Dream:14 危険な森と優しい女剣士

「だいぶ歩きましたね・・・、あとどのくらいで着くんでしょうか?」



「・・・・・・というか森の中ってけっこう薄暗いんですね?」



僕は今、木々が鬱蒼と茂った森の中を歩いていた。元々、この世界の空は赤紫がかっていて少し暗い。そのせいか、まだ真っ昼間だというのに森は薄暗く、先が見えにくいという事もあって少々、不気味な印象だった。


「あの・・・、あっ! そういえば携帯食ってどんな味なんでしょう? ボク、まだ食べたことなくて・・・」


そんな内心を誤魔化す為、僕は思い付いた事を口にしていた。歩けども木、木、木。時折、獣の鳴き声も聞こえるこんな状況下で精神を安定させる為に声を出す、というのは重要な事だと思う。・・・だが、何も僕はを延々と言っている訳じゃない。


「あら? こんなところにゴミが・・・、いつの間に付いたのかしら・・・?」


「あからさまに分かるウソ言って無視しないでくださいよ! メリアさん!!」


そう、僕の傍には一緒に同行している女性がいた。木々の葉より明るい緑色の髪を緩やかにカールさせて肩口に垂らし、森だというのにいつもと同じ、青色のロングドレスを身に付けた女性だ。


「こんにちは、私の名前はメリア、23歳。この町一番の資産家、クラウデン家の令嬢にして星々の輝きすら色褪せる美貌の持ち主よ?」


肩にかかる髪を払いながら誰得かも分からない自己紹介と共に妖艶に笑ってみせるのはやっぱりこの一週間、訓練を共にした鬼教官、メリア・クラウデンその人だった。


「今初めて会ったみたいに名乗らないでください! それより目的地まであとどれくらいなんですか?」


「乙女の恥じらいを込めた自己紹介にその言い草、カナタは女の子にはモテないわね。そうね・・・、私の全力を持ってすればあと五分くらいかしら?」


「恥じらいどころか自己主張しかないでしょ! てか全く参考になりません・・・」


「いい返しよカナタ、褒めてあげる」


そう言って上品に笑うと再び彼女は森のでこぼこな地形を意に介さない美しい足取りで歩き出す。


(この人のめちゃくちゃな移動法を基準にされちゃこっちは堪ったもんじゃないよ・・・)


その時の事を思い出して僕は肩を落とし、彼女の隣に並んだ。僕は現在、この一週間、鬼のような訓練メニューを叩き込んできた張本人であるメリアと共に町のすぐ近くの森に来ていた。


「それにしてもあの夢魔以外にも危険な生物っているんですね・・・?」


「そうね。まあでも今回倒すのは一般人が出くわしたら手も足も出ずに殺されるくらいの強さのヤツだから平気よ」


「それは全然大丈夫じゃないやつですよね!?」


僕はそんなメリアのいつものからかうような態度にため息を付きながら、朝の事を思い出した。


「よし、今日で一週間! カナタくんもだいぶ自分の身体に慣れてきた頃だろう。いつ夢魔達が襲撃してくるかも分からん現状だ。ここらで少々、荒療治だが実戦訓練に行ってきてもらおうか」


「実戦・・・ですか?」


「ああ、町からすぐ近くの森に縄張りを作っている魔獣がいてな。いつもならとっくに退治してるんだがこの所の夢魔と夢喰らいドリーム・イーターの襲撃で手付かずになっているんだ。それをキミとメリアで倒してきてもらいたい」


「ボクとメリアさんの二人だけでですか・・・!?」


「大丈夫、心配するな。メリアは若いが剣の腕前は一流だしある程度の夢道の心得もある。カナタくんが最悪、戦えなかったとしても安全を保証するだけの実力は持っているぞ?」


「そ、そういう事なら・・・、分かりました!」


一抹の不安はあったものの、こんな感じで魔獣退治の話が決まり、僕とメリアは森の奥へと向かっていた。僕はもし、夢想器マギアを出せなかった時の為に腰に剣を一振り。メリアは左右に細身の刺突剣レイピアを一本ずつ差していた。簡素だが革製の胸当てとグローブも付け、気分は新米冒険者だ。


「というかメリアさん、そんな格好で大丈夫なんですか? 魔獣に一撃喰らったら大ケガしそうですけど・・・」


いかにも装飾重視でお洒落着といった感じのドレスは露出こそ少ないがヒラヒラしていてお世辞にも彼女の細身な身体を守ってくれそうもない。キュッと締まった腰周りのおかげで彼女の魅力値はうなぎ登りだろうがそれで魔獣は倒せないだろう。だがそんな心配は杞憂なようでメリアはフフン、と不敵な笑みを浮かべた。


「あら、心配してくれるの? でも大丈夫、このドレスは特殊な繊維で織られていて普通の刃物じゃキズ一つ付かないのよ」


「そうなんですか?全然、そんな風には見えないですけど・・・」


「ふふ、触ってみる?」


疑惑の目でドレスを僕が見ているとメリアが僕の手を取って自分の胸元へ持っていこうとする。慌てて僕は手を振り解いた。


「ちょ、やめてくださいよもう!」


「ごめんなさい、カナタが面白くてつい、ね」


余裕の表情を浮かべる彼女を睨みつけるのだが、それとは裏腹に熱くなる顔とバクバクと鳴る自分の心臓の鼓動が腹立たしい。


(・・・なんかこっちに来てからコミュ障なのをいいことにからかわれっぱなしなんですけど・・・、アノンやイルにまで弄られるし悔しい・・・!!)


そんな事を考えて歩いていると不意に真面目な表情へと変わったメリアが声を掛けてきた。


「それにしてもカナタ、あなた本当に魔獣を倒しに行く気なの?」


「え? まあボクはまだ弱っちいしど素人ですけど頑張って―――」


「違うわ、そういう事を言ってるんじゃないの」


僕の言葉を遮る彼女は真摯な眼差しで僕を見つめていた。彼女の目の光が本当に僕の身を案じているのだという事を伝えてくる。


「カナタ分かっているの? 訓練はあなたが強くなる為のものだからこれからこの世界で暮らしていくのに役立つと思う。でも、今日の戦いは違うわ。で即戦力が欲しいから願い人ウィッシャーであるあなたを危険を冒してまで強くしようとしているの。これは訓練というには危険すぎる。あなたは下手をすれば死ぬかもしれないのよ?」


「メリアさん・・・」


その時、失礼かも知れないが僕の頬は緩んでいただろう。下手をしたらにんまりと笑っていたかもしれない。


(・・・なんでそんなに良い人達なのさ、ここの人達は・・・)


彼女の言う通り、僕は都合の良い戦力かも知れない。だが、降って湧いたそれを利用しなければいけないほどに切羽詰った状況にある、それもまた事実のはずだ。それを考えれば彼女がそんな事を気にするのはお門違いというものだ。


(そんな事言わなきゃ気付かないで戦ってくれるかもしれないってのにさ・・・。だからボクはアノンとイルの事も、この町の事も・・・)


その先の言葉を飲み込み、代わりに厳しくも優しい剣の師匠に僕は笑ってこう言った。


「でも危なくなったらメリアさんが守ってくれますよね? ボク、信じてますから」


「っ・・・! まったくもう、うら若い乙女に言う台詞じゃないでしょう・・・。やっぱりカナタはモテないわね、行くわよ?」


「はい、分かりました師匠♪」


そう言って早足でドレスの裾を翻して歩く彼女に続く。カールした髪の隙間から覗く白い頬は僕の勘違いで無ければほんのり赤く染まっていた。


「―――――さあ、あともう少しで報告のあった棲家があるはずよ」


それから鬱蒼と茂る森の中を進むこと10分程。ここに来るまでにいくつか爪痕の様なものが木に付けられているのを僕は見た。あの威力、大きさで引き裂かれたらひとたまりもないのでは、と考えてしまう。


「・・・どんなヤツなんです? その魔獣ってのは?」


「そうね、名前はヴェノサウラー。簡単に言うと二足歩行の大トカゲよ。あと爪が鋭くて牙には遅効性の麻痺毒があるわ」


「へえ、大トカゲ・・・ってめちゃめちゃ危ないヤツじゃないですか!?」


「なに? さっきの言葉はもう撤回するの? 大丈夫よ、私も解毒の夢道くらいは使えるから・・・」


「・・・? メリアさん?」


突然、ピタリと僕の前で動きを止めた彼女に僕も違和感を覚えて足を止めた。見れば、彼女は森の奥に目を凝らしている。そして僕に見えるように手をかざし、静止の合図を送ってきた。


「――――なにかいるわ・・・」


小声で彼女がそう呟く。その直後。


――――――ガササササッ。


静寂の中に確かに何かが草木を擦る音が聞こえた。


(―――っ! ホントだ、なんかいる!? しかも・・・)


「一体じゃないわね・・・、一・・・、二・・・、三体ってところかしら」


「そんなに・・・? ど、どうすれば・・・」


夢想器マギアを出しなさい、来るわよ?」


「は、はい!」


戦いの予感に僕の心臓が忙しく動き回る。緊張で汗をかいた手は震えていた。こればかりはメリアやガラルドと何度、訓練しても鍛えられることではない。本物の野性や殺意はまったく別種の物なのだ。


(・・・大丈夫、落ち着け・・・。いつも通りに・・・)


拳をギュッ、と握り込み、息を吐き出すと僕はすぐに訓練の通り、イメージを頭の中で作り上げた。


直後、淡い光と共に僕の両手に見慣れた剣と盾、夢断ちの剣盾ソード・オブ・テスカトリオが握られていた。


(・・・よし! ひとまずイメージ通り作れ――――)


その時、木陰からこちら目掛けて何かが飛び出してきた!


「危ないカナタっ!? キャアッ!?」


「メリアさんっ!? え・・・!?」


四足獣の様な何かに僕を庇って前に出たメリアが弾き飛ばされる。そしてそれに気を取られた僕の方へも別の四足獣が地面から飛びかかってきていた。


「うわぁっ!? こいつっ!!」


咄嗟に前に出していた剣の刃にそいつが食い付き、勢いに押されながらも横に振るった剣は僕の手を離れていた。


「いった・・・! はっ!? もう一匹・・・」


堪らず僕は地面に尻を打った僕。唸り声に反応して顔を上げればそこにいたのは口の端から涎を垂らす茶色の体毛の狼、ランドールフだった・・・。













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