Dream:16 別世界の怪物


「そーいえば夢道術ってボクにも使えるんですか?」


「は・・・? カナタ・・・、ちょっと何言ってるのあなた?」


ヴェノサウラーという魔獣が棲み付いているという巣穴へ歩く道中。メリアが使った夢道術とやらを思い出し、僕が発した質問からその会話は始まった。


「あなたって本当に何も知らないのね? 元々、夢道術って言うのは願い人ウィッシャー、つまりあなた達のような人間から伝わった物なのよ?」


「え、そうなんですか?」


これについては驚きの新事実、という他ない。今まで夢道という言葉をちょいちょい聞いてはいたがその意味をきちんと知る機会が無かったのだから。自分の夢断ちの剣盾ソード・オブ・テスカトリオのように空中から出せる武器もあるくらいだからなんかそういう特殊能力だろう、と片付けてしまっていた。


「そう。昔、大賢者と言われた願い人ウィッシャーがいたらしくてね。その人が誰でも使える夢道を編み出し、広めた。それが今の夢道術と言われているわ」


「大賢者・・・ですか。というか夢道と夢道術って違うんですか?」


「夢道が術の元となる特性を表す言葉で実際に行使するのが夢道術、と言ったところかしらね?願い人ウィッシャー達は自分だけの夢道の特性を持っていてそれを駆使して夢道術を出すのよ」


願い人ウィッシャー達は・・・、という事はこの世界の人達は使えないんですか?」


「そうね、私達にそういう固有の夢道は使えない。たがら大賢者が作った誰でも使えるという夢道術があるのよ。厳密に言えばどちらも同じ夢道術。でも、願い人ウィッシャーが使うのはその人だけのオリジナル。私達が使うのはこの世界にありふれた夢道術、という訳よ?理解出来たかしら?」


「はい、何となく理解出来ました」


「そう、察しが良くて助かるわ。ちなみにあの町を守る魔女様は”結晶の夢道”という固有の夢道術を使いこなすわ。私も数回しか見た事ないけどあれは凄まじいわね、とても勝てる気がしないわ」


「えっ!? エリ・・・、結晶の魔女は町に降りてくるんですか?」


思わず、驚いて僕はメリアの鼻先に詰め寄る。


「え、ええ・・・。夢魔や夢喰らいドリーム・イーターが多く町に侵入してくる時は彼女がどこからか現れては戦ってくれるわよ? 元々、この町で何か大きな事件があった時は彼女が昔から助けてくれていたという話だから。・・・というか近いんだけど・・・?」


若干、身を引いたメリアは頬を赤くして僕を見ているが当の僕は驚いてそれどころでは無かった。


「――――エリオドールさんはやっぱり実在してあの町に姿を現してるんだ・・・」


(じゃあやっぱりボクは本当にエリオドールさんに会ったのかな・・・。あれは現実の事?目が覚めたらエノールさんの家にいてボクはずっと寝ていたって話だったけど・・・)


ますます分からず、頭を悩ませる僕。けれど現時点では答えが分かるはずも無く、思考は堂々巡りだった。


「こほんっ・・・! んー、・・・何でそんなに驚くか分からないけどあの町の人間は負の感情に心を支配されれば結晶になるリスクを背負っているから、魔女様が戦ってくれるのは当然と言えば当然ではないかしら」


そんな僕に何故か分からないが咳払いをして頬を叩いた彼女が形の良い唇に人差し指を当てて考えながらそう告げる。


「ん? そういえばメリアさんは普通に戦ってますよね? ボクはあの町の住人じゃないから分かりますけど何で平気なんですか?」


幸せの町と呼ばれたあの町の住人は怒り、悲しみ、恐怖などの負の感情を強く抱くと身体が結晶化してしまうはずだ。戦う、という行為はそれだけで一定の負の感情が伴うはずではないか、と僕は思った。そんな僕にメリアは何でもない、というようにさらりと告げた。


「それは私達、自警団は訓練しているからよ。自身が戦いの中で負の感情にいっぱいになってしまわないよう、何度も感情をコントロールする訓練をするの。実際、訓練の半分くらいはそうした感情の訓練になるわ。仲間がやられて憎しみで結晶化、なんてざらに戦いの中では起こるのだから」


「そうなんですか・・・。皆、大変なんですね」


「そうよ。だからあなたのように感情の制約なく戦えてしかも願い人ウィッシャーだけの特権とも言える夢想器マギアを使える若者がどれだけ貴重な戦力か、分かってもらえるかしら?」


「はい、それは良く分かります」


それについては良く分かっているつもりだ。でなければ自分のようなまともに戦ったことも無いような若輩者がここまで期待される事もないだろう。


「食堂のレラ、それに一緒に訓練してるガルトンやザックもあなたに期待してるわ。今日は良い成果を持ち帰ってあげなくちゃね」


「あはは・・・、レラさんはともかく後の二人は別の感情も混ざっている気もしますけどね・・・。でも、皆に遅れを取らないよう今日は頑張りますっ!!」


僕は今日、町を出る前に「俺達、いやこの訓練所に咲く一輪の薔薇であるメリア様を独り占めしおって・・・!!」と、血の涙を流していたガタイの良い大男と痩身の青年の二人の事を思い出す。彼等は若干、不純な気持ちが混ざっている気がするが共に高め合う仲間である事には変わりない。


「ええ、その意気よ。さあ行きましょうか?」


「はいっ!」


僕は気合いを入れてそう口にし、足を早めた。


「――――でも、女性への接し方ついては仕込んでおく必要がありそうね。天然ていうのはある意味、恐ろしいわ・・・」


後ろにいるメリアがそんな事を呟いていたとは夢にも思わずに・・・。



〜♢〜



「さあ、着いたわ。この辺りよ」


「へえ、こんな地形もあるんですね・・・」


メリアがそう告げ、僕は辺りを見回した。木々が少なくなり、代わりにゴツゴツとした岩があちこちに並び、そんなに高さはないが切り立った崖が連なっている。岩山と森の境目とでも言えばいいのだろうか。


「―――なんか見通しが悪くて探すにも戦うにも苦労しそうな地形ですね・・・」


「良い着眼点ね。戦士らしくなってきたじゃない。でも、探す事についてはあまり苦労しないと思うわよ?」


「え、何でですか?」


「ふふ、それはね・・・」


そう言って悪戯っぽく笑うとメリアは腰に着けている小さなバッグから革袋のような物を取り出してみせた。


「なんですかそれ?」


「これはレラ特製、ヴェノサウラー専用の匂い袋よ! 中にヴェノサウラーの大好物が入ってるのよ」


「へえ・・・、匂い袋ですか?」


自慢げに彼女が取り出したそれを僕は好奇心に任せて鼻を近付けてみる。


「・・・くんくん、ウ・・・オエェッ!? な、何入ってるんですかこれ!?」


あまりの生臭さに吐き気を催し、僕は涙目になりながら声を張り上げる事になった。


「それは・・・、あまり聞かない方がいいんじゃないかしら・・・? まあ、一つ言っておくならヤツは肉食だって事ね」


「肉食・・・、それはつまり・・・」


その先は想像もしたく無かった。そういえば彼女の手の中にある紐で吊り下げられた革袋はほんのりと赤黒い汚れが着いている。それがなんの汚れかはもはや考えるまでも無い事だった。


「ま、まあそれはおいといてこれを着けてれば鼻のいいヴェノサウラーは向こうから穴の外に出てきてくれるって事よ! だから私達はヤツが出てくるまで外を歩き回ればいいの。わざわざ洞穴に入らなくていいから安全でしょ?」


「た、確かにそれはありがたいですね! じゃあ、早速探しましょう!」


(レラさん・・・。一体、何の魔獣のどこの部位を捌いてあの袋に入れたんですか・・・!!)


恐らくその答えは僕自身の為に聞かない方がいいのだろう、僕はそう思った。そうして匂い袋を身に付けて岩場を歩いているとメリアが注意を促してきた。


「カナタ・・・、いつ出てくるか分からないわ。今の内に夢想器マギア、出しておきなさい? 出す前にやられちゃ意味が無いでしょう?」


「は、はい!夢断ちの剣盾ソード・オブ・テスカトリオ・・・!!」


僕は自身の武器の名を呼びながら意識を集中し、手の中に見慣れた夢想器マギアを現出させた。そして、力を抜くようにふぅ、と息を吐くと手の中の剣と盾を形成している水色の光を発する物質が掻き消え、持ち手となる赤いグリップだけになる。それだけ見るとただの短く、赤い棒を両手に持っているようにしか見えない。


「え!? カナタ、あなたのそれ・・・そんな形にもなるの? 」


「え・・・! あ、ああ。なんかこれ出してると身体のエネルギーみたいなの持ってかれてる気がするから鞘とかも無いし、一時的に仕舞えたらなあ、と思ったらこの形になったんです、あはは・・・」


ちなみにメリアにずっと出しておく訓練をさせられ、彼女が余所見している間、この形にして消費エネルギーを抑えていたのは内緒だ。


「―――変形する夢想器マギアなんてあるのね。初めて見たわ・・・。でも、これもしかして・・・」


「メリアさん・・・?」


「ねえカナタその武器って多分――――――」


何かに気付いたように考えるメリアに僕が首を傾げ、そして彼女が僕に何か言おうとしたその時だ。


ドッズウゥゥゥンッッ!!!


「なっ!?」


「この音は・・・!!」


まるで巨大な岩でも地面に落下したかのような地響きと大きな音が響いてくる。それに気付いて顔を上げると僕の前方、20mくらいの所にはいた。


雄に2mは超えていそうな体格。恐竜というよりは発達した巨大な前肢のおかげで背中を曲げた大男、といった感じの姿勢。そしてその身体は雨の日の水溜まりのような濁りのある水色の鱗に覆われ、顔には中型犬くらいなら簡単に噛み砕いてしまいそうな大顎とこちらを無機質に睨む爬虫類の眼が付いていた。


「ゴオアアアァァァァッッッ!!!」


魔獣の大きく裂けた口から濁った、しかし腹や耳にビリビリと響く咆哮が響き渡る。それだけで僕は心臓を鷲掴みにされたような感覚を覚え、身を固くした。


「め、メリアさんこいつが・・・!?」


もはや確認するまでも無いが確認しなければいけない。そう、この現実と向き合うためには必要なやり取りだった。今にも折れてしまいそうな僕の心を奮い立たせるには・・・。


「ええ、ヴェノサウラー・・・。私達の討伐目標である大物の魔獣よっ!」


(こんな怪物が普通に外の世界にいる・・・。本当にここは地球とは違う場所なんだな・・・!!)


その瞬間、僕は何故か強烈にこの世界が別の世界だという事を実感していた。それほどに僕にとって目の前の怪物は元いた世界とはかけ離れた存在だったからだ・・・。










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