人形師の第三夫人は傍観者

久守 龍司

第1話

「イザベラお姉さま……ひどい……わたしはただ、旦那さまのために……」

「だからといって、序列を無視していいわけではないわ。以後慎みなさい」

「もしかしてお姉さま、旦那さまが愛しているのがわたしだから嫉妬されているんですか……?」

「話題を逸らさないで頂戴。家内のことを任されているのはこの私よ」

 一体、何を見せられているのでしょうか。折を見てこの空間を抜け出してしまいたいです。


 私の名前はテオドラ。かつて弱小国家の王女であり、今はこのヴァルトベルク伯爵家の第三夫人として生きています。実は私にはもう一つの側面があるのですが────


「アイリーンさん! 正妻であるイザベラお姉さまに失礼よ! いますぐ謝罪しなさい」

「アイリーンさんの言うことももっともよ。お姉さま、少し言い方がきつすぎるのではなくて?」

 第二夫人のゾフィーさんと第四夫人のマリアさんも口論に便乗します。私はできるだけ気配を殺して発言しないように心掛けてはいるのですが、五人の夫人が一堂に会するこの場でそのようなことできるはずもありません。


「テオドラさん、どちらの意見の方が正しいかしら?」

 ことの発端は第五夫人のアイリーンさんが、第一夫人のイザベラさんが本来権利を持っているメイドの人事に口を出したことです。このような揉め事に発展してしまいました。

 私自身は諍いが苦手なのですが、夫人の数が奇数なだけあって意見を求められることが多く、ここ最近──特にアイリーンさんが嫁いできてから──は毎日のようにこの調子です。私はお喋りがあまり得意ではないというのに……。

 私はおずおずと口を開きました。


「私は……イザベラお姉さまの言っていることの方が……正しいと……」

「テオドラさん。貴女が冷静に物事を考えられる女性でよかったわ……二人ほどそうではない人が、この部屋にいるようだけれど」

 イザベラさんは私に向かって笑みを浮かべ、反対にアイリーンさんは血の凍るような視線を送ってきました。どちらにせよ生きた心地はしません。


「お言葉ですが、わたしにはそうではない人が三人いるように思えますわ」

 アイリーンさんがイザベラさんの嫌味に言い返します。


 第一夫人のイザベラさん、第二夫人のゾフィーさん、そして第三夫人の私がイザベラ派、第四夫人のマリアさんと第五夫人のアイリーンさんがアイリーン派といったふうに、この屋敷は真っ二つに分かれています。勢力図だけ見れば有利なのはイザベラ派なのですが、そう単純ではありません。

 この家で最も権力のある旦那様がアイリーン派なのです。もちろん、旦那様は派閥のことなどご存知ありませんが、イザベラさんよりもアイリーンさんの方にお気持ちがあるのも事実。


 ともかく、私は一応はイザベラ派に属してはいますが家内のことも、旦那様のことにも興味がありません。

 体調不良と嘘をついてなんとか居心地の悪い空間を抜け出すと、自室へと転がり込みました。

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