第12話 TRUE END
保健室のベッドに後ろで手を縛られた状態で座らされ、逃げられないように周りを囲まれた上でツカサは全てを話した。カエデに恋をし、自分だけを見てもらえるよう親友のナツメをいじめの主犯にしたこと。最終的に彼女に受け入れられなかったため、乱暴に自分のものにしようとしたこと……。
ナツメは話の途中から泣き出し、ヒジリは軽蔑するようにツカサのことを苦虫を噛み潰したような顔をして見ていた。
「親友には裏切られて、好きな人にはふられて、信頼していた相談相手は自分のことを異性として見ていて……。そんなの、三重苦じゃないですか。よくそんな酷いことがカエデに出来ましたね!」
ナツメが金切り声でツカサに怒った。ツカサは今、何も言わず黙り込んでいた。
「カエデが可哀想だって思わなかったんですか!?本当にカエデのことが好きなら、カエデが幸せになるようにしてあげるのが一番大切なことなんじゃないんですか!?」
憤るナツメをちらりと見て、ツカサが口を開いた。
「……そんな生ぬるいことやってられないよ。彼女を誰かに取られまいと必死だったんだから」
そう悪びれなく言うツカサにナツメは力なく座り込み、顔を手で覆った。
「とにかく、このことは明日校長に報告させてもらいます」
ナツメを思いやるように見ながらぴしゃりと言うヒジリに「勝手にしろよ」とツカサが言った。
「……あの、ツカサ先生」
ずっと黙って話を聞いていたアオイがツカサに尋ねた。
「どうして、私に犯人を捜させたんですか?」
ツカサはアオイの方を見るとふっと笑った。
「ずっと俺にとって邪魔だったヒジリをカエデ先生を殺した犯人にしたてあげるためだよ。ナツメのことは正直どうでもよかった」
ツカサの言葉にナツメが憤慨する。
「カエデにひどいことをしておいて、さらにヒジリ先生にもそんなにひどいことをするなんて……!」
「うるさいな」とツカサがナツメをにらみつけた。その目の鋭さにナツメがびくりと体を震わせる。
ツカサが今度はヒジリをにらみつけた。
「うっとうしかったんだよ。俺の邪魔をしたお前が、俺にないものを持っているお前が、憎くて憎くて仕方なかったんだよ。彼女のことが好きならともかく、好きでもないのに生半可に優しくして。カエデ先生が死んだのは、お前のせいでもあるんだよ」
ツカサの言葉にヒジリが唇を噛んだ。彼の中にはいまだカエデを救えなかった後悔の気持ちがあふれているようだった。
「カエデが自殺したのはヒジリ先生のせいじゃないですよ」とナツメが涙を拭いながら言った。
ツカサが天井を見上げ、自嘲的に笑った。
「本当ならヒジリの回想を見たあのときで終わるつもりだったんだ。……でも、アオイ先生が図書室の鍵を見つけちゃった。……ふん、あのとき図書室の鍵を誤って落としちゃうなんて、俺の腕も落ちたものだな」
ツカサの言葉にアオイはきょとんとした。
「図書室の鍵はツカサ先生が持っていたんですか?」
その質問にツカサが頷く。
「ああ。昇降口の鍵も図書室の鍵もな。ヒジリの回想を見たら昇降口の鍵が見つかるようにあらかじめ用意しておいたんだ。ちなみに、『犯人を捜せ』って書かれた紙も俺が用意した」
「ということは、音楽室で私が聞いたあのピアノの音も、あの回想も全てツカサ先生が?」
驚いたように言うアオイにツカサが首を振る。
「まさか。そんなこと出来るわけないだろ。……あれは本当にカエデ先生の力だよ」
アオイはじっとツカサを見つめた。どこまで策士の彼の言うとおりなのかよく分からなかったけれど、今となってはそんなことはどうでも良かった。
保健室を静寂が支配した。時折ナツメが鼻をすする音だけが響いた。
ヒジリがちらりと壁に掛かった時計を見る。もう九時を回ろうとしていた。
「今日の所はもう帰ったほうがいいでしょう。明日も学校がありますしね」
そう言って立ち上がったヒジリがツカサを見下ろした。
「あなたには私と一緒にこの学校に残って貰います。どこかに逃げられても困りますしね」
取調室にいる警察のように威圧的なヒジリに少しも臆せず、「勝手にしろよ」とツカサがそっぽを向いた。
「でも、そうしたらヒジリ先生が夕飯を食べられないじゃないですか」
ナツメがそう不安そうに言う。
「夕飯を一日くらい抜いても平気です」
「でも……」
「私が残ります」
そうはっきりと言ったアオイに、ナツメとヒジリが驚いたような顔をした。
「六時くらいに家から持ってきていたおにぎりを食べたので、お腹はまだ持ちます。私がツカサ先生を見ていますからお二人は夕飯を買いに行ってきてください」
「へー、お前、俺と二人きりになるつもりなの?」
アオイの言葉にツカサが茶々をいれる。それを聞いてナツメが怒ったように言った。
「アオイ先生、何言っているの!?ツカサ先生と二人きりになるなんて危険すぎるわ!」
「いいの?お前のこと口封じに殺しちゃうかもしれないよ?」
そうツカサが脅すようにアオイを見る。しかし、アオイは少しも怯えず首を横に振った。
「ツカサ先生はそんなことしないと思います。だって、私を殺してもカエデ先生は戻って来ないですから」
そう言ってから微笑んだ。
「それに、人を殺したらいけないことをツカサ先生はよく分かっていると思いますから」
「……」
そう言いきったアオイをツカサが黙って見つめた。
アオイはヒジリの方に向き直ると頭を下げた。
「お願いします。私、少し彼と二人きりで話したいんです」
「……」
ヒジリはしばらくアオイのことを難しい顔で見つめていたが、彼女の意志が固いことを見ると折れたようにため息をついた。
「分かりました。行きましょう、ナツメ先生」
それを聞いてナツメが驚く。何かを言おうと口を開きかけたが、ヒジリとアオイの顔を見比べて渋々と言ったように口を閉じ、頷いた。
「その代わり、アオイ先生。何かあったらすぐに私に電話をかけてくださいね」
アオイが頷いたのを見届けて二人が保健室から出て行く。保健室の扉を閉めるとき、ヒジリが振り向きツカサを見た。
「ツカサ先生。アオイ先生に何かしたら、そのときにはあなたを警察に突き出しますからね」
「それは、正義感が強いことで」
そう鼻で笑うツカサをにらみつけながらヒジリは出て行った。
「俺に話したい事って何?」
そう尋ねられてアオイは口を閉ざした。
別に話したいことはなかった。けれど、一度彼には誰にも責められることなく自分のやったことを見つめ直す時間が必要だと思ったのだ。
そう伝えたアオイの言葉に「ふうん」とツカサがつまらなさそうな顔をした。
「お前は、俺がまだ更生できると思ってるんだ」
そうあざ笑うようにツカサが言う。
「俺が全ての罪を明るみにしてそれを償うことでまたやり直せると思ってるんだ」
ツカサの言葉をアオイが黙って聞く。ツカサが鼻で笑った。
「逆だよ。全て知られたことで俺は、過去の自分がやったことを悪いとも思わなければ全然反省もしていないことに気づいたのさ。俺はこんな人間で、清く正しい人間になる気もないし、決してなれもしない。俺はどこまでいってもクズ人間なんだよ」
アオイは黙って彼の話を聞いていた。
「俺がカエデ先生を孤立させたのは、俺が彼女に釣り合うはずがないと分かっていたからさ。周りにはヒジリみたいなもっと魅力的な男がいる。そういうやつと張り合って、俺が勝てるわけがないだろ?だから、彼女が比べられない状態にしたんだ。そうしないと、彼女を手に入れられないと思ったから。……まあ、どっちみち駄目だったんだけど」
そうツカサが自嘲するように笑った。
「俺みたいな人間はこういう風にしか生きていけないのさ。……もう、それでいいんだ」
そうツカサが言い、窓際に飾ってあったオレンジ色のマリーゴールドを見つめた。
「……あなたはあなたが思っているほど悪い人間じゃありません」
ふと、呟くように言われたアオイの言葉にツカサが怪訝な顔をした。
「だって、あんなに金魚に優しく出来るんですもの」
アオイがそう言って微笑む。ツカサが驚いたようにアオイを見た。
「ナツメ先生やヒジリ先生の回想で聞いたカエデ先生のイメージが実際のカエデ先生とはかけ離れていたように、噂や外見だけじゃ人は判断できません。それはカエデ先生だけじゃなくてツカサ先生も一緒です」
噛みしめるように言うアオイの言葉をツカサが黙って聞く。
「ツカサ先生も私たちと同じ、誰かに嫉妬して、誰かを好きになる普通の人間です。その愛し方は確かに間違っていたけれど、好きな人のために優しくして、振り向いて欲しくて色々なことをしていたのは別におかしなことではないはずです」
そう言うアオイを奇妙なものでも見るかのようにツカサは見つめた。
「……そんなことを言われたのは初めてだな」
ツカサがそう言って俯いた。
「俺のことを奇人変人だっていうやつは大量にいたが、普通の人間だっていうやつは初めて見たよ。……いや」
そう言ってツカサが顔をあげた。彼の瞳からは一筋の涙がこぼれていた。
「……カエデ先生は、そうだったな」
「……」
アオイはハンカチを取り出すと、ツカサの涙を拭った。ツカサが顔を隠すようそっぽを向く。
「……お前、好きでもないやつに優しくすると、痛い目に遭うって分かってるだろ?」
そう言うツカサにアオイがくすりと笑う。
「嫌いだったらこんなことしませんよ」
ツカサが驚いたように振り向いた。そして微笑んでいるアオイを見て顔をしかめる。
「……やっぱり、女は嫌いだ」
そう言って顔を背けたツカサがなんだか可愛くて、アオイはくすくす笑った。
しばらく無言の時間が続いた。部屋の外も中も物音一つしなかった。まるで周りの時が止まっているかのようにさえ感じられた。
暫く経って、ツカサが口を開いた。
「ねえ、アオイ先生」
「なんですか?」とアオイが首をかしげる。
「お前もどうせ、ヒジリのことが好きなんだろ?」
そう言うツカサにアオイは不思議そうな顔をする。
「どうしてそう思うんですか?」
「この学校にいる女でヒジリに惚れていないやつはいないと思うけど」
ツカサは真剣な顔をしてアオイを見つめていた。その視線を受けてアオイは首を振る。
「私は別に……。好きではありませんよ」
「……嘘はいらないよ」
そう言ってすねるように俯いたツカサにアオイはくすりと笑った。
「嘘ではありませんよ。ヒジリ先生って真面目で仕事も出来て素敵な人だとは思いますけど、厳しくてあまり得意になれないんです」
「……ふうん」
ツカサがそう言ってベッドにごろんと横になった。相変わらずヒジリのことは目の敵にしているようだ。
(別にヒジリ先生と比べなくたって、ツカサ先生にはいいところがいっぱいあるのに)
そう思いながらアオイはツカサを見た。
そのことにいつか彼は気づいてくれるだろうか。そして、彼自身のことを少しは好きになってくれるだろうか。
(そうなるまで、こうやって近くにいてあげよう)
肌寒い春の学校で、まるで小さな太陽のようにほのかな光を放つマリーゴールドを見ながらアオイはそう心に決めた。
今日まで続いたこの学校をとりまく長い夜は、静かにあけていっていた。
Marigold シュレディンガーのうさぎ @kinakoyu
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