Dream:9 それぞれの願い


―――――私は母に憧れていた。人並み外れた容姿を鼻にもかけず、太陽のように笑うその姿に。

いつか、彼女のような人になりたいと私は思っていた。

・・・でも現実は違った。

母はとても苦しんでいた。ある日突然、私の事をおいてこの世を去ってしまうくらいには・・・。



〜♢〜



「――――それはワタシも同じ、地球で命を落としてこの夢幻の箱庭ドリーム・ガーデンに流れ着いた願い人ウィッシャーの一人だからよ」


それは僕にこの世界に来てから一番くらいの衝撃を与える事実だったと思う。こんなにも早く異世界転移者に会う事もそうだし、そもそも死んでここに流れ着く、なんていう奇異な巡り合わせにも。


「・・・願い人ウィッシャーってのはどういう意味なの?ボク達はこの世界の人とは少し違うんでしょ?」


ひとまず何を考えるのにも情報が足りない。そう思った僕は少し前から思っていた事について聞く。


「本当に何も聞いてないのね。なのにどうして違うとわかったの?」


「ボクがエンドールと戦った時、イルは怖がって体晶化してた。町の人が言うように負の感情が結晶になるトリガーならエンドールに怒りや憎悪をぶつけてたボクが体晶化しないのはおかしい。だから思ったんだ、ボクは町の人とは違うって・・・」


もちろんその時は明確に何がというのは分からず、余所者だからか、などと頭の片隅で考えただけだったが。僕の話を聞いたエリオドールは相変わらず起伏の乏しい表情のまま言葉を返してきた。


「よく分かったわね・・・。私たちは願い人ウィッシャー。生前、強く願うことがあったのにそれが叶わないまま死んでしまった人の集まり。私たちはこの世界で自分の夢、つまり意志の力を現実の物にし、コントロールする力を与えられている。夢想器マギアと夢道はその力の副産物のような物」


それを聞いて僕はムーニャの言葉を思い出していた。


(強い思い・・・、力の象徴・・・、ボクの望む力の形、それが夢想器マギアって事なのかな・・・)


「・・・願う気持ち、自分の心が生み出す意志の力を現実の物として行使出来る。だから多少の事には耐性が付くし、生前より身体も丈夫になるの。結晶の影響を受けなかったのはそのため」


(そっか、そういう事だったんだ・・・)


白い球体状の夢魔、グリーと戦った時、僕は自分が助かる事を願った。そしてエンドールの時は双子を助けられる力を欲した。それらの意志が僕の力となって怪物を倒す事に成功した、という訳だ。


(あれは僕自身の力だったんだ・・・)


僕は顔の前に広げた両手を確かめるように眺めると両の拳をギュッと握りしめた。自分の力で害なす者を倒したり、誰かを助けることが出来る、それが嬉しかったのだ。


(まあ、今じゃ体力も無いし一体、倒すので限界だったけど・・・)


「・・・ねえ、あなたは何を願ってここに来たの?」


「え・・・?願い・・・ボクの・・・?」


「ええ、この世界に来るのは強い願いを持ったまま死んでしまった人。嫌じゃなければ聞かせてほしい・・・。ちゃんと話せた願い人ウィッシャーはあなたがはじめて。だから他の人の答えを、思いを聞きたいの・・・」


それは彼女の切な願いだと僕は感じた。無表情だが彼女の瞳に確かな意志が宿っているのが分かったからだ。恐らく、それが彼女の一番聞きたい事だと確信するほどに。


「それを聞いて・・・、どうするの?」


「それは・・・」


僕の問いかけに彼女は再び、窓の外の町の景色へ目を向けた。彼女の瞳には町の景色がどう映っているのか、そんな事が頭をよぎる。


「私は願いを叶えたはずだったのに・・・、何も変わらなかったから・・・。今もどうしていいか分からない。この塔に来て10年、それでも答えは出ないままなの・・・」


「10年・・・?エリオドールさんは数百年この塔から町を見守ってきたんじゃ・・・??」


「・・・それは辻褄を合わせるためにこの町の人々に与えられた仮の記憶。この町は私の願いによって私がここに流れ着いた10年前、生まれたの・・・」


「え・・・!? 生まれた!? この町や暮らしている人も・・・!?」


「そう・・・、それがこの世界、夢幻の箱庭ドリーム・ガーデンの力。・・・だから私はあなたの願いが聞きたい。あなたは何を願ってここに来た?それは叶った?叶ったとしてあなたは変わった?」


「ボクが・・・願っていた事・・・」


(ボクの願い・・・? そうか、ボクにも願いがあったからここに来たって事だから・・・。ボクの願いは・・・、うっ・・・!?)


ぐらり、と。思考していた僕の意識を突然、目眩が襲う。視点が定まらず、立っているのすらやっとで僕は必死に抵抗を試みるが支えきれず身体が傾いていく。


「大丈夫・・・?」


と、そんな僕をエリオドールは優しく受け止め、支えてくれた。背中に暖かく柔らかい感触が広がる。振り向くと彼女の顔がすぐ近くにあり、その青い瞳に吸い込まれそうな感覚に僕は陥った。


「あ、はい・・・」


夢想器マギアの行使にケガ、その治療に夢道を使ったしまだ本調子じゃないみたい・・・、とても残念・・・」


残念、という言葉に僕は違和感を覚える。まるで起きたら会えないとでも言うようなその台詞に。


「あ・・・、ボクは・・・、ボクのね、が・・・いは・・・!!」


せめて質問の答えだけでもと僕は必死に言葉を紡ごうとするが意識はそれに反してどんどん遠のいていく。そんな僕へ彼女は寂しげな瞳に少しだけ口角を上げ、不器用に笑ってみせた。


「・・・また会えたら聞かせてほしい。助けてくれて・・・、本当にありがとう・・・」


「そ、んな・・・」


なぜ、そんな顔をしてお礼を言うのか。そんな僕の言葉は発する事も出来ず、霧散する意識と共に深い闇の中へと消えていった・・・。



〜♢〜


「カナタ、大丈夫かな・・・?」


「大丈夫だイル、カナタならちゃんと起きるさ!」


(う・・・、この声は・・・?)


頭上から聞こえる聞き覚えのある声。その声に促されるように僕はゆっくりと目を開けた。


「あ、起きたカナター!!」


「わわっ!?」


起きた途端、何かに飛びつかれた僕は驚いて声を上げた。しかし、不思議と重くないし少し熱いくらいの体温が心地いい。


(この感触は・・・)


「―――イル?無事だったの?」


覆い被さっている青いお下げの女の子の肩を持ち上げ、僕はそう言った。そうして視界に入ってきたのはボタボタと大粒の涙を落とし、僕を見つめる双子の妹、イルだ。


「ぐすっ・・・、うぅ・・・!イルはぶじっ!あぶなかったのはカナタなの!・・・しんぱいしたんだからー! うわあぁんっ・・・!」


「うわわっ!ご、ごめんイル痛いっ! 痛いって!?」


泣きじゃくりながら小さな拳で僕の顔や肩やらをぽこぽこ叩くイル。どうやら凄く心配をかけてしまったようだ。


「ははっ!カナタの兄ちゃん、観念して受けろよな?・・・イルのやつ、めちゃくちゃ心配してたんだからな!オレは父ちゃん呼んでくるぜ!」


「アノン・・・、ありがとう・・・」


そう言って見慣れた寝室から出ていくアノンに僕は礼を口にした。一瞬しか見えなかったがアノンの顔には涙の痕が残っていたのを僕は確かに見たからだ。


「うぅっ・・・、カナタのバカァ・・・!」


そして僕の胸に引っ付いてまだ泣いているイルを見て僕は安堵の溜め息をついた。二人とも無事でここにいる、それが何より嬉しかった。


(・・・そういえばイルとアノンも目の色が青いんだ・・・、髪の色は違うけどなんとなくエリオドールさんを思い出す、かな・・・?)


必死に涙を手で擦っているイルの頭を撫でながら僕はそんな事を思った。


『大丈夫・・・?』


あれは果たして現実だったのだろうか。記憶に残る彼女はとても綺麗で優しく、それと同じくらい儚げで言いようの無い何かを胸に湛えているようだった。この世界が夢というなら彼女の存在もまた、夢のように朧げに思える。


(この町がエリオドールさんの夢の形ならエリオドールさんは一体、何を願ったんだろう・・・?)


そう考えていた僕の耳にアノンの元気な声が飛び込んでくる。


「おーいカナタ!父ちゃん連れてきたぞっ!?」


掛けられた声に顔を上げればそこには初めてこの部屋で会った時と同じ、優しげな中年の男性、エノールが柔らかい表情でこちらを見ていた。


「やあ、カナタ。目が覚めて良かったよ、二人を助けてくれてありがとう。本当に感謝している」


「あ、いえ・・・。ボクはただ必死だっただけで・・・。それに最後はエリ・・・、いや、結晶の魔女が・・・」


大人にここまで誠実に感謝される事が果たして今まであっただろうか。僕はむず痒い気持ちが込み上げ、エノールの顔を直視する事が出来なかった。


「どんな理由であれ、キミは命を懸けて二人を守ってくれた。結果が例え伴わなかったとしてもキミがそうしなければ結晶の魔女が来るまでにイルは結晶になり、アノンは殺されていたかもしれない。だからキミが謙遜する事など何も無いんだ。改めて・・・、本当にありがとう・・・!!」


「そんなボクは・・・、頭を上げてください!」


「カナタ照れんなよー!」


「アハハー♪照れるなカナター!」


慌てて立ち上がり、あたふたとする僕にアノン、そしていつの間にか泣き止んだイルまでもが野次を入れてくる。僕は初めての感情に嬉しいのやら、申し訳ないのやらでどうしていいか分からなかった。


「ふふ・・・、このくらいにしようか。カナタを困らせてしまうからね。さあご飯にしようか?」


「はい!お腹ペコペコです!」


僕に気を使ってくれたのだろう。あっさり頭を上げ、そう提案してくるエノールに僕は素直に従った。今も顔が火照って熱い。人慣れしていない僕に真っ直ぐな感謝や好意は些か刺激が強すぎるようだ。


そうして部屋を出ようとした時、アノンが僕に肩を軽くぶつけて小声でこう囁いた。


「カナタ、イルを助けてくれてホント、あんがとな」


それだけ言うとアノンはとっとと一人で階段を降りて行ってしまった。口は悪い癖になんて義理堅い兄なのだろうかと僕は後ろ姿にそんな事を思う。


「んー?カナタ、お兄ちゃんと何か話してたの?」


「あー、いや?何でもないよ?」


「そうなの?ふーん・・・」


どこか釈然としない顔をするイルの横顔を見て僕はクスリと小さく笑った。


(本当に無事で良かった・・・。それにしてもエリオドールさんの願いから生まれた町、か。てことはイルやアノン、エノールさんも・・・?何のためにこの町はあるんだろう?”幸せの町”ってのが何か関係あるのかな・・・?)


どうしてもエリオドールの言葉が脳裏から離れない。ましてや、特徴の似た双子を見ていると尚更だった。そんな事を考え、ボンヤリしていた僕を袖を引いたイルの言葉が一気に現実へと引き戻した。


「そういえばカナタ、町長さんがこのあとカナタに会いたいって言ってたよ?」


「ええっ・・・!? 町長さんがボクに!?」


・・・どうやらまだまだこの町は僕の事を驚かせ足りないらしかった。



〜♢〜


はい!毎度遅くなり、すいません!第9話です!

PV数伸びてないと悪いとこばっかり探してしまいますねー(笑)

それでも応援してくれたり、コメントしてくれる方もいるので自分のペースで物語を紡いでいこうと思います、ありがとう!!

・・・さて、次回からはよりこの町とカナタが密接に関わり、詳しい事情にも触れる予定です。戦いの場面もどんどん増えていくので楽しみにしていて下さい!

























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