飽きましておめでとう
沙久良 えちご
飽きましておめでとう
「飽きた」
毎年のように2人で初詣に来ている神社。お参りを済ませ階段に座り、彼女、咲はそう呟いていた。
それは咲の、何でも出来てしまい名声を
「退屈だわ。今やってることも飽きたし、なにか夢中になれるものが今年は見つかるかしらね。」
咲は口癖の「飽きた」を何度も繰り返していた。
「…まして…とう」
―どうやら今回が私の限界だったようだ。
「なにか言ったかしら?」
「…飽きましておめでとうって、言ったのよ!」
私は顔を正月の寒さ以上に赤くし叫んでいた。
咲と一緒にいることで溜まった鬱憤がどんどんと溢れる。
「飽きた飽きた飽きた、何をしても何を成しても何をして無くても、つまらなそうに満たされることもなくただただ
抑えきれない熱気、熱情に、かけた眼鏡が曇るかのような錯覚に陥りながら言葉を一方的に放ち続けていた。
突然、怒鳴った私に咲は一瞬驚いた顔をしたがそれも束の間、顔に出た驚きが消えたかと思うと咲はその顔に笑みを浮かべ、こう言った。
「顔を真っ赤にして、他人を使って大層な大義名分を並べ立てて、周りの為と騙りながら、自分が構ってもらえないのがそんなに悲しかったの?」
と―
あまりに自意識過剰で見当違いな言葉に、
「何を言っているの…自意識過剰なのもいい加減にして!咲に届かなかった人達のことを、追い抜かれた人達のことを考えてって言うのは変なことじゃないでしょ!?第1、私だってー」
加熱する私の言葉の途中で咲は、目の前に立つ私の手首を掴み自分へ引き寄せると空いた片手で私の顎を掴んだ。
まるで、逃さないかのように、目を逸らさせないかのように。
そして、多くを魅了する魅力を宿した瞳で、私の心の奥底を見透かして抉り出すかのように真っ直ぐみつめながら。
その顔にさっき以上の笑みを浮かべながら。
「『第1、私だって?』何かしら?それが、貴女の本心じゃないの?ずっと私の後ろを付いてきたものね?隣に並んでるつもりだったものね?私の『1番の話し
「…そこまで分かっていて、今まで友達として付き合ってきたのは性格が悪すぎないかしら?」
顎と手を放した咲から1歩離れ、私は眼鏡の位置を直す。
自分でも気づかなかった、いえ、気づこうとしなかった憧れが成れ果てた嫉妬を自覚させられ、認めざるを得ない身勝手な咲への感情を前にして口を衝いたのはその一言だった。
未だに笑みを浮かべ続ける彼女には苛立ちもあるけれど、自覚させられたこの気持ちを否定出来る材料を残念ながら持ち合わせてなどいなかった。それに、どれだけ身勝手で成れ果てた感情だとしても、理解者にも1番にもなれなくても、咲に対する気持ちに嘘はつきたくなんてなかったから。
間違った想いでも、歪んだ感情でも、向き合わなければ始まらないのだから。
そんな風に曲がったなりに真正面に気持ちに付き合おうと決めた私に対して咲は、
「友達?私に友達なんていないわ。私にとってのあなた振り返れば、見下ろせばそこにいる
「えっ―」
そんな咲の当たり前のような、何気ない一言に私はなにも言えなくなる。
いま咲はなんと言ったのか。
友達じゃない?私との間にあった繋がりは友情と呼べるものでは無かった?友達と思っていたのは私だけ?私のことは全くなにも思ってないの?
言葉の衝撃と尽きない問いかけにその場でよろめきかける。私はどうにかなりそうだった。
「どうかしたの?私は何も変なことなんて―」
「じゃ、じゃあ!私が貴女を真似て髪を伸ばしたのは、貴女の隣をいつも歩き続けた放課後は、貴女に追いつきたくて入った学習塾は、貴女の後を追うように始めたたくさんの習い事は、貴女を追いかけて同じ高校に入ったのは、貴女を超えたくて頑張った日々は、貴女との間に合った筈の友情は!全て!無駄で無意味で無価値だったって言うの!?嘘だったって言うの!?」
咲の言葉を遮り私は思うままに叫んでいた。
だって、咲の言い方はあんまりではないか。あれではまるで、咲との友情が無かったかのように聞こえるではないか―
そんな私の困惑に、叫びに、煩わしそうにしながら咲は癖のように綺麗な黒髪をかきあげた。
それだけで、少し空気が変わった気がした。
「いちいち喚き散らしてうるさいわね。あなたが言う友情なんて、私には無いのだけれど。あなたが勝手に真似て、付きまとって、追って、追いかけて、越えようとしていただけじゃない。当たって来られても私にはどうしようもないわよ。」
「そんな…じゃ、じゃあ!小学生のときに私が言った『いつも、あなたのそばにいる』という言葉も覚えてないの?本当に私は貴女にとって無価値で無意味で目障りでしか無かったの…?」
目の前が暗くなるような錯覚を覚えながらも、咲の全てを否定するような言葉になけなしの精一杯の反論を試みた。
自分でも分かるほどに放たれた言葉に力は無かった。
もう、分かってしまったのだ。
追いかけてきたものは振り向くことは無く、掴めることも無く、越えようとしたものは都合よく作り上げた虚像で、隣に並ぶことなんて有り得はしないのだと。名前を滅多に呼ばれないのはそれだけ、私に関心が無いからなのだと。
全て、全て、私の1人芝居でしかなかったのだ。
幼い幻想に囚われた私の、身勝手な片思いだったのだと―
「あぁでも、勘違いしないで。私はあなたを必要としてはいるのよ?」
咲は私の目をしっかりと見つめた。
いっそのこと耳を塞いでしまいたくなる私に咲はなおも告げる。
その言葉を私は遮ることが出来ない。例えなにを言われようとも、私の気持ちが全くの無意味なのだしても、咲、貴女への気持ちを殺しきることなんて出来ないんだもの―
「私はいつも1番上にいる。でもずっと上ばかり見る為には下を気にしている暇なんてないの。でも、あなたがいつもすぐ下に居てくれる…その安心感が、私には必要なの。だから、いつでもすぐ下に居てね?私の愛しい、
飽きましておめでとう 沙久良 えちご @meganekkosuki
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