第2話
体調不良を口実にして部屋に逃げ込んだ私は、溜め込んだ鬱憤を晴らすように作業机へ向かいます。エプロンを付け、長い髪を一つに纏め、手袋を嵌めて準備は完了しました。
机の上にはほぼ完成に近い作りかけの人形が置いてあり、私はそれを手に取ると髪となるモヘアを貼り付ける作業を始めます。
そう、私のもう一つの側面とは人形師です。
伯爵夫人の趣味としては奇異なので、他の夫人や旦那様、私付きでないメイドにはとても見られたくはないものですが……。恥ずかしながら匿名で売りに出したところ、思いの外人気が出てしまって今では謎の人形師として知られているようなのです。
いま私が製作している人形はお得意様からのオーダーメイドです。お得意様も匿名の方で、どのような方なのかは想像することしかできませんが、同じ趣味を持つ同士として一度は語り合いたいと思う日もあります。
でもきっと優しい方です。だって、人形を納品すると必ず「素敵な作品をいつもありがとうございます。応援しています」と美しい文字で綴られたメッセージカードが帰ってくるのですから。外部とのやり取りがほとんどない私にとって、そのカードに書き綴られた短い言葉だけで、男性か女性かも知らないお得意様への感謝の気持ちでいっぱいになるのでした。
でも、三番目とはいえ私も伯爵夫人という立場。メッセージカードや人形のやり取りも専属メイドに任せており、軽率に誰かと会うことなんてもちろん叶わないことです。
趣味に生きていられるような裕福な暮らしをしているのは幸せですが、妻同士の揉め事や生活上の縛りは窮屈に感じることもあります。これもその一つなのでしょう。
お得意様のこと、先程の口論、暮らしの不自由さを全て思考の隅に追いやるため、人形作りに集中力を注ぐことにしました。
紅茶染めのモヘアの根本に接着剤を付けては乾かし、付けては乾かしを繰り返して髪の毛を着々と作り進め、細部に塗料を塗って完成です。完全に乾いたわけではありませんが、だいたいのところはこれでいいでしょう。
「いけない。もうこんな時間」
没頭していたらすっかり夜が更けてしまったようです。また最終確認をするとして、人形作りはここまでで切り上げて寝ることにしましょう。
明日もまたイザベラさんとアイリーンさんの争いがあると思うと少しだけ憂鬱さを感じます。イザベラさんの方が筋が通っていると思って発言したら、たちまちイザベラ派に仲間入りなんて窮屈です。
そういったストレスを解消できる人形作りとお得意様とのやり取りは、私にとってささやかな楽しみなのでした。
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