Dream:5 幸せの町と異形の怪物
―――幼なじみの
ろくに子供らしい事も出来ない僕に高校に入ってからも変わらず接してくれたのだから。
そんな彼女が僕は大好きだった。
名前の通り、青空のように透き通る彼女の笑みを守りたいと思ったけど、いつも僕は彼女に悲しい笑みをさせていたんだ・・・。
〜♢〜
目に入る深紅の液体。どろりとした人の身体に通っているはずのそれがうつ伏せの女性の頭や腹、腕の辺りからとめどなく流れ出し、石畳を染めていく。
(――――女の人・・・、死んでるのか・・・!? まさか・・・)
あまりに衝撃的な光景に僕の身体は固まり、ドクドクと心臓が激しく脈打つ。本能的に今、起きている事を拒否しようとしているのが分かった。流れるそれはただの血糊でドッキリでした、と言われるのを期待している自分が心のどこかにいる。
だが、そんな僕の動揺は不意に引っ張られた袖の感触によって解かれた。
「え・・・、イル・・・?」
「カナタ・・・こわいよぉ・・・」
僕の袖を引いたのは恐怖で身体を震わせる双子の妹、イルだった。だが、僕はそのイルの表情に違和感を覚えていた。
(笑ってる・・・? いや、笑顔を作ろうとしてる、のかな?)
僕を見上げる彼女の顔は恐怖で真っ白くなり、涙目になっていた。しかし、不自然にその口元だけ口角を上げ、引きつったような笑顔を浮かべている。
「あ・・・はは・・・大丈夫、イルは・・・大丈夫だもん・・・」
まるで泣いたり、恐れる事を拒否しているかのようにイルは無理矢理に笑顔を作っているように見えた。
「そ、そうだぜ・・・! 大丈夫、だよなイル?・・・兄ちゃんもヘーキ、だぜ・・・?」
そしてその隣でアノンも歯を食いしばり、ガタガタと歯を鳴らしながらも必死に口角を上げていた。
(―――二人とも何してるんだ・・・?)
だがそんな違和感の正体を聞く前に周囲の人々の声が僕の耳に入り込んできた。
「ダメだ・・・、笑っていなければ・・・! 恐怖してはいけない・・・!!」
「そうだ!笑っていれば結晶の魔女様がきっと救ってくださる!」
「ええ、そうよ・・・。私達は幸せの町に生を受けた人間なんだもの!幸せを忘れなきゃ大丈夫よ!」
彼等、彼女等もまた笑っていた。恐怖や悲痛さを抑え込んだ引き攣った笑みを。血塗れの女性の存在が霞んでしまうほどにその光景は僕の目に異質な物として映った。
(――なんなんだ皆・・・、変じゃないか・・・?幸せの町って・・・・・・)
「イイイイイイィィィィィアアアァァァァァッッッッッ!!!!」
「な、なに!?」
突如、発された甲高い金切り声の様な声に僕はそちらを見る。視線の先にいたのは先程身体のあちこちから血を流し、倒れていた女性だ。
その女性がまるであやつり人形か何かのように両手を地面に着くことも無く、無造作に立ち上がったのだ。およそ生身の人間には無理な身体の動かし方で。
(いったい・・・これって・・・)
長い金髪を顔を覆うように垂らした女性は驚く僕の前で変化を始めた。それは変異とでもいうべきか。
みるみる髪の下に見える顔や袖口から覗く手の皮膚が茶色く染まり、ピシピシと音を立てて乾いた質感へと変化していく。
「・・・あれだ・・・!またあの化け物に変わるんだ・・・!!」
「逃げるんだみんなっ!!」
それを見ていた町の人達の行動は早かった。逃げろと言った人の言葉を皮切りに皆、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
だが僕は動く事が出来なかった。視線がみるみる姿を変えていく女性の方に釘付けになってしまう。恐ろしいのに、危険だと分かっているのに僕はその変化を最後まで眺めようとしていた。
そして美しい金髪は黒く変色して無造作に垂れ下がり、服は破け、その下から現れたのは女性の柔肌ではなく、木々を思わせるような茶色い体皮だった。
「なんだよこれ・・・!!」
垂れた髪の間から覗く裂けた口元。刃の様に伸びた両の腕。胴体と脚は境目を無くし、ただ一本の幹の様に伸び、地面に着く足元は放射状に茶色の体皮が根のように広がっている。
木人。最初に頭に浮かんだのはそんな言葉だった。
(死んだはずの人が・・・、木の化け物みたいな姿に・・・!!)
「キィィィィィアアアアアァァァァッッッッ!!!!!」
「うっ!? アノン! イル! 逃げようっ!!」
ゾワリ、と髪を逆立てた女性が両の刃の様な手を持ち上げて絶叫する。僕はそれを見た瞬間、身体に走った危機感に任せて二人の手を引き、走っていた。
生憎、既に町の人達は逃げていたので進行を妨げる物はない。走り始めれば走り慣れない自分よりもすばしっこい双子は難なく付いてきた。
「ハァッ・・・! ハァッ・・・!! ―――2人共、大丈夫!?」
本当は息が切れ切れで話すのなんて自殺行為なのは分かっていた。だがそれ以上に様子のおかしかった二人が僕は気がかりだった。するとアノンがボソリと口を開く。
「―――――オレの・・・、オレとイルの母ちゃんはアレにやられちまったんだ・・・」
「え!?それって・・・・・・」
それは僕が聞けなかった事でもあった。小さな双子が暮らしているのにそこに母親の姿がない。その違和感に気付きながらも聞くのが恐ろしくて飲み込んでいたのだ。
(――――もうお母さんはいなかったんだ・・・。なんで・・・、なんなんだ、あの化け物は・・・!?)
小さな子供達が母親を亡くしているという理不尽な事実に僕は胸が抉られるような痛みを覚えた。もちろん、それは現実の痛みでは無いけれど。
「う・・・ううっ・・・お・・・かあさんっ・・・」
「イル・・・。泣かないで? 今は逃げよう?」
「うぅ・・・、うん・・・ぐすっ・・・」
そして啜り泣くイルに気休めのような言葉しか掛けられない自分の無力さに僕は唇を噛み締めた。
(今はとにかく二人をエノールさんの所まで無事に帰さなきゃ・・・!今の僕に出来る最低限の事だ!)
恐怖を飲み込み、背後に化け物が迫っていないことを確認すると僕はアノンに道を教わりながら二人の家に向かって町の中を再び走り出した。
「兄ちゃん! こっちだよ!」
「うん! ハァ・・・、イル頑張って!」
「うん・・・」
走り始めてほんの二、三分だが体力が無いのと、化け物の恐怖からペースを考えず走っていたせいで息も絶え絶えで前に出す足は鉛のように重かった。
家を出たのが昼過ぎだったのか、既に薄紫色の空は夕焼けと混ざってワインレッドの色調となり、明るさを失い始めた町の様子と相まって不気味な感じがする。白壁に映る空の色が今の状況を現しているようだった。
「あ、カナタ!あそこに人がいる!」
そんな中、アノンが裏通りの前方を指差した。
「ホントだ・・・、どうしたんだろこんな時に??」
大人の男性のようだった。建物の影のせいで分かりにくいがシルエットは男性的で髪が短い。こちらに背を向け、壁を見つめて俯いていた。
(――ケガしてる?・・・それとも怖くて動けないのかな?騒ぎの事は知ってるはずだし)
「二人共、ここで待ってて?ボクが声を掛けてみるから」
「ん・・・わかった」
「あの人、だいじょうぶ・・・?」
「大丈夫だと思う、ちょっと待ってて?」
そう言うと僕は男性の方へ駆け寄った。二人を置いてきたのは万が一、男が恐怖で暴れたり大ケガをしていたら二人を余計に怖がらせてしまうと思ったからだ。
「あの・・・大丈夫ですか?」
数歩離れた所で男の背中に声を掛ける。だがそこで僕はふとある事に気付いた。
(ん・・・?この人、服を着てない・・・?)
影になって見づらいのだがシルエットから見える背中は丸く、服を着ているようには見えない。そういえばよく見てみれば手足の形も何か・・・
と、そこまで凝視していた所で男がゆっくりとこちらを振り向く。およそ人間らしくない、下半身から順に身体をこちらにくねらせるような動作で。
「キキキキキキ・・・・・・」
嘲笑うような声が漏れたのに気付き、僕は自分の勘違いに気が付いた。
「え、まさか・・・!?」
(人間じゃなくて、さっきの化け物と同じ・・・!?)
「カナタ危ねぇ!?」
「カナタっ!?」
異変に気付いた双子が声を上げる。だがその時には遅かった。鋭い刃のような両腕を振り上げ、裂けた口におぞましい笑みを浮かべる化け物が僕の方へと迫っていたのだ!
「うああああぁぁぁぁっっっ!!!??」
〜♢〜
はい、第5話!久しぶりの更新すみません(´・ω・`)
最近、ゴタゴタ続きで・・・。今日は久しぶりに一日フリーなのでしっかりストックを作っておきます!
さて突然現れた化け物。しかも人がその化け物に変化しているという・・・。窮地に陥った
読んでくれると嬉しいです♪
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