Dream:13 踏み出した一歩と心残り
――――そして私は19歳になった。
本当の両親でもない叔父達が引きこもりの私を許すはずも無く、社会に出るまであと一年。
そんな私だが変わらず、私は内に、内に引きこもっていた。
・・・だが、私の生活は思いもよらない形で終わりを迎える事となる。
「お嬢ちゃん・・・、キミ一人かい? 悪いけど見られたからには死んでもらえるかな・・・?」
名も知らぬ、突然家に現れた一人の男によって・・・。
〜♢〜
「それじゃあカナタくん、今日から一緒に強くなろう! よろしく頼むよ!」
「はいっ!」
ガラルドとの一戦。それによって僕は訓練所の一員と認められ、強くなる為の訓練が始まった。
当然ながら僕はこの世界の作用によって多少、身体能力が強化されているものの、戦闘経験なんてものは無かった。引き金を引けば弾丸を発射出来る事は知っていても、それを命中させる為の技術や心構えが分からない、今の僕はそんな手に余る代物を持たされた一般人と変わりないのだ。
「そーら、まだまだよ? アナタは基礎がなってないんだからまずはその身体に慣れていかなくちゃね? はい、あとランニング10周、横跳び500回!!」
「は、はいぃっ!」
だが、それ以前の問題点として僕はまともに自分の身体を動かして運動なり、スポーツなりをした経験が人と比べて極端に少ない。そんな僕の最初の課題は・・・。
「今度は私に打ってきなさい! アナタが何を出来て何が出来なくて、そしてどこまで動けるのか。まずはそれをアナタ自身の頭と身体に刻み付けるのよっ!」
「わ、分かりましたっ!!」
―――自分の身体の限界を知る事だった。一日中、ランニングや筋トレ、体幹運動や素振り、果ては幅跳びや壁登り、水泳といったあらゆる動きをする事で僕の脳に自身の身体能力の感覚を刻み込んで行く。全てが初めての経験、それらを僕は言われるまま夢中で行なった。
「まだいけるでしょうっ! アナタは
「ぜぇ・・・、は、はひ・・・!!」
「返事をする時ははい、まだいけます! それ以外は聞かないわっ!」
「は、はぃ・・・、まだ・・・いけますっ・・・」
最初の内こそ、自分で動ける事に快感すら覚えていたが身体の限界、さらにその先の力の源となる心が限界を迎えるまで彼女にしごかれ、僕は夜になる頃には毎回、幽鬼のようになっていた・・・。
「フフフ・・・、どうだカナタくん? メリアの訓練は?」
「ええ・・・、死ぬほどきついです・・・。うぅ・・・身体中がぁ・・・」
「アハハハハ、カナタ死体みたいになってるー♪」
三日目の夜、僕は訓練所の食堂でガラルド、それに毎回様子を見に来てくれるエノールとその子供であるアノン、イルとテーブルを囲んでいた。というか僕はテーブルに潰れた蛙のごとく、へばりついている状態なのだが。
(―――全身、痛くて熱くてもう良く分かんない・・・。これ力抜いたら溶けてテーブルと一体化するんじゃないかな・・・)
「その調子だと良く頑張っているようだね、カナタ? 今日も一日中、訓練してたって言うじゃないか、これは期待するしかないねえ」
そんな軟体生物になりかけた僕に優しく笑いかけてくるのはエノールだ。僕は口を尖らせてエノールに言葉を力無く返す。
「何言ってるんですか・・・、エノールさんこそ自警団の中でも十本の実力に入る腕前だっていうじゃないですか・・・、気休めにもなりませんよぉ・・・」
「ハハハハ・・・、そうだなあ。強くなりたい理由があってそれに向かって真っ直ぐ頑張ってればそれなりにはなれるさ、それなりには・・・、ね」
肩を竦めてそう言うエノールを僕は羨望の眼差しで見ていた。彼がさらりと言ってのけた事は今、僕が実現したい目標そのものだからだ。彼の言うそれなりにすら僕はなれるのか怪しいと今は感じてしまう。
(・・・そもそも、こんな優しそうで線の細いエノールさんが町でトップクラスの剣の使い手ってだけでボクとしては鳩が豆鉄砲喰らった気分なんだけどね・・・)
「はい、お待ち!今日も肉たっぷりのスペシャルコースだよ・・・、ってなんだいカナタ? また締められた魚みたいにピクピクしてんのかい?」
「例えがひどいです! まな板の上の鯉じゃないんですからボクは・・・」
「あら?そこまで言った覚えはないんだけど・・・?」
テーブルに大皿の料理を並べながらばっさりした言葉を僕にかけるのは食堂で調理を担当する女性、レラだ。
「うおっ、上手そうだ! レラの姉ちゃん、あんがとよっ!」
「いつもすまないなレラ? 訓練もあるだろうに、本当に助かっている」
「ふふん、気にしなくていいよ! アタシが好きでやってるんだ、せっかくある料理の腕を生かさなきゃ勿体ないだろうさ!」
そう言って豪快な笑みを浮かべると後ろに束ねた茶色の髪を風に揺らしながらレラは颯爽と調理場へと戻っていった。女性にしては高い身長と大柄な身体を全く意識させない身のこなしは彼女のこざっぱりとした性格を表していた。
「さあ、それじゃカナタ? 皆も・・・、冷めない内にいただこうか?」
「はい、それじゃ・・・」
「いただきます!」
エノールの言葉と共に皆で声を揃えて言うと僕達はレラが用意してくれた晩御飯に手を伸ばした。山盛りの肉野菜炒めに豆類を煮たスープ、ほかほかのご飯に新鮮な果実を絞ったジュースは喉を通る度に疲れきった身体に活力を与えてくれる。
「やっぱり何回食べてもレラさんのご飯は美味しいや・・・」
「そうかい? そう言ってくれるとやり甲斐があるよこっちも! うん?カナタ、ご飯粒付いてるよ?」
呟く僕の背後にいつの間にか戻ってきていたレラが屈んで口元のご飯粒を取ってくれる。その際、ずいと間近に近付いた彼女の顔と服から覗く胸元を見て僕はどきり、としてしまった。
「あ、ありがとうございます・・・」
「うんにゃ、気にしないで食べな!」
そう言ってご飯粒をパクリ、と口に入れるとレラは他のテーブルの客の所へさっさと歩いていった。
「カナタ兄ちゃん赤い顔してー・・・、しかもレラ姉ちゃんの胸見てたろ?」
「えっ!? あ、赤くなってないし・・・! 別に胸見てたんじゃないよ!? 偶然目の前に・・・」
「いいっていいって、姉ちゃんのおっぱい大きいもんな〜♪」
「そうだ、気にするなカナタ? レラはものすごい美人と言うわけじゃないがあの性格と面倒見の良さでなかなかに人気があるからな、変な事ではないぞ?」
「だから違うのにー・・・」
ガラルドのフォローが返って僕に追加でダメージを与えてる事に気付いて欲しいのだが本人は爽やかな笑みを浮かべていた。
(―――ていうか、そのレラさんのお気に入りはガラルドさんでしょーが・・・)
ここ数日の訓練の間にレラが時々、訓練するガラルドに見惚れていたり、声をかけられると表面上は普通にしているものの、去り際に頬を赤くしているのは知っていた。三十手前という、レラにとって年上のガラルドは憧れの男性なのだろう。
「ボクにとってはお姉さんみたいなもんなのに・・・」
確かに意識はするがそれは異性に対する気持ちとは違うと思う。いくら人との関わりの少ない僕でもそのくらいは理解する事が出来た。
(―――ボクと年が近い人は意外と少ないからなあ・・・。あ、でも・・・)
『うん、大丈夫そう。久しぶりだけどちゃんと治療出来てる 』
ふと脳裏に彫刻のように美しい女性の無表情な顔が浮かぶ。表情こそ変化は少ないがその裏に様々な思いを抱えているような彼女の事が僕の胸の奥にずっと引っかかっていた。
(・・・エリオドールさん、どうしてるのかな? 結局、あれが現実だったのかも今じゃよく分からないけど塔に、確かに行ったんだよね、ボクは・・・?)
あの青結晶の塔に彼女は本当にいるのだろうか。そう考えた時に僕は思い付いた事があってテーブルを囲む皆へ質問を投げた。
「あの・・・、そういえば町の真ん中にある塔って誰か入った事あるんですか?」
しかし、言葉の代わりに返って来たのは揃って意外そうな顔でこちらを見る皆の視線だった。
「ああ・・・すまない。カナタくんはよそから来たのだから分かるはずがなかったな。すまなかった」
「あ、いえ・・・。ボク、変な事を聞いてしまいましたか?」
「いや、そういう訳じゃない。あの塔に入った者はいないんだ。なぜならあの塔に侵入を試みようとすれば最後、身体が結晶に変わってしまうからね・・・、だからそんな事をする人間はこの町には誰もいないよ」
「え・・・」
食事を終え、訓練所の部屋に帰り、ベッドに横になっても僕の頭からガラルドから聞いた話の内容が離れなかった。
(じゃあやっぱりボクがあの人に会ったのは夢・・・? いや、いくらなんでもそれは・・・、あんなリアルで名前や話も聞いたんだから夢のはずないよね。・・・ダメだ疲れちゃって頭が回んない・・・)
それでは一体、あの塔での出来事は何だったのだろうか。やはり夢だったのか。たが、それにしてはあまりに生々しい。彼女の存在も、その口から出る言葉も。結局、その日、疑問は解消されないまま、僕は泥のような眠りについた。
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