Dream:18 新たな脅威からの撤退戦


「グゴゴゴゴゴゴ・・・・・・」


腹に響くような太く不気味な唸り声。原形こそヴェノサウラーのそれだが顔があったはずの場所は何も無く、ただギラギラとした牙が並ぶ大顎だけが元の魔獣の面影を残していた。真っ白い身体には前にあった鱗は無く、所々に赤いラインが入っているのみだった。


(―――こんなのは私も見たことが無いわ・・・!! 魔獣が夢魔と融合するなんて・・・、とにかく私はともかくカナタをこんなよく分からないヤツと戦わせるのは危険すぎる・・・)


弟子の肩を抱きながら私は素早く逃げる事を判断した。元々、彼が魔獣との戦いに慣れ、実戦経験をする事によって夢魔や夢喰らいドリーム・イーターとの戦闘に備える事が目的だった。カナタをここで失うような事があってはならないのだ。


「カナタ、今の内に逃げるわよ? 昨日、練習した、覚えてるわよね?」


「え!? それってまさか・・・」


途端にカナタの顔が引き攣る。もう一週間も昼夜を共にしているのだから分かる。この顔は本気で嫌がっている時の顔だ。


「文句言わないの? もしもの時はやるって言ったでしょ、今がそのもしもよ!」


「ええ、そんな無理ですってば!?」


カナタが何か文句を言っているが私に聞いている暇は無い。今は融合したばかりのせいか白いヴェノサウラーは動かず、佇んでいる。逃げるのにこれ以上のチャンスは無いだろう。


(悪いわねカナタ・・・、後でいくらでもお姉さんが慰めてあげるからっ!)


心の中で彼に謝ると私は己の頭の中でイメージを固め、強く願って右手を足元へと向けた。使うのは私が最も得意とする氷を操る夢道術。


「――――”氷波”!」


すると私の履いている靴の表面が氷に覆われていく。続けて、カナタの足元へも素早く右手を向ける。


「うわ・・・メリアさんてば!!」


「動かないで? コントロールが難しいのよこれ」


慌てるカナタを制止し、彼のレザーブーツの底も氷で覆った。


(まだヤツは動かない! いけるわ!)


私はカナタの手を引っ張って立ち上がるとすぐに追加の夢道術を発動させた。


「行くわよカナタ!―――”氷波”!!」


私とカナタの眼前の地面が凍結する。準備は完了だ。右手で”氷波”を発動。左手はカナタと繋いでいる。


「グゴゥ・・・?」


その時、ヴェノサウラーの顔がこちらを向いた。その瞬間、私はカナタの手を引いて強く一歩踏み出した。


「さあ、私に合わせてっ!!」


「無理ですってえっ!?」


叫ぶカナタを無視し、私は氷の地面を強く蹴り付けた。氷の上を足裏が滑り、スピードが乗り始める。私は前方の地面を凍らせながら更に強く、前へ前へと地面を蹴って加速する。みるみる内にヴェノサウラーの姿は小さくなり、森へ入った時には木々の影へと消えていた。


「メリアさん!? 木、木がっ! ぶつかりますって!?」


「うるさいわね!! バランス取りづらいから大人しく身体低くしてなさいっ!!」


カナタを一喝し、更に加速。木々を縫うように左右にステップしながら途中、高低差をつけた氷の道を生成し、勢いを殺さずに私とカナタは森を抜けていく。


―――――これが私が得意とする氷の夢道術を利用した高速移動、”氷迅雪花ひょうじんせっか”だ。戦いにおいて間に合わず、大切な何かを失うなんて事はままある。そんな切なる思いから編み出した特技だ。


「いいわ、このまま行けば森の外まですぐに出られるわよっ!」


「その前にボクが限界ですよっ!!」


カナタはといえば、私の手を握ったまま体勢を低くし、両足を肩幅くらいに広げてガチガチに固まっている。教えた通りのポーズで頑張っているので私はだいぶバランスが取りやすいが、これではさすがに可哀想だと私も思った。


「カナタ、私の肩に掴まって?」


後ろ向きになってカナタの方を向き、彼に私の両肩を掴ませる。そして不思議そうにするカナタの背中と膝裏に手をやると私は一気にカナタを抱き上げた。


「ええ!? メリアさんこれって・・・」


「お姫様抱っこってやつね。あら、初めてが私じゃイヤだった?」


驚くカナタに私はからかうように笑ってみせる。顔を真っ赤にしたカナタはといえば、


「初めてが嫌なんじゃなくて普通、逆ですよね!?」


とこんな時でもいつも通りのつっこみを返してくれる。


「という事は初めてはイヤじゃないのね、ふふふっ」


(もう、ホントに可愛いんだから・・・。あとでたっぷり遊んで訓練あげなくちゃね♪)


そんなことを考え、私は顔を隠そうと必死な弟子の真っ赤な顔をまじまじと見つめて満足するとすぐに思考を切り替えた。


(この速度ならあと三分もあれば森を出られる・・・。最悪、ヤツが追ってきても町まで戻れればリーダーガラルドもいるしどうにでもなるわね・・・)


そう考えていると後方から木々がへし折れる音と共に轟くような唸り声が聞こえてきた。


「グゴオォォォッッッ・・・・・・!!!」


「この声、ヴェノサウラーのっ!?」


「ええ、そのようね・・・」


(追い掛けてきたのは予想通り、それよりも問題は・・・)


後方から聞こえる木々の破壊音と唸り声がみるみる大きくなっていき、やがて大地を蹴る足音さえもはっきりと聞こえてくる。


(・・・早すぎるわっ!! いくらカナタがいるとはいえ、私のこの移動法についてくるなんて・・・、しかもあの鈍重なヴェノサウラーが!?)


「メリアさん・・・、もしかして・・・」


顔を隠していたカナタがいつの間にか私の顔を澄んだ眼で見つめていた。まるで穢れを知らないのではないかという綺麗な瞳。それはカナタという人間の魅力だが今はその真っ直ぐな瞳が私には余計だった。この瞳の前で私は嘘を付けないのだから。


「――――ええ、そうよ。確実に追い付かれてるわ、それも物凄いスピードでね」


「っ!? メリアさん、ボクを下ろしてください! そうすれば・・・」


「ふざけるんじゃないわ、カナタ?」


そう言って私はカナタの唇を指で塞いだ。カナタは何も言えず、私の顔を驚いた表情で見つめている。


「そんな囮みたいな事は許さないわ。いい? 来た時と同じように二人一緒に帰るのよ! 文句があるかしら?文句を言う暇があるなら全力で生き残る事を考えなさい」


「メリアさん・・・」


「さあ、もう来るわよっ!!」


私は自らを奮い立たせるように力強くそう言うと更にスピードを上げた。


(もう絶対に大切な人を失うなんて許さないわ・・・。ましてやカナタは私の初めての弟子、弟分みたいなものなんだから・・・!!)


決意を固め、ひたすら森を滑走する私。そうしていると遂に重量感のある足音が追い付いてきた。


「グゴオォォアアアァァァッッッ!!!」


「メリアさん来ましたっ!?」


「ええ、分かってるわっ!!」


後ろを見れば引き裂かんばかりに大顎を広げ、障害となる木々を噛み砕き、投げ飛ばしながら凄まじい速度で駆けてくるヴェノサウラーの姿があった。


(なんなのあの力は・・・!? 速度といい、身体能力が飛躍的に上がってる? あれが夢魔と融合して手に入れた力だというの!?)


みるみる内に距離を詰める異形となったヴェノサウラー。そして遂に怪物の爪牙が届く位置までヴェノサウラーは接近してきた。


「くっ! 飛ぶわよカナタっ!」


「は、はいっ!」


一気に地を蹴り、私達の頭上に飛来したヴェノサウラーはその剛腕を思い切り振り下ろした。


ズドオオォンッッ!!!


雷が落ちたかのような轟音と共に地面が割れ、土煙が巻き上がる。間一髪、空中に逃げた私は直撃こそ食らわなかったものの、余波で身体が飛んだ時以上に舞い上がるのが分かった。


(身体が浮き上がって・・・!? なんて力なの!?)


軌道を修正しながら氷の道を作って再び加速。そんな私をヴェノサウラーは木々を薙ぎ倒しながら尚も追随してくる。縦に、横に、ヴェノサウラーの剛腕が空気を切り裂き、大地を抉りながら迫ってきた。


「くぅ・・・、カナタしっかり掴まってなさい!!」


「メリアさん!?」


彼が心配して私の名を叫ぶが応えるだけの余裕は無かった。避けるだけで精一杯。しかも攻撃の余波で木や岩、土の塊まで凄まじい勢いで飛んでくる有り様だ。その都度、木の影へと移動しなければ身体を撃ち抜かれるのは必定だった。


「グオオアアァァッ!!!」


私を捉えられず、イラついたのかヴェノサウラーが吠える。そして剛腕を振り上げたかと思えば・・・。


「木を持ち上げて・・・、まさかっ!?」


私が後ろを見て気付いた時には軽く人の身体を超えた大きさの木が飛来していた。


(遮蔽物が無いっ! 仕方ないけどっ!!)


すぐ避け切れないと判断した私は”氷波”で登り坂を作り、その先端から勢いよく飛んだ。ギリギリ上空に飛んだ事で難を逃れたがなんとその頭上にヴェノサウラーが迫っていた。


「グアアァァッ!!!」


「早っ!? ――――”氷輪の盾”っっ!!」


咄嗟に私は夢道術で氷の盾を展開、カナタを庇うように抱き締めた。だがヴェノサウラーの剛腕は盾を易々と破壊して私を思い切り殴り飛ばした!


「あぐぅっ!!?」


身体を芯からへし折るような衝撃が全身を突き抜け、私はボールか何かのように地面へと叩き付けられる。夢道の力で身体を守っていたのに肺の空気が絞り出され、上手く呼吸する事もままならない。


「っ! ふぐぅっ・・・、げほっ、げほっ・・・。カナ・・・タ・・・?」


口の中に溜まった血を吐き出し、仰向けになって視線を彷徨わせればすぐ横にカナタがいた。今の強力な一撃のせいか外傷は無いようだが気を失っている。


(―――良かった・・・、ケガは無いみたいね・・・)


私はカナタの無事を確認すると息を整えながら立ち上がった。身体の芯がずれたような痛みが通り抜けていくが骨や内臓は恐らく無事だ。辺りは開けた草原が広がっている。


(―――いつの間にか森を出ていたのね・・・。ここなら信号弾で町へ異常を知らせられる・・・!)


そう考えていると私達のすぐそばに白いヴェノサウラーが降り立った。仕留められ無かったのが気に入らないのか苛立たしげに尻尾を地面に叩き付けてこちらを見ている。


私はそれから目を離さないようにしながら腰のポーチを探り、中身を思い切り空へ向かって放り投げた。夢道の力で強化された腕力でそれは空高くに上がり、そして弾けた。


パァァンッ!!と、乾いた炸裂音が草原中に響き、真っ赤な煙が弾けた場所を中心に広がる。それを不思議そうに見るヴェノサウラーに私は家宝の刺突剣レイピアを両手に握りながら告げた。


「気になる?あれは信号弾よ。あと何分かすればガラルド達が来るわ。そうしたらアナタはひとたまりもないわね、ふふふ・・・」


「グゴゴゴゴゴゴオォッッ!!!」


私に笑われたのか分かったのかヤツが全身を震わせて吠えた。私はそれを冷静に見ながら構えを取った。


(――――カナタが気絶してる上に追い付かれるんじゃ草原を逃げるのも無理・・・、それならガラルド達が来るまで私が―――――)


「アナタの相手をするしかないわね?ヴェノサウラー!!」


普段、戦いに対して高揚感を覚える私だがこの時ばかりは相手の魔獣とも夢魔とも言えない生物が放つ異様な迫力に嫌な予感を覚えていた。


(―――――頼むわよ。救援が来るまで持って、私!!)


そして、異形との対決は決死の覚悟と共に始まった――――。





















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る