第5話
王弟殿下の邸宅を訪れてから三日が経ちました。殿下は「なんとかする」と仰ってくださいましたが、伯爵家のたかが第三夫人である私に、どうしてそこまで気をかけてくださるのでしょうか。
夫人達の間には、相変わらず険悪な雰囲気が漂っています。先日のアイリーンさんの行動によって派閥は解体され、夫人はみなイザベラさんの側についています。しかしながら、旦那様は完全にアイリーンさんにぞっこんであると見え、勝負あったとでもいうべきでしょう。
今日も今日とて可能な限り自室に引き篭もり、日が暮れても人形製作をする予定でした。そのはずでしたのに、昼食が終わって自室に戻ってすぐにメイドが慌てて呼びに来たのです。
「どうしたの? 何か大変なことでも……」
「テオドラ奥様、申し訳ございませんが、説明よりも実際に来ていただいた方がよろしいかと!」
何やらただごとではない様子。メイドが呼びに来るその瞬間も作業をしていた私はエプロンを外し、雑に束ねた髪にカバーを掛けて辛うじて人前に出られる格好になり、メイドとともに居間へ向かいました。
「イザベラ! まさか、まさかアイリーンを亡き者にしようとするなんて……」
「濡れ衣です! 旦那様、お願いです信じてください……私は本当に、アイリーンに対して何もしていないのです。そのような揉め事を、私が望んで引き起こすとお思いなのですか!」
居間では、イザベラさんが涙を流しながら旦那様に潔白を訴えている光景が広がっていました。
話を聞くところによると、イザベラさんがアイリーンさんの毒殺を謀り、私達他の夫人がそれを黙認したということです。毒味係が倒れたという騒ぎもありませんし、私自身一切の心当たりがないので、恐らくはアイリーンさんの一人芝居だと思うのですが……どうやら今の旦那様にはいかなる言葉も通じないご様子。半ば諦めの様子で成り行きを見守ります。
「黙れ。お前の言い訳はもう聞きたくない。……いいかイザベラ、ゾフィー、テオドラ、マリア──お前達を離縁する。イザベラは当然だが、他の三人も共犯なのだから同罪だ。再婚できないように修道院に一生いるといい」
一瞬で、既に冷めきっていた居間の空気が凍りつきました。他の方がどう思っているかは知りませんが、私は離縁されることなど一向に構いません。でも修道院送りは嫌です。だって大好きな人形作りができなくなるのですから。
「修道院送りなんてあんまりですわ! どうかお考え直しを」
「旦那様、わたくし達が一体何をしたというのですか……」
ゾフィーさんとマリアさんも泣きながら懇願しますが、旦那様はその手を邪険に払い除けました。
アイリーンさんは数日で一番の満面の笑みを浮かべ、旦那様の隣で目を細めています。やっぱり、アイリーンさんが仕組んだことのようですね。
「話すことはないと言っただろう! アイリーンの銀食器だけが変色した、これは毒殺未遂の立派な証拠だ。分かったらさっさと修道院でもなんでも行ってしまえ!」
旦那様は居間の出入り口の方を指さして怒鳴りました。その指を追うように入り口の方に目を向けると、思いがけない姿を見つけて嬉しい衝撃を受けました。
悲しくはないのに何故か涙が出そうになります。もらい泣きでしょうか?
「『修道院でもなんでも行ってしまえ』か」
旦那様が指さした方角から聞き覚えのある声がします。三日前に聞いたばかりの声です。
「王弟殿下!? どうしてここに。公爵様まで」
王弟殿下と、イザベラさんのお父様の公爵様が武装した兵士を連れて居間の出入り口に立っていました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます