Dream:7 夢追う少年は誰が為に剣を振るう

――――その時は突然に訪れた。

18歳のあくる日、僕は医者に余命を宣告された。

両親と幼なじみは酷く泣いていた。でも僕は泣く気にはなれなかった。むしろ逆だ。

ようやくこの人達に迷惑をかけることも、自分を憎むこともない・・・、そんな昏い喜びが僕の心の中では沸き起こっていたんだ・・・。



〜♢〜



『――――夢断ちの剣盾ソード・オブ・テスカトリオ・・・。それがキミの力の形だよ・・・!!』


僕の両手に握られた赤い持ち手から水色の光り輝くガラスのような物資で形成された剣と盾。それを声の主は夢断ちの剣盾ソード・オブ・テスカトリオと名付けた。


そんな大仰な名前を付ける代物かどうかは分からない。ただ、これが今の状況を打開し、あの双子を助ける力になるのなら何でも構わない。


「カナタァっ!?」


「カナタしんじゃうよぉっ!?」


双子が叫んでいるのが聞こえた。


(イル・・・、今助けるから待ってて?)


――――自分には助けられる力がある。そう声の主に言われた時から不思議と恐怖は消えていた。僕は恐怖と共に身体を結晶に包まれる少女の顔を思い浮かべると化け物へと全ての意識を集中した。


「キィィィアアアアアァァァッッ!!!!」


大きく裂けた口から女性の金切り声の様な声を挙げて向かってくる夢喰らいドリーム・イーター、木人形エンドール。こいつが死と恐怖をもたらす病魔だ。


「フゥッ・・・!」


僕は小さく息を吐くと迎え撃つようにエンドールの方へと駆けた。それを見たエンドールが鋭い腕を振り上げる!


ガァンッ!!


鈍い音がした。僕の盾がエンドールの斬撃を防いだ音。同時に肉を、骨を伝って剥き出しの狂気が心と身体へ刻まれる。


(―――いける。痺れるけど防げないほどの力じゃない・・・)


だが僕は左腕に走った衝撃の具合を冷静に確かめ、問題ない事を確認して下から上へ、右腕を振り上げた。


狙いはエンドールの今、盾で弾いた右腕。硬直しているヤツの右腕は格好の的だ。斬れると確信があった。そのやり方を身体が知っていた。


(・・・剣に力を注ぎ込む。あの夢魔とかいう化け物を切った時と同じだ・・・)


―――剣に意識を集中し、一閃。


ズバン!! と硬い物を切り裂いた音がする。やった。右腕を落とした。


「ギィィィィイイイアアアアアァァァァーーーッッッッ!!!??」


半狂乱のような金切り声で残った左腕を滅茶苦茶に振るう木人形。


「――――っ・・・!」


熱い。左肩を切られた。でも盾は上がる。問題ない。


「ハァッ!!」


今度は剣でもろに撃ち合う。ヤツの左腕さえ弾いてしまえばこちらの勝ちだ。


―――衝撃。剣越しに伝わってくるそれは、狂気か、憎しみか、破壊衝動か。本来なら獣じみたその迫力と凄味に心をやられてもおかしくは無いはずだ。


だが。


「―――ッ!!」


強く息を吸い込み、盾を真横へ殴り付けるように振った。エンドールの打ち下ろす左腕の軌道が外側へと逸れた。


(―――そうだ。怖いわけなんてない・・・。)


すかさず右の剣で一刀。強い意志を込めた斬撃は茶色く節くれ立った体皮ごと左腕を一刀両断する。


「イィィィィアアアァァァッッ!!!」


絶叫。ついに両腕を落とされたエンドールが狂ったように叫び、今度はその裂けた口を大きく開いて噛み付かんと迫る。


(―――ボクはもっと痛い事を知ってる。もっと苦しい事も・・・、辛い事も沢山・・・!!)


盾をヤツの顔へ押し付けるように大きく前へ。ガリガリと歯か、顔か分からない物が激しく押し付けられる感触があるが関係無い。


(――――来ると分かってる痛みにも・・・、あの悔やんだ顔も、痛々しい笑顔も・・・、それでも思い通りにならない僕の身体も・・・全部、全部・・・・・・!)


がら空きの胴体へ夢断ちの剣盾ソード・オブ・テスカトリオを振り下ろす。乾いた木を切るような感触が手から伝わってきた。


(ボクには為す術が無かった・・・。ただただ母さん達を・・・、クーコを苦しめてのうのうと死ぬのを待つだけだった・・・!!)


いつの間にか万力のように握り締めた右腕は滅茶苦茶にエンドールの身体を切り裂いていた。何度も、何度も――。歯を食いしばり過ぎて唇から血が滲むのも構わずに。


(――――でも、ここじゃ違うんだ・・・)


この世界では身体が動く。力がある。自分で行動し、選択する自由を行使するだけの力が・・・。ここが何処かとか、自分がどうなったかなんて細かい事はもはやどうでも良かった。


――――僕はずっと物語の主人公、英雄ヒーローに憧れていた。その理由とは・・・。


「―――ボクが!ボクの・・・! ボクだけの力で誰かの笑顔を守れるんだァァーーーッッッッ!!!!」


ズバァッ!!


渾身の一撃が胴体に叩き込まれる!滅多切りにされたエンドールは尚も抵抗をしようとしていたがその一撃で身体をビクンビクン、と激しく痙攣させた後、事切れて地面へと倒れた。


そう。ここでなら僕の願いは叶う。家族や幼なじみに再会する事は叶わないかも知れないけれど。・・・でも、救われない誰かを救う事は出来るかもしれないんだ。


(ボクの願い・・・、誰かを救う英雄ヒーローみたいに・・・)


「―――――っ!!」


「――――いよぉっ・・・!!」


心の奥の奥の方まで入り込むように自分の思考に溺れていた僕の耳に声が聞こえた。


(この声・・・、ああ、あの子達の声か・・・)


どうやら戦いと自分の思考に集中しすぎて聞こえていなかったらしい。二人の方を僕は振り替える。


「なんて・・・?・・・・・・うし、ろ?あぶない・・・?」


興奮のせいか、まだ僕は意識が内側に集中していて二人の声をきちんと拾えなかった。いや、あまり拾う気も無いのかもしれない。この没入している感覚が今は心地よく、ずっとこうしていたいと思うせいだろうか。


それでも二人の言う通り、指差す方向を振り向く。


「キキキキキキッッッッ!!!」


そこには嘲笑うような笑い声を漏らす長い髪のエンドールが立っていた。忘れもしない、あの血みどろで倒れていた女性が成り代わった夢喰らいドリーム・イーターだ。


「ああ・・・、追い付いてきたんだ?でも、キミも倒せばこの騒ぎも終わるよね?なら倒せば・・・、え!?」


と、前に出そうとした右足がカクン、と折れた。


「え・・・? は・・・!?」


膝が折れて地面に手を着く。立ち上がろうとしても足がガクガクと震えて力が入らない。


「な、なんで・・・!?」


身体の異変に気付き、自分の身体を見た僕の目に血に染まった薄緑色のジャケットが目に入る。よく見れば左肩から胸、左腕の方まで血が滲んでいる。


「こんなに血がなんで・・・、あっ!?」


(さっき切られた時の・・・!?)


先程、エンドールの滅茶苦茶な攻撃を左肩に食らったのを思い出す。あの時は分からなかったが思った以上に深く切られていたらしい。


「クソッ・・・、力が、入んない・・・!?」


「クキケケケケケケッッッッ!!!」


気味の悪い笑みと共に根のような足を蠢かせてエンドールが近付いてくる。その時、こっちに走ってくる足音が聞こえた。


「カナタッ! オレが助けるっ!!」


声に振り向けばアノンが僕の方へ全速力で走ってきているのが見えた。咄嗟に僕は叫ぶ。


「ダメだ来ちゃあっっ!!」


「な、なんでだよっ!?」


僕の剣幕にアノンは足を止めた。そんなアノンに僕はなるべく優しい声で語りかける。


「アノンが来てくれてもボクは動けない、・・・それにイルはどうするのさ?」


「うっ・・・それは・・・」


ちらりと後ろに目をやるアノン。その視線の先では腰の辺りまで青結晶に侵食され、四つん這いでこちらを悲痛な表情で見つめるイルの姿があった。


「でも・・・、カナタ・・・にいちゃんが・・・」


ここで兄ちゃんと呼んでくれるのか、と思わず僕はニヤケてしまう。兄弟がいなかったのだ。このくらい勘弁してもらいたい。


「大丈夫・・・、ボクは大丈夫だからアノンはイルと逃げて?ね・・・?」


「う・・・、カナタ、にいちゃん・・・!!」


アノンの顔が涙と鼻水でくしゃくしゃになる。それを見て思わず僕は、


(・・・そんなに泣いてくれたら嬉しくなっちゃうじゃん・・・)


と、暖かい気持ちになってしまった。我ながら勝手に喜んだり、怒ったり、暖かい気持ちになったり忙しい物だ、と呆れる。


―――だがそこへ容赦なく死の足音は近付いてきていた。


「クキキキキキッッッ!!」


すぐ頭の上で不気味に笑う声。


(ああ、死ぬんだボクは・・・。でも、死ぬ前に少しでも人の助けになったならそれもいいかな、なんて・・・ね)


一度落とした命。さほど恐怖は無かった。あとは最後の痛みに耐えるだけ。


――――そう思ったその時だ。


トン、と。


「え・・・?」


すぐ近くで軽やかに地面へ足を置く音がした。思わず見上げた僕の視界に白いブーツとフワリ、とはためくこれまた真っ白なマントが映り込む。


「アナタ・・・、無理をしすぎよ・・・」


降り掛かる少し低音だが心地良い音色の声。見上げるとそこにいたのは雪のように白磁の肌と白銀に空の色を映したような水色がかった美しく長い髪を伸ばす女の子だった。


(・・・なんて、キレイなんだ・・・)


僕よりもやや高いすらりとした身体を水色のワンピースドレスに身を包み、その上から白のケープマントを羽織っている。ハーフだろうか。彼女は形のいい、少々日本離れしたその顔をほとんど動かすことなく無表情で僕に言った。


「あとはワタシの仕事・・・」


髪の色に似た水色の瞳に僕は惹き込まれそうになりながらも無意識に口を開いていた。


「キ、キミは・・・!?」


そんな僕に背を向け、いつの間にか手に持っていた長い杖を振りかざし、マントを翻した少女は桜色の唇を動かし、呟いた。


「エリオドール・・・、青結晶の魔女よ」


そう言うなり彼女は杖をエンドールの方へと向けた。どうやら僕の命運はまだ尽きそうにないらしかった―――。



〜♢〜


無事、更新出来ました!第七話です♪

ついに本格的な戦闘シーン、しかも初の戦いです。

書いててとっても楽しかった♪

あとはこの描写と主人公の心の内が少しでも皆さんに理解してもらえたらな・・・と!


次回は月曜日に更新する予定です!!










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