Dream:11 戦士ガラルド

―――いつしか私は一人でいる事が多くなった。

家でも一人、学校でも一人、どこにいても一人。

容姿や母が死んだ事で罵られたり虐められたりもしたが、それよりも何よりも人の醜い所をこれ以上見たくなかった。

・・・人をこれ以上嫌いになりたくなかったから。大好きだった母と同じ人間を。

そして自然と私の居場所は自身の部屋だけになっていった・・・。



〜♢〜



僕の視界に映り込む頬をこれでもと膨らませた少女。母譲りの青髪と桜色の膨らんだ頬がとても可愛らしい。可愛らしいのだが・・・。


「むー・・・、遅いよカナタァ・・・」


僕は自分の半分くらいの年齢の少女の眼力に気圧されていた。


「ごめんて、イル〜・・・」


「ハハッ! 兄ちゃんが悪いな!」


「え? ボク、何かした!?」


「オレとイルの事、待たせただろ?」


「それってボクのせいじゃないしそもそも不可避じゃない!?」


「アッハッハッハッハッ!いやー、カナタさんは二人ととても仲が良いですなぁ!」


「良いっていうのかなぁ・・・これ?」


僕と町長、それに別室で待たされていたアノンとイルを含めた四人は現在、自警団が戦闘訓練をしている訓練所へと向かっていた。思いの外、長く待たされたせいでイルはかなりご機嫌斜めになっていたのだ。


「そんなこと言うカナタはキライっ!!」


「っ!? ご、ごめんて! そういう意味じゃあ・・・」


何気なく言った一言に反応してぷい、とそっぽを向くイルに僕はただ、あたふたするしかない。


「アッハッハッハッハッ! イルはねえ、普段あまり人に懐く事がないのですよ。人見知りと言いますか・・・、ですから彼女がこんなに素直な姿を見せるのは珍しいですよ! ねえ、アノン?」


「おう、そうだぜー?」


「え・・・、でもボクには最初からこんな感じだったような・・・」


町長の言葉に意外だと思い、イルの方を見ると、


「カナタはなんかなよなよしてるからこわくなかったのー」


と、これまたぷい、と顔を背けて言われてしまった。


「そんなあ・・・、ひどくない!?」


「ハハッ! カナタ兄ちゃんダッセー!」


「アッハッハッ! 年下の女の子に振り回されてますなぁ、カナタさん!」


イルにそう言われ、他の二人にまで笑われてしまい、僕は肩をすぼめてすごすごと歩くしか無かった。なんだか分からない時は空でも見上げて現実逃避モードに入るに限る、と僕は遠い目で空を見た。


(・・・雲は自由だなぁ・・・、あ、あれドラゴンみたいだ・・・)


「・・・カナタはいいひとだなって思ったから・・・」


「―――え?イル、何か言った?」


「なんでもないっ!!」


と、そんな事をしていたのでボソリとイルが小さな声で呟いた本音を僕が聞き取れるはずもなく、訓練所に着くまで膨らんだイルの頬が萎む事は無かった。


「―――さて、着きましたよー、カナタさん! ここがワタシ達の生命線とでも言うべきこの町の守りの要、自警団を養成する訓練場です!」


「へえ、ここが・・・」


そこは均された土を敷き詰めた広場といくつかの建物が地続きになった施設だった。目の前に見える広場では剣や槍を手にした者達が打ち合ったり、型を練習したりしていた。中には少数だが女性もいるようだ。


「はぁっ! せいっ! せやあっっ!!」


「むんっ! まだだっ!」


「いやぁぁぁっ!! そこよっ!」


皆、真剣な顔で己の腕を磨いている。その姿を見てこれから自分も共に練習する事をイメージした僕は、頭の中に浮かんだ自分の姿に胸を躍らせた。


(―――ボクもこの人達と一緒に強くなるんだ・・・!!)


「ここは数年前に皆の意見を持ち寄って作りました。訓練場に食堂、休憩所に風呂、鍛冶屋や道具屋など何でもござい! 何しろワタシ達の生命線ですから必要な物は全て揃えたスペシャルな施設ですっ!」


「そうなんだ・・・、すごいですね! あれ・・・、あれって・・・?」


町長のテンションの高い説明を聞きながら訓練場に入った僕は剣を撃ち込まれている的を見て足を止めた。


(―――あれってつい最近、どこかで見たような・・・)


細い木の幹のような胴体にそこから生える二本の刃物の形をした腕と顔に被さる黒い髪の毛・・・。しかし、もう少しで僕が答えを出そうかという所で後ろから太い男の声が聞こえてきた。


「それは夢喰らいドリーム・イーター、木人形エンドールを模して作った的だ。イヤな物を思い出してしまったか?」


「あ、いやそんな・・・。とんでもない・・・です?」


(なんだこの人・・・、すごい身体だ・・・)


声に後ろを振り向けばそこにいたのは一本の大木を思わせるようながっしりとした体格の男だった。赤茶色の髪をオールバックにまとめ、髪の色と同じ髭を鼻の下に蓄えた男は精悍な顔立ちをしていた。年の頃は30代後半くらいだろうか。僕と頭一つ半くらいの身長差があり、自然と見上げる形になる。


「おー! ガラルドのおっちゃんだー!」


「ガラルドさん、こんにちはー!」


「ああ、二人ともエンドールに襲われたそうだな?元気そうで何よりだ」


「ピンピンしてるよ! カナタ兄ちゃんのおかげさ!」


「そうそう! カナタが助けてくれたの〜♪」


「そうか、それは良かった。という事は町長、こちらの少年が話していた人物ですか・・・?」


見る者の気持ちを落ち着かせるような暖かな笑みを浮かべて双子と話していたガラルドという男がこちらを見た。


「ええ、そうですよガラルド! こちらが双子をエンドールの魔の手から助け、その上、願い人ウィッシャーでありながら我々に協力していただけるという心優しい少年、その名もカナタさんですっ!!」


ピッタリとしたシャツの上に浮かぶはち切れそうな分厚い胸板と腹筋に見とれていた僕とガラルドの目が合う。一部の迷いもなく、僕の目を真っ直ぐと見つめる事、数秒。ガラルドはふと笑ってみせた。


「―――キミはキレイな眼をしているな。私の名はガラルド。この町で自警団の団長をしている者だ」


「あ・・・、よ、よろしくお願いします!」


差し出された手をおっかなびっくり握り返し、どもりながら僕は挨拶した。そして、それと同時に僕はガラルドの手の平の感触に驚きを感じていた。


(・・・大きくてゴツゴツした手、手の平に当たる感触はタコ・・・?なんて逞しい手なんだ・・・!)


自分よりひと回りは大きい手に刻まれたその質感は素人の僕でも戦士のそれだと理解する事が出来た。この手で剣を振るったらあのエンドールだって一太刀で倒してしまうのではないだろうか。


「フフ・・・緊張しなくていいよカナタくん?・・・それよりも一人でエンドールを倒したというキミの実力、私にも見せてくれないか?」


「えっ・・・!?いや、でもあれはまぐれみたいなもので・・・」


ガラルドの言葉に僕はあたふたとしてしまった。あの時は二人を助けようとして必死で普通の状態じゃなかったし夢想器マギアのおかげというのもある。何より、目の前で笑みを浮かべるこのガラルドという人物は立ち振る舞いに隙がなく、とても僕など相手にならなそうだった。


「いやいや、キミが戦いについて初心者な事は見れば分かるさ。私が知りたいのはキミの剣に宿る意志、心の在り方とでも言えばいいかな?」


「心の在り方・・・?」


そう言われ、僕は首を傾げた。果たして打ち合っただけでそんな事が分かるのだろうか。そして分かったとしてそこから何が分かるのか、僕には検討もつかなかった。


「ああ、剣にはその人の心や生き方がそのまま宿るからね。夢想器マギアが使えるんだろう?それも使って構わないからキミの全力を見せてくれないか?」


「・・・分かりました、じゃあ全力でいきます」


一瞬、逡巡した後、僕はそう答えていた。きっとこれはこの訓練場でこの人達の一員になる上で必要な試練なのだ。そしてなによりも・・・。


(僕がどこまで戦えるのか・・・、それにこの人の凄さも感じてみたい・・・!!)


仕草や言動の一つ一つに淀みのない、まるで一本の剣のようなガラルドという戦士の実力。それに触れた時、自分にも何か大きな影響があるかもしれない。そんな期待があった。


「我が町、一番の戦士であるガラルドと期待の若者、カナタさんの一戦ですか!これはいい、ではワタシが審判をさせていただきましょう!」


「町長、ありがとうございます。・・・カナタくん、こっちだ」


「はい」


嬉々とする町長と共に程よく土が均された訓練場に足を踏み入れる僕達。ある程度の距離を取り、ガラルドと僕は向き合った。


「じゃあ・・・ボクの武器を出しますね?」


「ああ、どんなのか楽しみだ!」


「ウフフフ・・・、ワタシも見るのは初めてです・・・!これは興奮しますねえ♪」


そしてガラルド達と訓練の手を止めた訓練場の人達に見守られる中、僕は意識を集中した。昂る感じはあるが不思議と緊張感はない。それは穏やかに急かす訳でもなく、こちらを見守るガラルドの人柄のおかげでもあるだろう。


(この人に・・・、こんな凄そうな人にボクの全力を見てもらいたい・・・!!)


そして鈍い光と共に僕の身体から暖かな何かが抜け出る感覚があり、気が付くと僕の両腕には見覚えのある剣と盾が握られていた。


「ほう・・・、刀身と盾がエネルギー体のようなもので形成されているのか・・・。その夢想器マギア、なんという名前か聞いてもいいかい?」


僕の夢想器マギアをじっと見つめたガラルドがそう言う。それに対し、僕はムーニャが命名した名前と意味を力強く口にした。


夢断ちの剣盾ソード・オブ・テスカトリオ・・・。幻想ゆめを守り、そして切り裂く為の武器です」


「そうか、いい名だ。・・・ならばその力、見せてくれっ!」


そう言い、腰に差していた一振りの剣をガラルドは抜き身に構えた。その表情からは先程の優しさは消え、獲物を穿つような鋭い眼光が僕を捉えていた。



〜♢〜


12話投稿です!

プライベートの方が一段落したので今後は落ち着いて投稿していきます。

相変わらず、マイペースな物語の進みになりますがどうぞカナタくんを応援してやってください!





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