33話 ビキニなので流石に下から見ても丸見えではないよ

それはビキニと呼ぶにはあまりにもあんまりすぎた。

大きく、分厚く、重くそして大雑把すぎた。

それは正に変態だった。

四つのグローブで構成されたそのビキニは、最も分かりやすく説明すると貝殻ビキニだった。

つまり、両胸、股間部とその後ろに、見えてはいけないものを見えないように一つずつ。それを上半身と下半身に分けて落ちないようにフリル付きのごく幅の短い布で結んである。

「開発当初は紐だったんだけどグローブが重くて肩がちぎれそうでね。よく考えたらビキニだしやはり可愛さがあった方が良いだろうと思ってフリルをつけてみたんだ。それとこのグローブの向きのこだわりがわかるかい?手ブラに見えるようにしてあるんだ」

たすけてさかきばら。

そしてごめんねさかきばら。

僕はお前を変態だと思っていたけどこの人の前だったらただテンション高いだけのまともなやつだったよ……。

何も言ってないのにすごく説明してくるし、分かりやすく耳に入ってきて怖い。

「大丈夫かい?これから君は重要な話をするんだろう?緊張するのは分かる。だが、ここで怯えていては前に進めない。大丈夫。私がいれば霧原なんて怖くない。行こう」

ところどころ正気に戻るのやめてほしい。

いっそ叫びながら走ってる狂人だったらよかったのに。

……ここで負けちゃダメだよ矢部総一郎。僕だって男なのに女子制服着てるんだから、僕だって変態なんだからこのくらい耐えなくちゃ。

それに僕が呼び出した怪物なんだからなんとかしなくちゃ。

「矢部くん……?泣いているのかい?」

「いえこれは……頼もし涙です気にしないでください」

なんで僕は倉庫に行く前からこんな試練を受ける事になったんだろう。

「嬉しいよ。さぁ行こう」

「出来るだけ走りましょう」

人に会う確率を減らしたいので。

「そうだね。蘇我島に限って、ないとは思うけど万が一はある」

誰にも会いませんように誰にも会いませんように知り合いとかおまわりさんとか人間とかこの変態性を知覚できる生命体に遭遇しませんように!

「はっ……はっ……」

息が切れる。明らかに先輩が速い。フォームも無駄に洗練されている。この人陸上部なの?

「放課後に走っていてよかった!!歌いたかっただけなんだけどね!」

叫びながら走る狂人だった……。

歌いたいならカラオケ行けば良いのに。

「気持ちいいものなんだよ矢部くん!この格好で夕暮れの風を受けながら好きな歌を歌うんだ。走りながらね!そうするとドーパミンがね!溢れて止まらないんだ!!」

「それなら……どれかにしませんか……!?」

この事件終わったらすぐ縁切りたい。自分から作った縁だし自分から頼ったのは分かるけど、こんな人だったのはあまりにも詐欺では?

「同時に味わうとまた違う!もし見られたらと思うその背徳感もまたイイものなんだ!」

あ、もう付いていけない……色んな意味で……。

「すいっません!先輩……!僕もう走れないです……!先にっ……行ってください……はっ……」

「とにかくまずは2人を止めれば良いんだね!?」

「はい……!!」

「任せてくれ!」

理解力の権化みたいな先輩でよかった。

もう追いつかなくて良いと分かった瞬間どんどん先輩が遠ざかっていく。

ゼェハァした息を整える。

「ねぇ奥さん聞きました?」

「あらなぁに?」

「不審者が出てるみたいよなんでも全裸同然の男とそれを追いかける女の子ですって」

「んマァ怖いわねぇ」

これ走って逃げないと僕もやばいやつかな。

がんばれ僕の足。もうプルプルしてるけど倉庫まではあと少しのはずだから!

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