第8話

 私にあてがわれた客間は伯爵家の自室よりもずっと広く、快適でした。使用人も私の素性と人形製作のことを把握していて説明の手間が省けます。何より隣の部屋に仕事道具が運び込まれており、客間と扉で繋がっているのが便利でした。以前の自室では一つの部屋でなんでもやろうとしていたのでどうしても手狭になりやすかったのです。


「気に入っていただけたようでよかった」

「二部屋も貸してくださってありがとうございます」

「借りるなどといわず、どうぞ自分の家のように好きに使ってくれ」

「居候の身ですのでそのようなわけにはまいりません」

 固辞すると、殿下はなぜか残念そうな顔をされました。

 そうそう、一つ伝え忘れたことがあったのでした。


「人形作りを再開できたので、明日には箱に詰めて差し上げられるかと」

 私を案じられているようだった殿下の表情がパッと明るく変わりました。やっぱり、趣味の話はいいものです。


「箱に詰める? 私が目の前にいるというのだから気を遣わなくても構わないぞ」

「私自身のルールで、お客様にお渡しする時は、箱に詰めて完成と決めておりますから」

「そうか。なら楽しみにしておこう」

 箱の材料もしっかりとこの屋敷に運び込まれているので、心配はいらなさそうです。


「疲れただろうから、今日はもう部屋で休むといい。夕食の時間になったらメイドに呼びに行かせるが、応じなくても構わないよ。部屋に届けさせるから」

「何から何までありがとうございます」

 殿下が会話を切り上げた後は部屋で休もうかとも思いましたが、箱詰めをして早めに寝ることに決めました。


 作業がしやすいように道具を適当な場所に置き、いつも通り製作の服装に変わります。もしあの場で殿下が助けに来てくださらなかったら、もしやって来たのが殿下でなかったら、今こうして人形を作ることなど叶わないでしょう。

 本当に、本当に感謝しています……何かお礼がしたいと思いつつ、作品で返すのが一番だと考えて作業に集中しました。

 人形を棺の中に寝かせるようにして届けるのが私の好みですから、そのようにして箱に詰めます。



 包装がちょうど終わった頃、メイドが呼びに来ました。怒涛の一日だったもので私もかなり疲れてはいましたが、夕食は折角なので一緒にいただこうと呼び掛けに応じました。


 

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