Dream:21 取り引き、そして新たなる力
「その声は・・・ムーニャ様・・・?」
聞き覚えのある声に僕は思わずそう呟いていた。それは幾度か、いずれもこうしたタイミングで声を掛けてきた夢神と呼ばれるあの声の主に他ならない。
『そうだよ〜?凄いのと戦ってるねカナタ大丈夫〜??』
「喋ってる暇はっ!―――ありませんっ!!」
「グガアアオォォッ!!!」
声の主、恐らく夢神と呼ばれているそれに投げるように言葉を返し、僕は飛んだ。今、僕が立っていた場所を空を切る轟音と共にヴェノサウラーの剛腕が通り抜けていく。
普段ならここで体制を整えるであろうタイミング。だが僕は敢えてそこで前に一歩、力強く踏み込み剣を突き出す。
「ハアアアアッッッ!!!」
「グガアァッ!!?」
深々と肉を突き刺す音。ヤツの絶叫。
「うぐあっ!?」
そして僕もまた再び痛みに暴れるヴェノサウラーの闇雲な一撃を受けて吹き飛ばされた。
「がっ!?ぐっ・・・、まだだあっ!!」
もろに背中から叩き付けられ、衝撃で一瞬呼吸が止まる。しかし僕は激痛も苦しさも無視して立ち上がる。
(早く・・・早く、倒すんだっ!!)
「うああああっっ!!!」
「グゴアアアアッッッ!!!!」
戦略なんてものは無かった。メリアを救うと誓い、己の力を引き出して尚、ヤツには届かない。強いて言えば速度だけは少しだけ上回っているがヴェノサウラーにダメージを与える為、全力で攻撃しているので回避をする余裕などあるはずも無い。
「ふぐっ!?・・・・・・・・・っ!まだぁっ!!」
一撃喰らわせれば一撃返される。痛みを噛み締め、漏れ出る血を無理矢理飲み込み、明らかに不利な痛み分けの勝負に尚も僕は挑み続ける。
「あがぁっ!??・・・・・・・・・くっ、うぉぉぉっ!!!」
痛い。いや、熱い。身体中が熱を帯びている。あちこちが熱くてどこが負傷しているのか自分でもよく分からない。ただ心に呼応するかのように昂る身体が止まる事を知らず、動き続ける。
(効いてる・・・、確実にボクの攻撃はヤツに効いてるんだ! このまま攻撃し続ければ・・・!!)
ただそれだけを考え、踏み込む。だがその矢先。
「あ・・・れっ・・・?」
ほんの少し、足先が氷の欠片を踏んだだけだった。しかし、僕の右足は滑り中途半端な体勢なまま、強化された筋力で身体を前へ押し出した。
(―――――やっ・・・ば・・・・・・っ!!?)
そのままヴェノサウラーが振り下ろす剛腕に吸い込まれるように僕は宙を飛ぶ。もはや、両足が地面を離れ回避する術は無かった。
(え・・・?これで終わり・・・なの??)
僕は己の愚かさを噛み締めながらギュッと目を閉じた。
一秒、二秒、・・・三秒。
しかし、来るべき死の瞬間は訪れない。
「あ・・・れ・・・??」
目を開けた僕の視界に映り込んだのは白く色を変えた怪物の剛腕が静止している景色だった。見覚えのある光景に僕は思わず、辺りを見回す。
そして、そこにいた。
「カナタ、もうキミを助けるのは三度目だよね?熱くなると自分の事すら見えなくなるその性格はどうなのかな?」
全てが静止した世界。そこに立つ細いシルエット。どこか道化じみた金色の王冠と真紅のマントを身に付けた二足歩行の白猫。しかし、その顔は猫というよりは猫の特徴を混ぜた少年の様だった。
「あなたは・・・、ムーニャ様・・・なん、ですか・・・・・・!?」
この世界に来て一番最初に出会った存在。その声の主が今、悪戯っぽい笑みを浮かべて僕の前に立っている。
「ふふふ、そういえば姿見せるの初めてだったよね。ボクの姿を見た人はそうそういないんだよー?」
その立ち姿は自然体だがなんというか纏う雰囲気が違った。ガラルドの様な強者の持つそれとはまた違う。異質とでも言えばいいのか。言葉では表せない存在感をカナタは感じ、言葉に詰まった。
「えっと・・・、その、ありがとうございます・・・?」
そして苦し紛れに出てきたのは謝罪の言葉だった。それを聞いたムーニャがまたしても笑う。
「プッ・・・、フフフッ。キミは面白いねやっぱり・・・。やはりキミにして良かった・・・」
「ムーニャ・・・様・・・?」
僕はどこか引っかかるような感じがしてムーニャの顔を見る。だが、猫の特徴が強く、常に笑みを貼り付けたその表情からそれ以上の感情を読み取る事は出来なかった。
「―――ねえ、カナタ?ボクと取り引きしないかい?」
「取り引き・・・?」
「そう、取り引きさ。キミはアレを倒したい。ボクはキミにお願いを聞いてもらいたいんだ」
感情の読めないその口から世間話でもするような気軽さで放たれた取り引き、という言葉。その時、僕は初めて目の前の神と呼ばれた存在がどれだけ得体の知れない者かということに気付いた。
(・・・ボクは平然と二回も神様に時を止めてもらい、助けられた・・・。今もそうだけどボクは助けてもらわなければ死んでいたかもしれないんだ・・・)
冷めた思考で考えられる今なら分かる。今の僕ではいかに足掻いてもあいつを倒す決定打が無い。つまりはこの取り引きに拒否権なんてものは初めから存在しないのだ。それを分かった上でお願いと口にするムーニャは一体、何を考えているのだろうか。
(だけど・・・、それでも迷うなんてボクには出来ない・・・!!)
僕は意を決し、口を開いた。他でもない、メリアを助ける為に。
「分かりました、ボクに出来る事なら何でもします。・・・その代わりアイツを倒す方法を教えてください!!」
「へえ・・・、倒す方法、か。あくまで自力でやるなんてカナタらしいのかな?いいよ、じゃあボクのお願いはこれだ」
ムーニャはそう言うと懐から何かを取り出した。
「これは・・・?」
僕の目に映ったのは赤い、とても濃い、真紅の輝きを放つ結晶だった。大きさは僕の拳より少し大きいくらいだ。
「この赤い結晶をね、あの町の青結晶の塔の一番上に運んで欲しいんだ」
「え、でも青結晶の塔には誰も入れないはずじゃ・・・?」
僕は反射的にそう口にしていた。ガラルド達の話が本当なら青結晶の塔に入ろうとすれば身体が結晶化してしまうはずだ。
「大丈夫だよ。その赤い結晶があれば青結晶の塔に入る事が出来る。・・・ねえカナタ?夢を叶え続けたらその後、世界はどうなるか分かる?」
「え、どういう・・・、事ですか?」
質問の意図が良く分からず、僕は首を傾げた。しかし、ムーニャの続けた言葉に僕は衝撃を受ける事となる。
「・・・崩壊だよ。無理な願いを叶え続ければ強い力場が空間を歪ませ、やがて空間ごと崩壊する。そうならない為に力の源となる魔素を探し、喰らうのが夢魔達。言わば彼等はこの世界の自浄作用なんだよ」
「崩壊・・・?夢魔が自浄作用・・・!?」
しかし、驚く僕に構わずムーニャは話を続けた。
「あの町はそのおかげで最悪な矛盾を抱えてしまった。幸せの町と呼ばれ、負の感情を許さないというあの子の夢から生まれたルール。それがある時、許容範囲を超えて夢魔が生み出された。そして皮肉にも夢魔の活動によって人々は心に憎しみや怒り、悲しみや苦しみを感じて次々と体晶化した。更にその力が歪みを強くし、新たな夢魔達が生まれる。この連鎖が今のあの町の姿だよ」
「そんな・・・、じゃああの町は・・・」
(エリオドールさんの夢の世界は・・・、それにあそこの町の人達はどうなるの・・・!?)
突然、ムーニャが淡々と言い放った事実に理解が及ばない。というよりも心の整理が追いつかなかった。
「まあ、崩壊する前に夢魔達に全て滅ぼされるだろうね。
「滅ぼされる・・・」
思うように言葉が出てこない。叩き付けられた現実はあまりにも大きく残酷だった。心のどこかで希望的観測をしていた。僕が頑張れば、ガラルドやメリアと共に戦えばあの町を救えるのだと考えていた。だからこそ、ムーニャの、神の口から出たその言葉の重さは生半可な物では無かった。
そんな僕にムーニャは言う。
「カナタ。この結晶を青結晶の塔の最上階にある中枢部分にはめ込めばあの塔は壊れる。彼女の儚い夢と一緒にあの町は呪縛から解き放たれるんだ、この意味が分かるかい?」
「あ・・・っ!」
頭が理解してしまった。そして思い浮かべたくもない希望が浮かぶ。
(あの町は助かる・・・。彼女の、エリオドールさんの夢を犠牲にすれば・・・!!)
「でも、エリオドールさんは・・・!?彼女はそれで大丈夫なんですか!?」
「おや、カナタ?キミはあの子の夢の内容が何かも聞いていないよね?しかも会ったのは一度だけ、それなのにあの町より一人の少女の方を心配するのかい?」
「う・・・、それは・・・」
「まあいいや。もう時間も無いしさ、ボクのお願いはカナタに託したからあとはキミに任せるよ。キミにアイツを倒す力の使い方を教えよう」
そして考える間も無く、ムーニャは至って平静な声色であっさり話を切った。そして何事も無かったかのように僕にあの怪物を倒す方法を授けてきたのだ。僕としてもそれを聞かないわけにはいかず、ただただムーニャの言葉に耳を傾けた。
「・・・というわけ。2つ目についてはメリアだっけ?あの子もヒントを言っていたと思うけどね。とにかくその二つを使いこなせば今のキミでもアレに勝てる可能性は充分にあるよ」
「あ、ありがとうございます・・・」
「礼はいらないよ。お願いはしたけどそれをどう使うかはキミ次第なんだしね。さあ、もう時間切れだ。カナタ、キミならきっといい選択をしてくれるとボクは信じてるよ――――」
そう、一方的に言い残すとムーニャはあっさりと消えた。残ったのは僕と時の止まった怪物のみ。間もなく時は動き出す。
「・・・・・・・・・・・・っ」
何て爆弾を落としてくれるのだろうか。出来れば聞きたくは無かった。エリオドールか、町か。そんな選択肢があっていいのだろうか。彼女の儚げな表情が脳裏に浮かぶ。
(くそ・・・、今は考えても仕方ない・・・。今はアイツを倒してメリアさんを助けるのが最優先だ・・・!!)
そうして僕はいつもそうしていたように空を見上げた。地球のものとは違う、薄紫色の空を見つめて僕はゆっくりと息を吐く。
「大丈夫・・・、大丈夫だ。何とかなる。今は何も考えるな・・・」
苦しい時。独りの時。どうしようもない時。頭上いっぱいに広がる空がいつも僕の味方だった。何度も僕の心の声を溶かしてきた空に目を凝らして僕は心を空っぽにした。
(メリアさんを助ける・・・、そのためにこの新たな力を使いこなしてみせる・・・、今はそれだけだ!!)
両の手に構えていた
準備は出来た。後はヤツの不意を突くのみ。
「さあ来い!!」
――――そして時が動き出した!
「グゴオオオアァァァッ!!!」
ヴェノサウラーが何事も無かったかのように僕の方へと大口を開け、突進してきた。そしてその剛腕を振り上げ、僕へと迫る。
「ここだっ!!」
僕は二本の
「
瞬間、二本の柄から半透明な水色のエネルギーが放たれ、それが一本の長槍の形へと姿を変える!
「はぁっ!!」
斜め下から突き出した槍の穂先が怪物の鋭い爪先を潜り抜け、拳へと突き刺さる。僕は拳の力に逆らわず身を任せた。するとヴェノサウラーに押し込まれた槍の反対側が地面へ打ち込まれ、固定された事によってヴェノサウラーは己の力によって拳に深々と槍の穂先を突き刺す事になる。
「グガアァァァッ!!?」
再び、ヴェノサウラーが痛みに苦悶の声を上げ、無理矢理に槍を引き抜いて後方へと飛び退いた。
「よし、効いてる!!」
引き抜かれた槍を再び柄だけの姿に戻し、僕は再び構える。その時、またあの声が頭に響いてきた。
『 フフフ・・・、良い発想だよカナタ。ボクが見込んだだけの事はある、その調子だ!新たな力であの夢幻獣・・・、そうだね、アルプトサウラーとでも呼ぼうか?アイツをやっつけてごらん♪』
場違いな程陽気なその声に僕は何も答えず、ただ黙って唇を噛み締めた。色々、言いたい事もあるが今は全て二の次だ。
「今は・・・、全力でお前を倒す!アルプトサウラー・・・!!」
再び、戦いの火蓋は切って落とされた・・・。
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