Dream:17 魔獣×夢魔


「ゴオアアアァァァァーーッッッ!!!!」


こちらへ凶暴性を剥き出しにして吠えるヴェノサウラー。僕とメリアは開けた岩場でその巨体と対峙していた。


「立地としては理想的だわ。ここなら広さを活かして戦える! アイツは怪力の持ち主だけど動きは遅いわ、爪と牙の麻痺毒にだけ注意してかき回すわよ?いけるかしら、カナタ?」


いつの間にか両の手に銀色の見事な意匠の刺突剣レイピアを携えたメリアがそう言って目配せしてくる。それに対する僕の答えは初めから決まっていた。


「はい! 大丈夫ですっ!!」


返事を返し、両手の夢断ちの剣盾ソード・オブ・テスカトリオを解放する。


(―――ここで逃げる訳にはいかない! ボクはあの二人と皆を守れるくらいの強さを手に入れるんだ・・・!!)


「その意気よ、あなたはこの世界では意志の力で肉体を飛躍的に強化出来る。気持ちの上で絶対にアイツに負けてはいけないわよ? いいわね?」


「はいっ! まだいけます!・・・ですよね?」


それはメリアが訓練中、再三に渡ってギブアップしかける僕に言わせた台詞だ。訓練中はキツくて分からなかったが今はその意味が分かる。


「ふふ、その通り。さあ、来るわよっ! 私と逆側から攻めなさい、撹乱するのっ!!」


「はいっ!!」


「グウオオオォォォッッ!!!」


そこへ一拍遅れてヴェノサウラーの巨体が突っ込んで来て、飛び退いた僕の真横で大顎が閉じられる。ガキィ、と親指ほどもある牙同士が打ち合う音に僕は背筋がゾクリ、とするのが分かった。あんな大顎で噛み付かれてしまったら自分など綿でも引きちぎるように容易くやられてしまうのではないか、と頭が勝手に考えてしまう。


(怖い・・・、怖いけど・・・!!)


着地した僕の両足が意思に反してそこで止まろうとする。近付けば危険。そんな当たり前の危機感が僕の身体の動きを止めようとしているのだ。


(ボクはやれる・・・! 一歩、気持ちを・・・、身体を一歩前へ・・・!!)


そんな自分へ激を飛ばし、僕は大きく踏み込み、そして駆けた。メリアを相手取り、こちらへ背を向けようとするヴェノサウラーへと。


「ボクもいるぞおおぉっ!! トカゲモンスタァァーーッッ!!!」


僕の発した声にヴェノサウラーが振り向く。そして僕を捉えたヴェノサウラーが鋭く長い爪を振り上げた。


「カナタっ!? あの子正面からっ!?」


飛び込む僕に合わせるように丸太のような腕が振り下ろされる。このままでは直撃は必至。


だが。


(スピードを緩めるなっ! こんなのメリアさんの剣に比べれば・・・)


「ゴアアアッッ!!!」


「遅いっ!!」


更に加速した僕は爪の下を潜り抜けてヤツの懐へ、そのまま柔らかそうな腹部を剣で切り裂きざま、走り抜けた。


「ギュアァッ!?」


振り抜いた夢断ちの剣盾ソード・オブ・テスカトリオが赤い、血の線を描く。致命傷とまではいかない。だが、確実にヴェノサウラーへ先制の一太刀を浴びせたのだ。


「――やったっ! 斬ったんだボクがあいつをっ!!」


思わず、戦いの途中だというのに確かめるように僕は剣を持つ右手を見つめてしまった。確かにこの手でヤツを斬った。その事実が僕に力をくれる気がした。


(メリアさんは気持ちで負けるなって訓練の時に言ってたんだ・・・。力があっても気持ちで負けたら発揮出来ないんだから・・・!!)


「なに浸ってるの? 戦いはこれからよっ!!」


そんな僕へメリアから激が飛ぶ。振り向けば彼女はヴェノサウラーに肉薄し、両の刺突剣レイピアで連続攻撃を繰り出していた。


「私がこいつの気を逸らすからっ! あなたはその夢想器マギアでキツい一撃を食らわせなさいっ!!」


「はい、喜んでっ!」


僕はそれに最高の返事で返した。すると嬉しそうに妖艶な笑みを浮かべたメリアが剣捌きを更に加速させる。


「なによそれ、もう・・・、生意気よっ!!」


「グッ!? ギュッ!? グウオオオォォアァァッ!?」


メリアが見事な立ち回りでヴェノサウラーの攻撃をひらりひらりと躱しながら次々、攻撃を入れていく。その度に憎々しげに吠えるヴェノサウラーは蜂の大群に襲われているようにすら思える。


「さあ、どんどんキズが増えていくわよおバカさんっ!!」


しかも一撃、一撃は皮一枚だけを切り裂くような軽い斬撃。刺突剣レイピアの得意技である突きを敢えて使わず、繰り返し繰り返しヴェノサウラーを切り裂いていく。


「まだまだよぉっ!」


羽根を得た蝶のようにメリアは美しく舞う。その度にヴェノサウラーの薄水色の巨体に細かい傷が増え、そして・・・。


次の瞬間、僕とメリアの声が重なった。


「「今だっ(よっ)!!」」


堪らず、ヴェノサウラーが丸太のような両腕を上げて上体をガードする。そこへ狙いをつけた僕は無防備な背後へと全力で斬り掛かった!


「ハアアアァッ!! くらえっ!!」


ズバァッ!!


横一閃。今度こそ鋭く肉を切り裂く音と共に全力の一刀がヴェノサウラーの脇腹へと吸い込まれる。


「グギュュウアアァァッッ!!?」


痛烈な一撃だったのだろう。ヴェノサウラーが悲痛な雄叫びを挙げ、足元が僅かにふらつく。


「弱ってるわ! 畳み掛けるわよ!」


「分かりましたっ!」


この機を逃さず、僕とメリアはタイミングをずらしながら攻撃を誘発、回避してもう片方が攻撃とヒットアンドアウェイを繰り返す。多少の疲労を身体が訴えているがそれ以上に戦いの熱が、何より僕が自分の体格を超えた化け物トカゲを相手取れるという事実が僕の身体を前へと動かす。


(・・・身体が軽いっ! まだ、まだまだいける! ボクはちゃんと戦えてるんだ!!)


「最後まで油断しないでっ! 追い詰められてからが魔獣は恐ろしいのよっ!」


激しい打ち合いの中、メリアが注意を飛ばす。それに答える余裕などあるはずもないが僕は歯を食いしばり、ひたすら魔獣の攻撃を回避、そして隙を見て攻撃を加えていく。


(いける、倒せるぞっ!)


ヴェノサウラーを息もつかせぬ連続攻撃で牽制するメリアのおかげで僕は怪物に確実にダメージを与える事が出来ていた。そうして息を止めるような応酬がついに終わりを迎える。


ぐらり、と。


血を失ったヴェノサウラーが剛腕を振りかざした直後に勢いあまって体勢を崩す。その隙を戦いの熱で火照った僕の意識が見逃すはずがない。


「今だあぁぁっ!!! え・・・?」


僕は全ての力を込め、踏み込んだ。しかしその瞬間、何かが横から飛んでくるのが見えた。気付いた時にはもう遅い。僕は強い衝撃が受けて跳ね飛ばされていた。


「うがっ!?」


完全に意識を集中していたせいで受け身も取れず、僕は地面に叩き付けられる。何事かと反射的に顔を上げた時、僕はその異常に気付いたのだった・・・。


「う、そ・・・?」



〜♢〜



「カナタっ!?」


いきなり横から何かに吹っ飛ばされた愛弟子を見て私は叫んでいた。一体、何が起こったというのか、さすがにこの3年間、戦闘経験を積んできた私にも理解が追い付かない。


しかし、その理由は彼と入れ替わりに視界に飛び込んできた白い物体を見て理解した。


「グリーっ!? なぜここに!?」


私が見たものは低級夢魔グリー。もっとも目撃されるボールにネコの要素を足したようなモンスターだ。カナタも襲われたと言っていた相手だ。しかし、今はグリーが乱入したくらいで戦況は覆らない・・・はずだった。


「な、なんて数なの!?」


気付いたら思わず後ろに飛んでいた。何故なら数えるのもイヤになるようなグリーの群れが雪崩のようにヴェノサウラーへと殺到していたからだ。


(一体、なんなのこいつらはっ!?)


通常、ヴェノサウラーのような強い魔獣には恐れをなして大抵の魔獣は近寄ってこない。もう一頭、同じ個体に出くわすという危険はあるが事前にカナタの為にガラルドが調査していたからそれはない。だからこそ油断していた部分はあった。


(それにしてもこれは異常よ・・・!?)


驚きで成り行きを見つめるしかない私の前で次々とヴェノサウラーの身体へ群がるようにグリー達が集まっていく。わらわらと集まるグリーはさながら餌に集まるアリの群れのようだ。


「グオゥ!? グオオアアァァッ!!!」


それらを必死にヴェノサウラーが振りほどこうとするも軍を成して群がるグリー達をどうにか出来るはずも無い。


(くっ・・・、とりあえずカナタの所へ・・・!)


私はその光景から目を離さないようにしながら回り込み、カナタの隣へと移動した。呆然と座り込むカナタの肩を叩く。


「メリアさん・・・、なんですかあれ?」


カナタのいつも優しげな顔は驚愕に満ちていた。無理もない。私自身、訳が分からないのだから。


「分からないわ。・・・けど逃げる事を考えた方が―――――」


と、そこで不覚にも私は言葉を止めてしまった。ヴェノサウラーの身体にまとわり付いていたグリー達が溶けるように形を変え、粘土のようにヴェノサウラーの表面を覆っていくのが分かったからだ。


「メリアさんこれってまさか・・・!?」


カナタの発した言葉の先が私にも分かってしまった。恐らく今、私とカナタは最悪の想像をしている。考えたくもない、世にもおぞましい悪夢のような想像を・・・。


そう、それは。


魔獣ヴェノサウラー夢魔グリーが一つになったというの・・・!?」


ゆっくりと表面を覆っていたグリーがヴェノサウラーの身体に溶け込み、ヴェノサウラーの身体は鱗どころか傷一つ無い真っ白な表皮へと変わっていく。


「グゴゴゴゴゴゴ・・・・・・」


そして新たな怪物がその産声を上げようとしていた。













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