Dream:15 己との戦い
「グルルルルルゥ・・・・・・!!」
鋭い牙が連なる端から涎を垂らし、唸りを上げる土色の獣。尻餅を着いた僕の視線を森に巣食う魔獣、ランドールフは捉えていた。
(・・・やられた! 剣が・・・!?)
「グオォウッッ!!」
「うわっ!!」
剣を失った僕へとランドールフが飛びかかってくる。それを僕はほぼ条件反射的に横へ転がって躱していた。すぐに立ち上がり、盾を前にして体勢を整える。
「――いいわねカナタ、ちゃんと反応してるじゃない?」
そこへ聞き慣れた張りのある彼女の声が聞こえ、僕は嬉しくて声を挙げていた。
「メリアさん!」
「なーに、その反応は? 私がこんな事でやられる訳ないでしょう? それよりカナタ、二匹は私が引き付けるわ。そいつはあなたに任せるわよ、いけるわね? 」
魔獣を前にしても彼女はそんな事、どこ吹く風とでも言うようにいつもの調子で僕に声を掛けてくる。それが僕の師匠らしくて僕は思わず笑ってしまう。
「ははっ・・・。はい! 大丈夫です、こいつは任せてください!」
「そう、ならいくわよ? いつも通りにやりなさいっ!」
「はいっ!」
そう言うなり、彼女はランドールフ達へと二振りの
「さあ・・・、お前達の相手は私よ・・・?」
二匹のランドールフが身を低くして警戒体勢を取る。完全に彼女と二匹の魔獣の世界。あれでは途中でこちらに襲いかかってくる事も無いだろう。意識を目の前の魔獣に集中しようとした所で・・・
「なら、ボクだって・・・え!?」
「グルアァッ!!!」
目を離した隙にランドールフが僕へと飛びかかってきていた。
(盾で守って・・・、いや違うっ!!)
咄嗟にそう判断した僕は腰へと手を伸ばす。こういう時の為に用意していた腰の剣へと。
「やあぁっ!!」
気合いと共に飛来するランドールフへと一閃!致命傷では無いが交差気味に放った斬撃がランドールフの脇腹を切り裂いた。しかし、ランドールフは怯む事無く、素早くこちらへ振り向き再び、飛びかかる体勢を取った。
(―――やっぱり普通の剣じゃ毛皮が邪魔してボクの腕じゃ倒し切れない・・・! でも、反応は出来てるんだ、それなら・・・)
「ボクの剣を・・・取り戻すっ!!」
自身に言い聞かせる様に叫び、僕は迷わず魔獣に背を向けて走り出した。先程、別の個体に弾き飛ばされた
「ガアァッ!!」
そんな僕の背へ怒りを露わにしたランドールフがまたしても飛びかかる。だがそれを予測していた僕は冷静にランドールフ目掛けて持っている剣を投げ付けた。
「くらえっ!!」
「ギャウンッ!?」
斬るためではなく、ランドールフを怯ませるために力任せに投げた剣が回転してランドールフの顔面に直撃、怯んだランドールフが地面へと落下する。
「今だっ!ボクの剣・・・!!」
そして僕は右腕でしっかりと地面に落ちていた
「グルゥ・・・ッ、グアアアァッッ!!!」
瞬間。舐めていた相手に二度も攻撃を喰らった事に逆上したのか激しい唸り声と共にランドールフが一直線に駆けてきた。
「来るなら来いっ・・・!!」
剣を取った僕はそれを迎え撃つべく構える。それを見たランドールフは更に加速し、そこで予測外な行動を取った。
ドンッ、と地面を蹴って跳躍。更にそこから木を蹴飛ばし立体的な軌道で僕へと迫る!
(急に方向が・・・!? でも・・・)
僕はそれを冷静に目で追う。メリアやガラルドの繰り出す剣技に比べれば遅い。そして、今はそれに追い付くだけの身体能力もあるのだから。
「ここだぁっ!!」
迷わず、僕は剣を思い切り横薙ぎに振るった。振り抜いた右腕に確かに伝わる肉を切り裂く手応え。
「グギュッ!!?」
次の瞬間には胴体を大きく裂かれ、驚きの声を挙げて地面へと落ちるランドールフの姿があった。
「やった!?」
僕が振り向けば魔獣は物言わぬ骸となって身体から赤い液体を地面へ広げていた。ピクリ、とも動く気配はない、完全に倒したのだ。
「カナタ、やったわね。それじゃ、私も終わりにしようかしらっ!!」
僕が声に振り向けば、そこにはドレスを翻して旋風の様にランドールフへ肉迫するメリアがいた。既に一匹は息絶え、一対一だ。二本の
「うふふっ、隙ありよ・・・!」
しかし、更に踏み込んで加速したメリアは地面を擦るほどに身を屈めてランドールフの真下へと潜り込み、喉元へと鋭い
ズブリ、と自身の勢いも相まってランドールフの喉奥へと
「すごい・・・、なんて速いんだ・・・」
「これで終わりね・・・」
僕が彼女の動きに見惚れているとメリアは剣先に付いたランドールフの血をうっとりとした目で見つめた後、ペロリと舐め取った。それを見た途端、僕は自分の視線の熱が急速に冷めていくのを感じた。
(―――ああ、そうだ。この人、美人で凄く強いけどこーいう人だったっけ・・・)
彼女は年上で容姿も端麗、その見た目に見合うだけの器量と淑女の嗜みを身に付けた死角なしの美女なのだが、その反動か戦いとなるとこうしたサディスティックな一面が出る。
(まさにこういうのを玉にきずって言うんだろうなぁ・・・)
「ん?なーに、戦う乙女のギャップに心を奪われてしまったかしら?」
「・・・その方がボクとしては幸せだったんですけどね・・・」
剣を収め、優雅に歩いてくる彼女に溜め息をつきながら僕はそう返した。
「照れなくていいのよ? それにしてもなかなか良かったわカナタ? 自分が出来る事と出来ない事をちゃんと分かった上で行動選択してるわね。迷わず持っている剣を投げ付けて自分の剣を取りに行く柔軟さなんかは満点だったわ」
「ホントですか!?ボク少しは―――」
「けれど!」
しかし、喜ぼうとした瞬間、彼女の立てた指に僕の言葉は遮られた。
「 吹き飛ばされた私の方を見て剣を奪われたのはいただけないわ。私があなたより弱い仲間だったらどうやって助けるの? 仲間がどうなろうと自分は冷静に。でなければ仲間を助けるどころか、自分もやられてしまうわ。分かってるのかしら?」
僕の返答を待たずに発された注意に僕は肩を落とした。確かに彼女の言う通り、メリアがあそこでやられるような強さの仲間であれば僕も囲まれ、すぐに全滅していたかもしれない。その可能性に気付き、僕は背筋がゾッとするのを感じた。
「確かにそうです、すいませんでした・・・」
「分かったならいいわ、行くわよ?」
「はい・・・」
歩き出したメリアに合わせて僕も歩を進める。上手く戦えたと思っていただけに今のメリアの注意はショックが大きかった。自然と視線も地面に落ちる木の葉や枝の方に行ってしまう。
(―――一週間、必死で訓練してきたのに実戦でこれじゃあどうしょうもないや・・・。ボクって本当に・・・)
「弱いなー、とか思ってるんでしょう?」
「うわあっ! メリアさん!?」
突然、視界に入ってきたメリアに驚いて僕は顔を上げた。琥珀色の瞳がこちらを見透かすように見ている。
「大丈夫よ、カナタ?あなたの弱点、分かったでしょう? 優しすぎる事が仇になる事もあるのよ、今日の経験を今後、戦う時忘れない事ね!」
「はい、分かりました・・・。え? メリアさん?」
「ん、これは・・・、ちょっと触れるわよ・・・?」
僕の返事が終わるや否や、僕を見て何かに気付いた様子のメリアが断りを入れてから僕の頬に触れてきた。何なのかと考える間もなく彼女の白く細い手が暖かな光を帯びる。
「彼の者の傷を癒せ。”癒しの光”――――。」
その瞬間、淡い金色の光の粒が僕の頬に集まり、僕は自分の頬が暖かく、心地いい何かに包まれるような感触を覚えた。
「これ、は・・・夢道・・・?」
やがてすぐに光の粒は霧散し、メリアの添えられた手がそこに残るだけだった。そして彼女は僕の頬から手を離し、ニッコリと笑ってみせる。
「そうよ、これが意志の力を奇跡へと変える術、夢道術よ。あなたの頬の傷、治したわ」
そう言って僕に見せた彼女の手の平にはベットリと血が着いていた。
「えっ、これボクの血ですか!? こんなに? てか、メリアさんごめんなさい! 手が血だらけに・・・!?」
慌てる僕を手で制止させるとメリアは、
「いいのよ好きで治したんだから。最初に交差した時に爪が当たったのね。さ、これで夢道術も見せる良い機会になったし行くわよ?」
と言って再び歩き出した。彼女は良いと言ってくれたが、僕は血で汚れてしまったメリアの手をどうにかしなければと考えてしまう。
(――――いくらなんでもメリアさんだってお嬢様なんだ・・・。あんなに血が着いたらホントは嫌に決まってる・・・。治してもらったんだ、ここはちゃんとしなきゃ・・・!)
「メリアさん、あの・・・!」
「ん? なぁに?」
意を決して布を片手に声を掛けた僕の目に映ったのは僕の血を愛おしそうな表情で舐め取りながらこっちを見る吸血お嬢様の姿だった。
「あ、いや・・・なんでもないです・・・」
「あら、そう?」
(ホンットにこの人、こういうとこなければ素敵な師匠なのにぃーっ!!!)
頭を振り乱して心の中であらんばかりに放った僕の心の叫びはもちろん誰にも伝わる事は無い。
「どうしたのカナタ? 頭もケガしたのかしら・・・?」
「いえ・・・、ほっといてください・・・」
「あ、あとランドールフに突き飛ばされたの、あれわざとだから」
「はぁ!? わざとだったんですか!?」
・・・本当に僕の師匠、メリア・クラウデンは凄いけどどこまでも人を困らせる人だ、しみじみ僕はそう思った。
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