第3話

 朝食は夫人と旦那様で揃って食べることになっています。旦那様をテーブルの上席に、席次順に席につく──その筈なのですが、旦那様の左手側の、本来は第二夫人であるゾフィーさんの席にアイリーンさんが座っていました。

 旦那様とイザベラさんは既に席に着いていますが、後から来た私を含めた三人は、どうするべきかとテーブルの側に立ちつくしかありません。


「どうしたんだ? 早く座って食事にしよう」

「し、しかし……」

 旦那様はなんでもないことのように私達を見回します。

 イザベラさんは格式を重んじる方なので抗議の声を上げかけますが、旦那様は不機嫌そうにそれを遮りました。


「席次なんてどうでもいいじゃないか。そうだろう? アイリーン」

「そうですよね、旦那さま。みなさまはそう思ってらっしゃらないようで、こわいです……」

「よしよし。怖がらなくても僕が君を守る」

 政略結婚で男女のことなどまるで分からない私ですが、色恋とはここまで人の目を曇らせるのですか? 旦那様は確かに端正な顔立ちをなさっていますが、決まりをめちゃくちゃにしてまで独占したいという欲求はどこから来るのでしょう。だいいち、側から見ている限りではアイリーンさんの言い分はあまりにも滅茶苦茶すぎます。それでも肩を持つなんて。


 イザベラさんの顔はまさしく憤怒の形相といったふうで、それを意地悪く見つめるアイリーンさんの笑みはますます深くなります。


 結局、アイリーンさんはそのままの席で私達は一つ後の席にずれることになりました。私が普段座っている席はゾフィーさんが座り、私はマリアさんの席に座ります。


 張り詰めた空気のままで食事が運ばれて来て、いつになく雰囲気の悪い朝食が始まりました。



「それにしてもイザベラ。あんまりアイリーンを虐めないでやってくれ」

「……何を仰っているのかわかりませんわ。私が、アイリーンを虐めている? 有り得ません」

「でもアイリーンがそう証言してくれているんだ。彼女が嘘をつくなんて有り得ない」

 恋は盲目とはよく言ったものです。アイリーンさんは嘘をつかなくて、イザベラさんが嘘を言っていると決めつけるなんて。渋々イザベラ派に属している私ですが、今度ばかりはイザベラさんの味方をしたいと思います。


 この出来事にはアイリーン派のマリアさんも些か愕然としていましたが、完全にアイリーンさんへと気持ちが傾いている旦那様を味方にしたアイリーンさんに敵はないようなもの。

 このままでは、旦那様が現在の官職を賜るきっかけとなった公爵家の姫であるイザベラさんの第一夫人としての立場が揺らぎ兼ねません。それが実家である公爵家に知られればどうなるか……公爵家は王家に最も近い家柄、旦那様の今後の出世に響くのは間違いありませんが、私も他人のことを心配している場合ではなくなってしまいます。


 使用人達の話題では、アイリーンさんから他の夫人を離縁するように旦那様が頼まれたという噂が広がっています。夫人とはいってもアイリーンさん以外には全くお渡りはないので可能性は否定できません。私も余生は伯爵家で過ごすものとばかり思っていましたが、身の振り方を考えた方がいいのかもしれません。


 先行きが不安になるようなことばかりですが、お得意様から「直接会って話がしたい」という文が届いたのは僥倖でした。旦那様に許可を頂こうとしたところ、碌に内容も見ずに許可されました。喜んで訪問したいと思います。

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