第4話
数少ない訪問用のドレスを着て、伯爵家の所有にしては質素な馬車に乗り込み御者に行き先を伝えます。
向かう先は貴族街の一角、おそらくお得意様の屋敷でしょう。
辿り着いた邸宅は伯爵家のものよりもずっと大きく立派で、尻込みしてしまいます。屋敷の中へ通され、応接間へと案内されました。応接間も広く、豪奢な装飾がされています。
応接間にはお得意様と思われる男性が座っています。
男の人ということに驚かされました。人形を好むのは女性だとばかり思っていたのですが、それは私の思い込みだったようです。いえ、確かに文は性別の判別が付かないようなものだったのですが……。
男性は旦那様のように整った顔立ちの若い方で拍子抜けしました。
気を持ち直して挨拶をします。
「テオドラ・コムネア・ヴァルトベルク伯爵夫人と申します」
私は旦那様以外の男性に会ったことも、喋ったこともありませんのでひどく緊張しています。
「フリードリヒ・フォン・シューリンデンだ」
私に衝撃が走ります。
貴族であることは貴族街に屋敷を構えているということから予想はつきましたが、世情に疎い私でもその名字は知っています。
シューリンデン家は、この王国を治める王家なのですから。ということは、目の前にいらっしなる方は。
「……王弟殿下」
理解が追いつきません。王弟殿下は、現在王太子殿下と王位継承権を巡って争っている方です。そんなお方が、伯爵家の第三夫人である私に一体何の用があるというのでしょうか。
「そう緊張しないでくれ。私はただの一人の愛好家として、貴女に会ってみたいと思ったんだよ」
「勿体ないお言葉を頂き、恐悦至極でございます」
頭を深く下げたまま感謝の言葉を述べます。
「いや、だから緊張する必要はない。貴女の技術に感銘を受けたんだ。私も相当な数の人形を収集しているが、貴女ほどの腕の持ち主はそういない。会ってくれると聞いて、今日は眠れないくらいだった。まさかこれほど可憐な女性だとは思わなかったが」
緊張しなくてもよいと言われても緊張はしてしまいます。ですが、砕けた口調で話されているところを見ると、私も少し会話をする勇気が出てきました。
「オーダーメイドの人形の進捗はどうなんだ? そろそろ半分くらいだろうか」
「本体は殆ど出来上がっていて、あとは服と靴だけです。半月くらいでお届けできるかと」
人形の話が始まったので、私も思わず口数を増やしてしまいます。殿下も、気を遣ってくださっているのかもしれませんが、会話を楽しんでおられるご様子。
なぜ人形を作り始めたのか、工程はどうなっているのかなどを語ったり、殿下が人形の収集を始められたきっかけを知ったりと今までにないくらい楽しい時間が過ぎました。
しかし、不意に殿下の顔が曇ります。私が何か余計なことでも申し上げてしまったのでしょうか。
「貴女は楽しそうに会話してくれているが、何か気分を損ねるようなことがあったら言ってくれ」
「いいえ。全くそのようなことは」
今まで人形に関することを誰とも共有したことがなかったため殿下との話は非常に興味深く、つまらないとは微塵も思っていないことを素直にお伝えしました。
「しかし、顔色があまり優れないようだが」
体調に問題はありませんから、理由があるとすれば……おそらく夫人同士の対立からくる心労でしょう。
「心当たりはあるのですが、殿下にお伝えするほどのことでは……」
「命令だ」
命令とあれば仕方がありません。できるだけ私情を挟まないようにして事情を伝えました。第五夫人がしきたりを無視した振る舞いをしていること、旦那様がそれを増長させるような言動をとっていること。旦那様が、私達他の夫人を離縁するのではないかという噂がまことしやか流れていること。
それを聞くと殿下は顎に手を当てて暫く考えるような仕草を見せました。
「なんとかしてみよう。素晴らしい人形を作る方に、私も何か返礼をしたいと思ってね」
返礼なんて。この時間を過ごせたことだけでも私は充分だと伝えようとしましたが、何やら決意を固めておられるご様子。口出ししてはいけないと思い、私は何も言いませんでした。
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