3話 美波

「今夜は緊急も何もなくて平和だね」


明は夜勤勤務だった。


同じ夜勤メンバーである美波が、休憩室のソファで横たわりスマホをいじる明に言った。


今朝、3時間程度の睡眠の後、寝坊することなく出勤したはるかの心身を気遣う文章を、明は作成していた。


「さすが、平和の女神だね」


不思議と夜勤のメンバーに美波がいると、緊急の手術がなく、暇な夜を過ごせることが多い。


明は平和の女神に目をくれずに謝辞を述べ、はるかに文章を送信した。


美波は鞄から水筒とスマホを取り出し、コクリと飲料水を飲んだ後スマホを操作しながら、


「明はどうなの?順調?」


何処となく興味のない感じで問う。


明は横になったまま少し上体を起こし、周りを見渡し誰もいないことに安堵した後、


「だから職場で呼び捨てはやめろって。後輩なんだから」


「はいはい、すみませーん」


明に咎められることに慣れた調子で返事し、美波は誰かに文章を送っているであろう指使いでスマホを操作している。


「で?明さんはジュンチョーですか〜?」


順調というのははるかとの結婚生活のことだと、考えずとも明はすぐに理解した。

2人の間では、文脈が十分に至らなくても理解し合えるらしい。


「別に、変わりないよ、、、」


明が気まずく答えると、ふーんと彼女は口を尖らせた後こう続けた。


「あたし、結婚するから」


その言葉を聞いた瞬間に、明は心臓が飛び跳ねるのを感じた。


「へー、おめでとう」


最大限の平然を装い、祝福の言葉を送った。


しかし、スマホを握る自身の手が震えていることに気付き、明は浅い呼吸で上下する自分の腹の上にスマホを置いた。


心臓の拍動の速さと強さで、明の身体が僅かに揺れ動いている。


「まだ誰にも言ってないから、他言無用ね」


「うん」


これ以上言葉数を増やすと、声が震えてしまうと悟った明には精一杯の返事だった。

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