Dream:19 裂氷の戦乙女


「――――さあ、いくわよ化け物っ!――”氷波陣ひょうはじん”っっ!!」


私は地面に向かって手をかざし、夢道術を発動した。みるみる内に辺りの地面が氷で覆われ、ヴェノサウラーの足元も凍り付く。もちろん、カナタのいる所は凍らせていない。


「グガァッ!!」


しかし、ヴェノサウラーは雑に鬱陶しい物を払うように足を振り上げ、簡単に氷から抜け出してしまった。だがそれを予想していた私は再び靴裏を滑らせ、滑走を始める。


(―――あんな氷じゃ動きを止められないのは分かっているわ。”氷波陣”は私が自由に滑る為の物、そしてこれなら・・・)


私はヴェノサウラーの周囲を旋回しながら自らの身体が強く、より強靭になるイメージを固める。すると私の身体の周りを暖かい何かが包み込むのが分かった。


・・・夢道による身体強化。それはこの世界で戦う者が願い人ウィッシャー達の戦えば戦うほど強くなっていく肉体の力に対抗する為、生み出した技術だと言われている。彼等と違い、肉体の限界という制約を持つ私達だが夢道術に使用するエネルギーを身体に纏う事で己の肉体を強化し、更に頑強にする事が出来る。原理はよく分からないが問題はそこではない。


「アナタは反応出来ないはずっ!」


そして、強く地を蹴って今まで以上に加速すると私は高速でヴェノサウラーの周囲を回り、ヤツが見当違いの方向を見た瞬間に急接近した。


「そこよっ!!」


ヤツの後方から脇腹目掛けて私は全力で刺突剣レイピアを突き出す!スピードを乗せた渾身の突きがヴェノサウラーの脇腹を貫いた。


「グゴゥ?」


それに気付いたヴェノサウラーの尻尾による薙ぎ払いを躱して私は後ろへ飛んだ。見れば深々と突き刺した傷が脇腹に出来ている。だが私はすぐに違和感に気付いて目を細めた。


「傷口から血が出ない・・・? しかもあいつ、まるで痛みを感じてないみたい・・・」


脇腹からは血の一滴も流れず、ヴェノサウラーはどこ吹く風と言った感じで平然としていた。そしてすぐに私の方を向き、突進を開始する。


(――――くっ!? なぜ平気なの?普通の生物なら致命傷よ?いくら身体が大きくても無視出来るダメージじゃないのにっ!?)


だが悩んでいる暇は無い。ヤツが振るう剛腕は一撃貰えば内臓までぐちゃぐちゃにされてしまうかもしれないし、爪や牙も掠っただけで動けなくなる麻痺毒があるのだから。


(―――考えても仕方ないっ・・・、攻め方を変えるだけよっ!!)


私は気持ちを切り替え、ヴェノサウラーへと肉迫する。近付けばやられるリスクは上がるが、巨体ゆえに近くに来れば大振りな攻撃は出せないし死角も増える。


「その隙を・・・狙うのよっ!」


ヴェノサウラーの致死の攻撃を掻い潜り、私はヤツの身体に刺突を当てていく。効いているかは分からないが攻撃は通る。ならば攻撃し続けるのみだ。


(やはり攻撃は通っているわね、血も出ないし痛みも感じてないようだけど・・・。それならばこれはどう・・・?)


身体をズキズキと駆け巡る痛みと夢道術の連続使用による頭痛や倦怠感を飲み込み、私は尚も速度を上げる。


時に避け、”氷波”で足場を作って飛び上がり、ヴェノサウラーの死角をつきながらダメージを重ねていく。


「アナタ、眼は無いようだけど顔の動きで私を追ってるわね?分かりやすくて助かるわ」


「グッ・・・ググゥ・・・、グゴオォアアァァァッッ!!!」


「くっ!?・・・急に暴れて―――」


私に一方的に攻撃されたのが悔しいのか、ヴェノサウラーが突然その場で手足を叩き付けながら暴れ出した。チャンスだと一瞬、思ったが私はすぐヤツの意図が理解出来た。


(こいつ・・・、氷を割って歩いてる・・・!?)


当たり構わず地面を殴り付け、その威力に耐え切れず氷がどんどん砕けていく。これでは滑走する事も難しい。氷を滑れなくなればいかに私でもヤツの攻撃を全て避けるのは無理だ。


・・・だが、私は笑った。


「その場に留まってくれるなんてありがたいわ・・・、悪いけど私の勝ちよ?―――"氷波"!」


暴れるヴェノサウラーの足元へ私は"氷波"を放った。凍てつく風がみるみるヴェノサウラーの足首の辺りまでを凍らせ、地面へ固定する。


「グカアアァァッッ!!」


それを見たヴェノサウラーがさっきと同じように足を振り上げ、氷から引き抜こうとしたその瞬間。


「ガッ・・・?」


意外だ、とでも言わんばかりの声を上げたヴェノサウラーがそのまま地面へと倒れ込んだ。それを見て私はくすり、と笑う。


「ふふ、痛みが分からない・・・。身体の損傷が自分で分からないって便利なようで実は考え物ね?」


そう言って私はヴェノサウラーの足元を見た。足首の辺りからちぎれて無くなっているヤツの右足を。


「気付かないわよね?刺しても切っても全く、痛みを感じないんだから。ズタズタの右足を無理矢理氷から引き抜いた結果、引きちぎれてしまっても分かるはずが無いわ?」


そう、私は全ての攻撃を右の足首に集中していたのだ。全てはこの隙を作る為に。


「グッ・・・、ガガッ・・・!」


身体を起こそうともがくが片足が無いせいでヴェノサウラーは思うように立つ事が出来ていない。


「可哀想、なんて思わないわ・・・。夢魔達にどれほどの人が傷付けられたかアナタに分かるかしら?」


私は話が通じるはずもない怪物にそう言いながら心を奮い立たせ、夢道の力を溜めていく。間違いなく、これでヤツを倒し切る為に。発動するのは私の最大の術。隙を作った今なら発動する時間がある。


「我が力の片鱗たる氷達よ、大いなる力を持ってその身を悪逆を切り裂く氷刃へと姿を変えん・・・」


詠唱。己が術のイメージをより鮮烈に、そして確たる存在へと昇華させる為の文言。それを私は謳うように唱え、そして剣を離した両手を天へと向けた。身体中の熱を帯びた力の奔流が一つの剣のようにまとまり、高まった瞬間、私は力強くその名を呼んだ。


「夢道術――――"雪花裂氷刃せっかれっひょうじん"!!!!」


発動した直後、私の周囲から冷気が放たれ、それらが吹雪の渦となって頭上を舞い始めた。更にはヴェノサウラーに割られた氷をも巻き上げる。そして頭上の渦の中で次々と鋭い氷の刃が無数に形成されていく!


「喰らいなさいっ!!!」


私が腕を振り下ろしたのを合図に吹雪が一斉にヴェノサウラーへと襲いかかる。目眩がするような氷刃の雨を伴って。


ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドオオオォォォッッッッ!!!!!!


断末魔の悲鳴すら描き消し、圧倒的な暴力の雨がヴェノサウラーの全身へと降り注ぐ!


「グガゴオオアガガガガアアガアアアァァァァァァッッッ!!!?」


そして全ての氷が叩き付けられた後、その中心に残っていたのは綺麗な円を描いて地面に大輪を咲かす氷の華だった。もはや氷に全て覆われ見る事も出来ないが、その氷の下にヤツの死体も眠っている事だろう。


「ハァ・・・!ハァ・・・!ハァ・・・ッ!」


もはや立っているのもやっとだった。夢道の力を使い過ぎた事で身体能力を強化するのも難しい。


「でも・・・、何とかなった・・・わね。あうっ・・・!」


少し気を抜いた瞬間に我慢していた痛みと力を使った強烈な副作用に襲われた。既に膝が笑い出しているのが自分でも分かった。


「カナタは・・・、術の範囲外にしたけど大丈夫よね?」


彼が倒れていた方を見れば変わらずそこにカナタが横たわっていた。多少、雪が顔にかかっていたりするがこちらは命懸けだったのだ。そのくらいは多めに見てもらうしかない。


「ふふ、雪を顔にぶつけられたみたいでこれはこれで可愛いかしら?」


カナタの傍まで近寄り、無防備なカナタの顔を見て私はそんな事を言った。そしてカナタの傍に腰を下ろす。


「はぁ・・・。あとはガラルド達が来るのを待つだけね・・・。一応、他の魔獣とかもいるかもしれないから気は抜けないし、早く来てくれないかしら皆・・・」


そしてふと"雪花裂氷刃"の跡に目を向けた時だ。カラン、と積もっていた氷の一つが転がった。自然と私の目がそちらを向く。


そして、その直後。



「グゴオオオオオオ・・・・・・・・・ッッッ!!!」


雄叫びと共に現れたのだ。全身を氷に貫かれ、ズタボロになりながらも尚、氷を突き破り、立ち上がったヴェノサウラー。いや、もはや生物の常識すら破った怪物が。


「くっ!なんで・・・、立ち上がるのよ!?」


私は歯を食いしばり、立ち上がった。だが既に膝は震え、最初に貰った一撃も色濃く身体に影響を残している。夢道術ももはや使えるかどうか分からない。経験が豊富だからこそ自分の状況もすぐに理解が出来た。


「――――――絶対絶命・・・、万事休すというやつかしら・・・」


自分一人ならば悔しいが潔く諦めただろう。ああ、運が悪かったのだと。


だが、しかし。


私は再び地面に落ちていた刺突剣レイピアを拾い上げた。もう既に限界は超えている。そんなことは誰より自分が分かっていた。


(―――諦めたいけど可愛い弟子が・・・、カナタが私の傍にはいるのよ・・・)


もう、誰も失わない。失わせない。そう思って必死に身に付けた力だ。この三年間、一日としてあの日の事を忘れた事などない。


『メリア、おめえは逃げろっ!!』


生涯を共にすると誓った許嫁。身分違いの恋だ。それでも彼は私の隣にいる事を諦めなかった。ついには努力だけで私の家族を根負けさせ、私の夫の座を勝ち取った。素朴だが努力家で優しい彼が大好きだった。


『ポルト!ポルトーッッッ!!!』


最後に名前を呼んだあの日、私は何も出来ず彼を失った。他でもない、私が守られるだけの存在で力が無かったから。夢魔に襲われた彼の最後すら見る事は叶わなかった。


(――――でも今は違うのよ・・・)


今は力を手に入れた。魔獣や夢魔と対等以上に戦い、仲間内でも一目置かれる力を。そして傍らのこの少年はそんな私を尊敬し、師匠と呼んでくれた。


『メリアさん、今日もキレイですね!』


『メリアさん、ボクの事弄りすぎじゃないですか?』


『メリアさん、いつも厳しいけどありがとうございます!』


真っ直ぐで可愛く、不器用でどこか頼りないがここぞという時にはとても強い目をする不思議な少年。たった一週間だが私の心にカナタの存在が入り込むには充分な時間だ。


「だから・・・、だから私は・・・っ! 負ける訳には行かないのよ! もう、私の大切な物は何も奪わせないっ!!!」


私は吠えた。最後の力を振り絞り、魂を込めて。全てはあの忌々しい化け物から愛すべき弟分を守るために・・・。


「私の名はメリア・クラウデン!! ――――町一番の名家の令嬢・・・。そして大切な物を守るために命を懸ける戦乙女よっ!!」
















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