21話 自分で選んだ服
いつもの通学路。
いつも通りの時間で、いつも通りに歩いてる。
そして見慣れた男が僕の前を駆け抜けていこうとして、固まった
首をひねってこちらを振り返る榊原。
「おはよう榊原」
しばらくフリーズする榊原。
「どうした?」
何かを考える榊原。
「…………」
面白いなこいつ。
「おはよー榊原くん!」
向こうから山条さんが走ってくる。
「どしたの榊原くん固まっちゃって。あ、おはよう、矢部さん」
「おはよう山条さん」
「何で女子の制服着てるの?」
思ったより山条さんは冷静らしい。
「……なんで女子の制服着てるの!?」
ただの時間差だった。
「女だったのか!?」
ようやく動いた。
まぁ流石にびっくりするだろうなとは思ってたけど。
そう。今僕が来てるのは女子の制服だ。紺色のブレザーとプリーツスカート。昨日桐原先輩にお願いして明日葉さんのお古を譲ってもらった。リボンはつけてないけど。
「違う」
「いいと思うよ!かわいいよ!似合うと思ってた!これからずっとその制服着るの?いいね!かわいい!写真撮る?撮ろ!記念記念!」
驚いたと思ったら山条さんのテンションが天井知らずな感じになってる。
普段写真とか残さないように生きてるから新鮮だ。
「とりあえず学校行こう。遅刻するし」
「いや、まだ20分もある。ダッシュすれば間に合うぞ!」
「お前の体力と一緒にするな」
あとスカートのスースー感に慣れてないので下に空気を入れたくない。
「そうだよ矢部さんスカートなんて慣れてないんだよ!風で見えたらどうするの!」
「ありがてえに決まってるだろ!」
叩いた。
「ありがとうございます!」
喜ぶな。
「それにしたってどうしたんだ?ティファニーちゃんの影響で目覚めたのか?」
「さぁ?」
自分でも正直謎。ただなんとなく吹っ切れたというか、可愛いって言われたから、じゃあ行くとこまで行ってやろうみたいな。
多分榊原はそれでも否定しないでいてくれるから。
「榊原、この格好だと変だと思う?」
「ああ、やっぱ服って大事だと思うな。正直その格好だけでご飯三杯いける」
「何言ってんのお前」
真顔で気持ち悪い答えを出してくるな。
「榊原くんって実は結構変態なの?」
実はじゃないし結構変態。
「俺が変態を語るなんておこがましいことだと思わんかね」
お前より上がいるとしたら怖いよ。
「さてそろそろ着くな。……げ、抜き打ち検査だ!!まずいぞ矢部!」
校門で飯橋先生が立って荷物検査してるのが見える。
「榊原くんなんかまずいもの持ってきてるの?」
「……PF5持ってきた」
「なにそれ」
山条さんはゲームとかやらないのか。
「家庭用のゲーム機だよ」
「あーなるほどね。誰かと遊ぶ予定だったの?」
「学校終わったらそのまま矢部の家でやろうかと思っててな。矢部の家のテレビはでかいんだ」
そんな事のためにハードそのまま持ってきたのかこいつ。そもそも
「許可してない」
「矢部さんはゲームするの?」
「榊原の家でなら。あとはソシャゲくらいかな」
「でもやりてえだろぉ!?」
「一回、家帰ってから持ってくればいいのに、バカでしょ」
「むきー!矢部にバカって言われたー!ちょっと興奮するー!」
やめろ。
……ただ考えれば、榊原には借りがある。ここで返しても、バチは当たらないんじゃないかな。普段はそんなことしないけど、そんな考えがよぎった。
「僕がこの格好で行けば確実に目立つ。それに隠れて行け」
「矢部……?」
「この前のお詫び」
強く当たっちゃったし、なんか心配かけたみたいだし。これくらいしてもバチは当たらないはず。
榊原が見えないようにしながら僕が先頭を歩いていく。
「おはようございます飯橋先生」
「ん……?矢部か。おはよう」
あれ、思ってた反応と違う。なんだその格好はとか、そういうあれはないのか。
「どうした」
「……この格好、どう思いますか?」
なんかこれ僕が見てほしい変態みたいだな……。いや見てもらわなきゃいけないんだけど。見てほしいわけではない。いや……。もうわかんなくなってきた。
「指定のリボンをしていないな。ないのか」
「いえ、家にあります……」
「そうか」
そして全然動じないなこの先生。
「あの、女子の制服着てるんですけど!!」
「着せられたのか」
「いえ、自分で着ました」
言ってて恥ずかしくなってきた。
何をアピールしてるんだろう。
「そうか」
どういう事なんだよ。この先生も女装大好き榊原みたいなタイプなの?なんなの?
「良いんですか?」
「良かろう」
良かろう。じゃないんだよ、何もよくないの。
ちらっと見ると榊原がうろうろしてるのが見える。早く行けよ。
「うおおおおおおお!!!おっはよぉぉございますせんせえええ!!」
雄叫びを上げて走る榊原。
目立たないように行けって行ったのに狂ったのか?
「止まれ!!」
飯橋先生の一喝で榊原が止まった。終わったな。
「まだ時間はある。落ち着いて歩きなさい」
「お、オッス……」
あぶな……。
「どうした」
「え?いや、どうもしないです!!」
露骨に挙動不審な榊原。先生も心なしか眉をひそめている気がする。
「そうか……。一応だ。鞄を開けなさい」
まぁ仕方ないか。助けてあげられなかったのはちょっと罪悪感あるけど、それ以上に自業自得だし……。
「矢部、その服装で問題ない。早く教室へ入りなさい」
「あ、はい」
自爆するからだぞ。
「おはようございます先生」
「山条か。おはよう」
「矢部さんと先に行ってるね榊原くん」
「おう!」
あれ、思ったより潔いなこいつ。
まぁ流石に覚悟もせずに持ってきたりはしないってことか。そもそも持ってくるなって話だけど。
「まぁ、がんばれ榊原」
「おう!」
手を振って山条さんと教室に入る。
「おはよう」
「おは……!?どうしたの矢部くん!?」
「目覚めたのか!?目覚めたのか!?」
「おぉ……ジーザス……」
クラスメイトが各々の反応をみせる。
興味津々そうに。待望の姿を見たように。そしてなぜか祈る奴もいる。それはなんでだ。
「目覚めてないよ。ちょっと気分転換」
「そっかぁ!気分転換か!いいな!」
「ありがとう」
「かわいいね矢部くん。化粧とかもしてみたくない?」
「そこまでではない」
「ぉぉ……おお神よ……」
「頼むから正気に戻ってくれ……」
「ふふっ!女の子の格好してよかったねえ矢部さん!似合ってるし、やっぱり無理に男の格好なんてしなくてよかったんだよ」
無理に男の格好してたわけではないんだけど……。まぁ……でもうん。悪くはないのかもしれない……。
「おいおいおいおいおいーーーーっす!!みんなおはよう!!」
あれ、榊原?こってり絞られてるはずじゃ……
「危うく死ぬとこだったぜ!」
そう言いながら空っぽのかばんを広げて見せる榊原。
「捨てたの?」
「んなわけあるか!」
「矢部くん矢部くん」
山条さんがカバンをチラッと見せる。
「……なるほど」
僕がいらない事をしてる間に疑われにくい三条さんと鞄を入れ替えたのか。
「矢部さんがいてくれなかったら多分成功してなかったと思うな。矢部さんと榊原くんのインパクトがすごいから出来たんだよ」
そう言っていたずらっぽく笑う山条さんはやはり可愛い。
「ねぇ榊原。その鞄山条さんのやつなんだよね?」
「そうだな」
「最初から空だったの?」
「……そうだな」
ゆっくり山条さんを見ようとしたら思いっきり顔を逸らされた。
「山条さん……?」
「今日は……全部忘れちゃった……」
「…………」
絶対嘘だ……。確実にわざと忘れてきてる……。
「ボク睡眠学習するタイプだから……」
授業中に寝るな。
「……教科書見せてください」
山条さんの思わぬ一面を見てしまった……
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