第22話 人の心人知らず
「……よく眠れた?」
「ぅうん……あと5分……」
昨日まで真面目にやってたような気がするんだけどなぁ山条さん……。
「勉強なんて大人になったら使わないって言うし、テストはちゃんとやってるし、何も問題ないと思うんだけどなぁ」
山条さんはその言葉を体現するかのように昼休みまでガッツリ睡眠学習に励んでいた。
ようやく起きた山条さんと、僕は教室で弁当を食べてる。
「山条さんの手作り?」
山条さんのお弁当はすごく……豪華ではないけど、なんだろう。愛情たっぷりというか手が込んでるというか。
たこさんウィンナー、煮物、海苔ごはん(下におかかが敷いてある)ポテトサラダにハンバーグ。
僕はコンビニで買ったメロンパンと焼きそばパン。現代社会感溢れる弁当だと思う。弁当かこれ?
「昨日の残りだよー。たこさんウィンナーは作ってくれたのかな。昨日は源さんが作ってくれて、詰めてくれたのはゴンさんかな。おかかご飯にするのはゴンさんだけだし」
お母さんとかじゃないのかな。いや、おかあさんをゴンさんって呼んでる可能性もある……か?
「他の人と住んでるの?」
「そうだよー。みんないい人たちなんだ」
「ふーん……」
色んな人が一緒に住んでるなんて珍しいな。
「まぁ、ちゃんと授業受けなよ」
「グゥ……」
ぐうの音も出ないって事なんだろうか。
「ボクはお父さんの跡を継ぐってもう決めてるんだ!頭よりも漢気と度胸さえあれば切り抜けられるってみんな言ってるし大丈夫だよ!」
それでなれる職業が全く思い浮かばないんだけど。
ついでに言うならふわふわした山条さんから漢気なんて言葉が出てくるとは思わなかった。
「僕も勉強得意じゃないけど多分役に立つと思うよ……。父親もいつも、勉強しろ。役に立つ。って言うし。それしか言わないけど」
「それしか言わないの?‥‥ロボ?」
ロボ……。どっちかっていうと銅像かな……。
「無口なんだよね。僕なんかより見てる世界が広くて、家族より大事なものの為に働いてる。僕は父親の跡なんか継げないと思うけど、いつかお前なんかいなくても良かったって言ってやる為に勉強してる。山条さんも勉強した方がきっとお父さんが喜ぶよ」
「矢部くんはまじめで可愛いねぇ……」
……なんでそうなる。
あ、榊原が来た。
「やだぁ美少女たちが百合百合してるぅ!!間に挟まろ!!」
机を持ってきてくっつける榊原。
百合じゃないし美少女じゃない。
そして間に挟まるな。
「榊原の弁当は?」
「こいつだ!!」
榊原がいそいそと弁当を開く。
「えー……!」
山条さんが目をキラキラし始めてる。恋愛とか興味津々なんだろうか。
「何これ……お前彼女いたの?」
榊原の弁当はなんかこう……新婚の弁当みたいなやつだった。
ご飯に桜でんぶでハートマーク。
唐揚げとミートボールと、生姜焼き……おかずが全部肉なんだけど。
「いや、手作りだが?」
だが?じゃないんだけど。
「手作りでハートマークを!?」
山条さんもそれは驚くだろう。
狂ってるのか?狂ってるのか……。
「いや聞いてくれ。違うんだよ、別にこれは俺が好きでハートマークにしてるわけじゃないんだ」
「罰ゲーム?」
「いや、違う。これは新婚の矢部が作ってくれた設定の弁当。矢部なら多分ハートマーク使ってくると思ってな。俺も流石に恥ずかしいとは思ったんだが……」
「………?」
山条さんが思考を放棄した顔になってる。具体的にいうとフレーメン反応起こした猫みたいな顔。
「だが、これを抜いては矢部が作った感が出ないと思っ痛ったぁぁあい!!!」
とりあえず顔面グーで殴った。
「だが弁当は死守した!!」
クソが。
「お弁当に設定入れ込むのは珍しいね……?」
「いつも弁当を作ってて流石にメニューが思いつかなくなってきてたんだが、何か設定があれば楽しくなるんじゃないかと思ってな」
ハートだけだろ。
動機だけまともなのなんなんだよ。
「ってことはこれ手作りなんだ。すごいねぇ」
山条さんがツッコミを放棄した。
「俺の好きなものしか入ってない!」
「野菜も食べた方がいいんじゃないかな……」
「グゥ!」
ぐうの音も出ないから……。流行ってるのか?
「矢部の弁当はいつものか」
「弁当じゃないけどね」
この二人の弁当見てからだとメロンパンがもそもそしたしょぼい何かに思えてきた。
「ぼくのおかず食べる?」
気を使われた……。
「いや、大丈夫……。ありがとう」
メロンパンじゃなくてスポンジに思えてきた。
「俺のおかず……食べる?」
「いらん」
「ひどくねえ!?」
狂った設定の弁当は食べたくない。
「うまい!うまい!うまい!!」
「煉獄さんやめろ」
米粒こぼすな。
「二人っていつから友達なの?」
ん……?
「俺と矢部は友達なんかじゃねえ!!」
「は?」
え、何言ってんだこいつ。
「カップル……だろ?」
ウィンクしてくるな。
「違う」
「でも昨日の夜はあんぐぅ……!!!!」
咄嗟に持ってたメロンパンを榊原の口に詰め込んでしまった。
「ど、どうしたの矢部さん!?榊原くん苦しんでるけど!?」
「気にしないで山条さん!榊原……!!!」
僕はできるだけ山条さんに聞こえないように榊原の耳元に口を寄せた。
(昨日の夜のこと話したら殺す……。話したら次は焼きそばパンを詰め込むぞ……)
榊原が頷くのを見て手を離す。榊原の口からメロンパンが消えるまでちょっとかかった。
「矢部の間接キスとASMRを頂いたので昨日の夜は何もなかったぜ!!」
気持ち悪いことを言うな……。
「それ絶対何かあったよね!!?」
黙秘
「もしかして今日矢部さんが制服変わったのと関係あるの?っていうか関係あるよね?……あ」
「山条さん……?」
何か勘づかれた?
「あー、もしかして矢部さん……榊原くんにはじめてを……?」
「そうだ。俺がはじめてをもらった」
「何のことか分かんないけど榊原が乗ってるから多分違う」
「どういう意味だと思ってるの!?矢部ったら卑猥!」
過剰反応してくるな榊原
「うるさいな。お前がなんか意味深なこと言うと大体下ネタなんだからそういうことじゃないの?」
「やだ当たってる。これが夫婦の絆ってやつ?」
夫婦じゃない。
「ど、どうだった?」
「それはもう幸せそうだったな」
ただ榊原をフッただけなんだけどそんな幸せそうな顔してたんだろうか。それともこいつには僕がそんな悪意の塊みたいな顔してるように見えたんだろうか。
「終わった後が一番可愛い笑顔で、なおかつスッキリしたような顔をしてたぞ!やっぱり溜まってたんだろうなとぁ。俺がそれを受け止められたのは嬉しかったと思うな……」
…………。
「そ、そっかぁ……。ごめんね?プライベートな話なのに……」
そう言われると恥ずかしくて耳が熱くなってきた。
榊原、そんな気持ちでいてくれたのか。
「ごめんな榊原……」
「いいって事よ……」
「ううん。勘違いさせた僕が悪かったし、嘘ついたし……」
「ん?なんの話?」
山条さんが違和感に気づいたらしい。
「でも正直にお前に伝えられてよかった。お前ならいい彼女できるよ。僕応援するから!!」
「がはっ!!」
なんでダメージ受けてるんだこいつ……?
「昨日の今日で別れたの!?今!?」
なんか隠しきれない感じになってしまったかもしれない。
「いや、昨日はティファニーなんて居ないから付き合えなくてごめんって謝ってきただけだよ」
山条さんが恐ろしいものを見るような顔してる。
「え、それは……。それをすっきりした顔で……?」
「すっきりした顔では言ってないと思うけど……。いや、うん。溜めてたことは無くなったしすっきりしたかもしれない」
「そっかぁよかったね……。榊原くん大丈夫?息してる?」
「アイェエエエエエエ!!!!」
榊原が突然叫んでお弁当を丁寧にまとめて、逃げ出した。
「サヨナラッ!!!!」
「あ、うん。また後でね榊原ー」
手を振って見送る。なんで帰ったんだあいつ。
「断末魔だ……」
断末魔……?
「あんまりこの話題出さないようにしようね矢部さん……」
山条さんは慈悲深い眼差しを教室の外に送っていた。
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