Dream:10 戦う理由


―――それから私の孤独は始まった。

私を腫れ物のように扱う親戚。相変わらず異物扱いのクラスメイト。

母が死に、ぽっかりと心に穴が空いたようだった私はそれらをただ空虚に見つめていた。

・・・なぜ私は生きているのだろう?

その答えは見つからないまま、ただ時は過ぎていった・・・。



〜♢〜



「いんやぁ〜! アナタがカナタさんっ! 一人であのエンドールを倒したという青年ですかぁ! ・・・そうですかそうですかぁ! ふむふむ・・・!!」


僕は現在、やけに陽気な金髪カールのおじさんにじろじろと様々な角度から見られていた。左右に巻かれた金髪を揺らしながらふむ、ふむと鼻を鳴らして顔を近付けるおじさんはちょっと、・・・いやかなり暑苦しい。


「あ、あのぉ・・・!? 町長さん!

?」


身を捩り、座りながらも必死に距離を取ろうとする僕。たぷんと揺れる汗ばんだ丸い顎が今にもくっつきそうで思わず、僕は座ったままでどこまで身体を曲げられるかの限界に挑戦していた。


「ああ! すいません失礼しました!いやはや、年端もいかない若者が一人でエンドールを倒したと聞いて興奮してしまいましてつい!どうかご勘弁をっ! アッハッハッハッハッ!!」


「はあ・・・、それはどうも・・・?」


これまたテンション高く、豪快な笑いと共に謝罪を口にするこの町の町長を僕は唖然としながら見ていた。生来、人付き合いの少ない僕だがこの時ばかりは真っ先に脳裏に浮かんだ言葉があった。


(やばい・・・、この人、めっちゃ苦手かもしれない・・・!!)


現在、僕がいるのはこの町で一番大きな中庭付きの屋敷、町長の家だ。エノールに町長から話があると言われ、案内されてきたのだが入る前にエノールが、


「町長さん少し、というかかなり個性派なんだが大丈夫かい? ・・・一緒に行こうか?」


と言ってくれたのに僕はこの町の事についてあれこれ聞いてみたかったが為に一人の方が聞きやすいと思い、丁寧にお断りしてしまった。アノンとイルの母の事も聞いておきたかったので一人の方が話しやすいと思ったからだ。


(こんな事なら一緒に来て貰えば良かった・・・!!)


そんな僕へどうぞ、と温かいお茶を給仕してくれるメイドさんが去り際にどこか同情するような目で僕を見ていたが今になってその意味が理解出来た。


(そういえばあのメイドさん、ボクより年上だけど綺麗だったなー・・・)


「・・・という訳でして、カナタさんにはぜひに入っていただきたいのです・・・、カナタさん、ワタシの話聞いてますか・・・?」


「・・・え?あ、はい!!」


しまった。ついつい物思いに耽って現実逃避を決めていたせいで全く話が入っていなかった。その場から動けないと人間、器用な逃げ方を覚える物だ。母や幼なじみの説教をこれで何度凌いだ事か。


「という事は入っていただけるんですか!? カナタさん!」


そう言って僕の手を取り、汗ばんだ両手で握り込む町長の剣幕を見て僕はまずい、と思いながらもわけも分からずただ頷くしかない。


「いやー、助かります!事態は切迫していますからね!日に日に増える夢魔達、犠牲が出る度に木人形も増え、挙げ句に怒りや恐怖に駆られた人々が体晶化する始末・・・。正直、手に負えず困っていたのです!」


しかし、現実逃避していた僕も町長の言葉でさすがに現実へと意識を戻された。


「え・・・、という事はやっぱり何度もこういう事が・・・?」


「ええ、そうですとも。もう、ここ2、3年はずっとです。ヤツら、前は町の外でたまに見かける程度だったというのにある時から町の中に現れるようになりましてね?しかもその牙にかけられた者は全員とまではいきませんが木人形に変わって人を襲うからたちが悪い・・・。自分の顔見知りや肉親を化け物になったとはいえ、倒すのは並大抵の事ではありませんよ・・・!」


先と変わって真剣そのもので語るその言葉には町長の確かな実感が込められている感じがした。


(―――町長さんも誰か大切な人を亡くしてるのかな・・・?)


そう僕が思っていると町長はハッ、としたように僕を見ると再び声のトーンを上げて喋り出した。


「そこで結成されたのが自警団です!。この町は別名、幸せの町。この町では共に笑い、生きる限り魔女の祝福が受けられるという言い伝えがありますが逆に怒りや哀しみ、恐怖といった負の感情が大きくなりすぎると身体が結晶へと変わってしまうんです。アナタもイルが変わろうとする所を見たんですよね・・・?」


「はい・・・、あれには驚きました」


「そうでしょう。全身が結晶になってしまうとその人は物言わぬ石像と化してしまいます。これまではそれで良かったんです。ワタシたちは共に手を取り合い、上手くやっていました。適度に負の感情を発散し、問題があれば皆で一緒に取り組み、乗り越えてきました。当然、どうしても負の感情に支配された人もいたにはいましたがそれでも私たちは笑える事の幸せを噛み締め、生きてきたんです」


「それがあの夢魔モンスター達によって崩されたと・・・?」


僕の問いを聞いて町長は深く頷くと熱を帯びた口調で続きを話し始めた。


「ええ、ヤツらはある日突然現れました。始めは町の外で目撃され、何度か退治している内に今度は町の中で・・・。どこから侵入したのか大騒ぎになりましたが程なくして町の者が町中で発生するのを見たのです。そして夢魔にやられた者が夢喰らいドリーム・イーターとなり、それに怒りや恐怖を覚えた者が物言わぬ結晶像に変わる・・・。そんなおぞましい悪夢が始まりました・・・」


先程の陽気な町長はどこへやら。苦しげな表情で握り込んだ両手を見つめ、俯く町長は町の未来を憂いて悩む長の顔をしていた。今、彼の双肩には確かにこの町の行く末、そしてそこに住む人々の未来がかかっているのだ。


「・・・それで、その中にアノンとイルのお母さんもいたんですか?」


自分で言っていて身勝手な台詞だと僕は自分で思った。今の話を聞いて自分の知り合いの事だけを聞こうとするなどおこがましいだろうとも思う。


(でも、これだけは聞いておかなくちゃ・・・!)


だが、もはや他人とは思えない双子の事を聞かない訳には行かなかった。


「あの双子の母親、オリヴィアの事ですか。ええ、彼女の結晶像は?」


「え?それって・・・」


町長の言葉に理解が追い付かず、僕はそう呟いていた。そんな僕を見た町長はすっ、と立ち上がると僕を屋敷の奥へと案内した。


「説明するより見てもらう方が早いでしょう。ワタシはね、損傷することの無かった結晶像をここで保管しているのですよ。さあ、ここです」


屋敷の奥、あまり使っていなさそうな埃っぽい廊下の先にある古びた扉を町長は開いた。


「あ・・・、これ・・・は・・・」


廊下とは打って変わり、絨毯の敷かれた埃一つ無い部屋。そこには大量の人の姿があった。物言わぬ青い結晶へと姿を変えた人々の姿が。


「こんなに・・・たくさん・・・!?」


「ええ、これら全てが今まで夢魔と夢喰らいドリーム・イーターの襲撃によって犠牲になった人々です」


そこにあった結晶像の数は十や二十では無かった。ざっと見ただけで五十体はあるだろうか。そのどれもが驚愕や恐怖、怒りと言った激しい感情を全身で表していた。


(まるで襲われた時の時間をそのまんま切り取ったみたいな・・・)


何かを言う訳でもなく、それでいて動く事も無い結晶像。だが彼等の激情が今でもそこにあるように僕の胸を打ち、言いようのない感情に襲われた。それは剥き出しの激情への戸惑いか、物言わぬ結晶像となった人達への悲哀か。ともかく、僕は息をするのも忘れて結晶像達に見入ってしまっていた。


「カナタさん・・・、大丈夫ですか?」


「あ、はい! ・・・そうだ、二人のお母さんは・・・?」


何秒そうしていたのか。町長に呼ばれて僕は意識を現実へと引き戻した。


「はい、オリヴィアはこちらですよ」


そして町長が少し奥へと案内する。結晶像へぶつからないよう気を付けながら間を縫って行った先に目的の人物はいた。それを見た瞬間に僕は部屋に入って来た時以上の衝撃を受けていた。


「・・・とても美しいでしょう、彼女は?」


町長の言葉に僕は頷いていた。双子と同じ美しい青髪を背中まで伸ばし、鼻の高い、整った流麗な顔立ちと、女性にしては高い長身が妙齢でありながら人の眼を惹き付ける。だが、それ以上に後ろにいる誰かを庇うように怒りと恐怖、必死さが入り交じった凄絶な表情で両手を広げている彼女には人の心を穿つような容姿だけでは計れない美しさがあった。


「なんて顔・・・、してるんですかこの人は・・・」


「オリヴィアは逃げ遅れた双子をたった一人で庇い、化け物達に身体を切り刻まれながらも一歩も引かず、そのまま結晶像となってしまったそうです」


説明が無くても分かってしまう。その顔を。立ち姿を。傷こそ癒えているがあちこち引き裂かれた結晶の下の衣服を見れば。どれだけ彼女が命を懸けてあの双子を守ったのかが。


(アノンとイルはこれを目の前で見たんだ。自分の母親が血だらけになりながら結晶に変わっていく姿を・・・。それは怖いとも思うよね・・・)


僕が一人で夢喰らいドリーム・イーターに立ち向かった時のイルの様子を思い出した。いくら仲良くなったとはいえ、あそこまで人の身を案じるだろうか。だが、その答えは簡単だった。


(ボクの姿を・・・、お母さんと重ね合わせてたんだ・・・)


「―――このタイミングで言うのは卑怯かもしれません。ですがワタシはこの町を守る町長。だから敢えて言いましょう」


そう言って顔を上げた僕を真っ直ぐに見て町長はコホン、と咳払いをした。そして右手を差し出してこう言った。


「改めてカナタさん。あなたのその力をこの町を守るために貸してくれませんか?」


突然、知らない世界に迷い込み、突然、巻き込まれたこの町での事態。そもそもエリオドールに聞かれた自分の願いすら良く分からないのにここにいる。だが、僕は自然と答えていた。


「分かりました。ボクが出来る事なら精一杯頑張ります!」


「本当ですか!?いやぁ、カナタさんがいれば百人・・・、いやいや千人力だ!どうぞよろしくお願いしますよ!」


そう言って僕の右手を両手で握り締める町長を見て僕は笑みを浮かべていた。この人は卑怯だ。だが、最初に感じた苦手さよりも今はこの人の皆を守る町長らしい振る舞いに敬意を感じていた。


(卑怯だよ。お母さんのこんな姿を見せられたら協力しないなんて言えないじゃんか・・・!)


今もそこで子を守る母の表情で仁王立ちするオリヴィアを見て僕は心の中でこう言った。


(オリヴィアさん。あなたの代わりにボクがアノンとイルを守ります!どこまで出来るかは分からないけど・・・。そして、出来たら・・・あなた達の事も・・・!!)


それは僕が自分の意志で決めた初めての決意だった。自分に力があってそれを必要としてくれる人がいるならそれに応えてみたい。そう思ったのだ。


「あ! カナタさん。でもこの町ウチは裕福では無いので報酬はそこまで期待しないでくださいね?」


「あ、はい・・・」


前言撤回。にっこりスマイルで右手に輪っかを作ってみせる町長は結構ふざけた人なのかもしれなくて僕はやっぱりこの人は苦手かもしれないと思った。



〜♢〜



またしても遅い投稿すみません(´・ω・`)

実にじっくりとしたストーリーの進み方ですが着実に話は進みますのでよろしくお願いします!

次回はバトルパート行きたいなあ・・・























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