Dream:20 あなたが居てくれたから

―――――数分前、青結晶の町にて・・・。


「ふぅ・・・・・・」


(彼等は・・・、メリアとカナタは大丈夫だろうか・・・)


昼下がりの訓練所の食堂。料理の前でスプーンを片手にため息をつくのはガラルドだ。そんなガラルドに席を共にしていた大男、ガルトンが声を掛ける。


「どうされた?ガラルド殿・・・?」


「ん?ああ・・・、いやカナタくんとメリアの事がちょっと・・・、な」


「やっぱり二人で行った事を心配してるんですかい?」


横からそう問いかけるのは痩身の青年、ザックだ。この二人は良く行動を共にしている事が多く、今日もメリア達がいなくて手持ち無沙汰だったガラルドは一緒に訓練をしていた。


「ああ、それはな・・・。もちろん彼女の腕なら不安は無い、と言いたいところだが何があるか分からないのが今の現状だからな・・・」


「メリア殿もこうと言ったら聞かんタイプですからな。夢魔や夢喰らいドリーム・イーターとの遭遇を気にしておられるのか?」


「ああ、ヤツらの事は未だに未知数だ。俺達の知らない個体に遭遇しても不思議はない」


しかし、そんなガラルドにザックは肩を竦めて皮肉っぽくこう言った。


「でもリーダー、あのメリアさんが対応出来なきゃそれこそオレらだって敵わないって事でしょ?そんな相手にそうそう出くわす事はないっしょ」


「む・・・、確かにそれは一理あるかもな・・・」


「いやいや、そこは否定してくださいよ!リーダー!」


「なんだザック?メリア殿に勝てるとでも思っておるのか?」


「ガルトンまで!?ひでーっすよー・・・」


ザックの言葉で食堂に笑いが起こる。しかし、奇しくもこの会話の数十秒後にメリアからの信号弾の目撃報告がガラルドの元に寄せられ、捜索へ向かう事となる。ガラルドの不安は的中する事となるのだった・・・。


「無事でいてくれメリア・・・、カナタくん・・・!!」


〜♢〜



寒い。身体に冷たいモノが吹き付けてくる。それに何かがぶつかり、砕け散る音。破砕音だろうか。頼むから寝かせて欲しい。身体中がズキズキと痛むのだから。


「・・・・・・・・・・・・・・・! ・・・・・・っ!!」


(・・・なんだろう?何かが争ってる・・・?争い・・・それって・・・)


そう考えた瞬間、弾かれるように僕の意識は現実へと引き戻された。何を自分は呑気に寝ているというのだ。焦燥感と共に僕は辺りを見回す。


「ここは・・・!? メリアさんっ!? あ・・・・・・・・・っ」


そして眼に入ってきた景色に僕は息を飲んだ。緑の草原を覆う氷のフィールド。辺りを風花が舞い、砕けた氷があちこちに散乱している。そして、そこに立つ二つの影に僕の目は釘付けになった。


「メリアさん・・・、そんな・・・!?」


振り乱した美しい緑色の長髪。彼女が多少の事では傷つかないと言っていた青いドレスはあちこち破れ、覗く肌は血で赤く染まっていた。


「あぁ・・・・・・。あああぁ・・・・・・・・・っ!?」


それでも尚、白い怪物に立ちはだかる彼女の白銀の刺突剣レイピアも今や片方が半ばから折れていた。ボロボロの姿になっても僕を庇うように怪物の間に割って立つ姿はあまりにも儚く、そして小さく見えた。


「メリアさん! メリアさん・・・っ!!」


メリアの元へ駆け寄ろうと僕が声を上げて立ち上がった瞬間、それよりも早くヴェノサウラーが反応して動き出した。


「ゴアアアアッッ!!」


僕を守るように立ち塞がっていたメリアに無造作に突進し、彼女の身体を木の葉のように弾き飛ばしたのだ。


「メリアさんっ!? ・・・ぐぅ!?」


あっさりと宙を舞い、こちらへ飛んできたメリアを僕は全身を使って受け止めた。抱き留めた時こそ、肺の空気を押し出される衝撃を感じたが手の中に収めた彼女の身体はとても軽く、華奢に思えた。


「メリアさん!メリアさん!しっかりしてくださいっ!メリアさんてばっ!?」


彼女の細い肩を両手で揺する。だが、メリアは事切れたように脱力し、ただ僕の手の動きに身体を委ねるのみだった。そこに彼女の意思や力は感じられない。


「どうして・・・、こんなボロボロになるまで・・・・・・!! メリアさん・・・・・・っ」


「ゴガアアアアアァァッ!!!」


そんな僕に容赦なくヴェノサウラーが迫ってきた。怪物の巨体を僕は何とかメリアを抱えて飛び退り、回避する。


「ぐっ・・・!やめろ・・・っ」


「ゴアッ!ゴガアアアッ!!」


「くるなっ! ・・・これ以上メリアさんを傷付けないでよっ!?」


必死に避ける僕を仕留められないのがもどかしいのかより一層、ヴェノサウラーが追撃を激しくしてくる。


(やめろっ・・・、もうやめろよ・・・っ!メリアさんが何をしたって言うんだ。こんなにボロボロになるまで痛め付けられて・・・・・・っ)


苦悩を撒き散らしながら僕が回避を続けていたその時だ。ヴェノサウラーの大口がかっと開き、そこから黄色いガスのような煙が吐き散らされた。


「うっ!? ・・・これは身体が!?」


息を吸い込み、喉がビリビリとする感覚を覚えた時にはもうすでに遅かった。すぐに指先が痺れと共に動かなくなり、気付いた時にはメリアを支える事も出来なくなっていた。


「あぐぅ・・・!? め、メリアさん・・・。く、そ・・・、うごか・・・な・・・い・・・・・・っ」


僕はそのままメリアに覆い被さるように倒れてしまった。唇まで痺れてしまい、呟きすら途切れてしまう。


「ゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・」


動けなくなった僕を値踏みするようにヴェノサウラーが唸り声を上げながらゆっくりと歩み寄ってくる。その地を踏む音が僕には迫る死の足音に聞こえた。


(ダメだ・・・。身体が動かない・・・・・・。ボクは自分を庇ってくれた人を助ける事すら出来ないのか・・・。何て、何て弱いんだ・・・・・・っ)


もはや唇を噛み締める事も出来ないが僕は心の中で自分を責めた。なぜ、こんなにも自分は無力なのだろうか。目線を下へ向ける。そこにあった変わり果ててしまっても尚、美しいままの彼女の顔を僕は見つめた。重なった身体から彼女の体温と柔らかな感触が伝わってくる。


(メリアさん・・・・・・。ボクの為に・・・、こんなボクの為に・・・・・・!!)


『 へえ、カナタ・・・ね?良い響きの名前だわ。私はメリア、メリア・クラウデンよ、よろしくね!』


(・・・っ!?)


不意にメリアと会った時の事が頭に浮かぶ。いや・・・、それだけではない。


『 なーにあなた、だらしないわね?男の子でしょう?根性出しなさい?願い人ウィッシャーは心根の強さが肝心なのよ?』

『 もう疲れてしまったのかしら?ふふふ・・・、でも今日は頑張ったほうね?』

『 片手とはいえ、私から1本取るなんてやるじゃない?ご褒美にお姉さんが頭を撫でてあげるわ』


会ってからの事が頭を通り抜けていく。たった1週間だ。だが、僕にとってこの1週間は初めての事でとてもかけがえのない、大切な1週間だったのだ。誰かと共に自分を鍛え、教えを請い、己を高めていく。その濃密な時間の間、常にメリアは厳しくもあったが僕を見て、理解し、寄り添ってくれた。


(そうだ。メリアさんはあんなにボクの事を・・・。ボクが音を上げても上手くいかなかくてもいつも・・・)


「―――カナ・・・タ?なに、を・・・なさけ、ないかお・・・してるの・・・?」


「っ!? ・・・め、めり・・・あ、さ、ん?」


いつの間にか彼女が目を開けてこちらを見ていた。麻痺しているせいかケガのせいか分からないが震える唇で・・・、そしていつもの品があってどこか妖艶なあの笑みで僕に言ったのだ。いつもの言葉を。


「あな・・・た、はもっと・・・、やれる、わ・・・。わた、しが・・・ほしょう、する・・・って・・・」


「め、りあさん・・・、めり、あ、ざん・・・!!」


目頭が熱くなる。熱いものが下から込み上げてきた。そうだ、彼女はいつもこう僕に言ってくれたのだ。会った日から毎日、毎日・・・、一日も欠かす事無く。


――――それがどれだけ嬉しかったか。人に認められる事無く、ただただ困らせ守られるだけだった僕がどれだけ救われたか。いつの間にか僕は彼女に認められる事が、褒められる事が嬉しくて頑張っていたのだ。そう、今日だって・・・。


「メリアさん・・・、あれ?ボク喋って・・・、身体も動く?はっ!?」


いつの間にか感覚が戻っていた。身体の痺れも消えている。そして僕は気付いた。僕の胸元、そこに触れたメリアの手と僅かに漏れる水色の光に。そこで僕は森で言っていた事を思い出した。


『 大丈夫よ、私も解毒の夢道くらいは使えるから・・・』


「メリアさんこれって!? 夢道術?ボクの・・・あ・・・!?」


メリアが動かなくなっていた。心無しか身体も冷たくなっている気がする。それはまるで僕が良く病院にいた時に見たこれから死のうとしている患者のようで・・・。


「ダメだっ!メリアさんっ!! 死なないでっ!? まだ・・・、まだ・・・これからたくさん・・・!!」


「ゴガアアアアアアアッッ!!!!!」


「っ!?」


頭上に聞こえた怪物の声に僕は咄嗟にメリアを抱え、飛んでいた。驚くほどに身体が軽い。その理由が何となく僕は直感で理解出来た。


―――願い人ウィッシャーはその意志によって己の力を高める事が出来る・・・。


(今ならボクにだって・・・)


僕は意を決するとメリアの身体に手をかざした。


(願いを・・・、想った事を形にする力が本当にあるのなら・・・)


今の僕には出来るはずだ・・・。


「―――――彼の者の傷を癒せ。”癒しの光”・・・」


僕の手から光が溢れ、メリアの身体の傷を塞いでいく。出来るという確信が僕にはあった。失った血は戻らないが応急処置にはなるはずだ。・・・どちらにせよ時間が無い。


「ごめんねメリアさん?少し待っててください」


そう言い、僕はそっとメリアを地面へ横たわらせた。本当ならば彼女の傍についていたい。一刻も早く町に運び、彼女の治療をして貰いたい。だが、それを許すような敵ではないことを僕は良く理解していた。


「来い、夢断ちの剣盾ソード・オブ・テスカトリオ・・・」


そして僕は夢想器マギアを出現させるとヴェノサウラーの方へと向き直った。もう、気絶する前に感じていた恐怖は無い。怖いのはあんな怪物では無い。それよりも怖いのは彼女を、メリアを失ってしまう事だ。


「さっさとお前を倒して・・・、メリアさんを町に連れて行く!覚悟しろっ!!」


「ゴガアアアアアアアッッ!!!!!」


突き付けた剣に応えるようにヴェノサウラーが吠える!異形となった怪物が氷を捲り上げながら僕の方へと突進してきた。


「おおおおおおおぉぉっっ!!!!」


僕も地面を蹴った。待ち構えるなんて事は時間の無駄だ。


(全力でお前を倒す・・・!!)


凄まじい速度でヤツの剛腕が振るわれる。そのスピードは夢魔と同化する前とは比べ物にならない。だが、僕はそれを紙一重で掻い潜り懐へと飛び込む。


(よく見ればこいつも傷だらけじゃないか・・・!!)


刺突の痕、斬撃痕、氷の刺さったままの場所。それら全てがメリアの努力の証だ。その身体に僕は一刀を刻み込む。


「ハアアアァァァーーッッッ!!!!」


ザン!!


深々と肉を裂く音、そして・・・。


「グガアアアゥゥゥゥッッ!!?」


痛みにヴェノサウラーが初めて苦悶の声を上げたのだ。叫びながらヴェノサウラーが両腕を思い切り振り回す。


「ぐぅっ!!?」


暴れるヴェノサウラーの腕に僕は構えた盾と共に吹き飛ばされた。とてつもなく重い一撃に左腕が痺れ、腹に衝撃が突き刺さる。


「こんなの・・・、メリアさんの痛みに比べれば・・・!」


血の味がする唾をぐっと飲み込み、僕はやつを睨み付けた。そして暴れ狂うヴェノサウラーにもう一度攻撃を加えようとした時、頭の中に聞き覚えのある声が届いてきた。


「――――やあカナタ?とっても頑張ってるみたいだね?」


「その声は――――!?」


























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