勝ちたいなら、戦え
カイナは格闘家、武道を
難しいことはわからないし、国や世界の命運を考えたことはない。
ただ、守りたいものがあった。
守れなかったし、それでもまだ守りたい。
我が身が欠けて
そんな彼が今、魔王オロチの前に拳を握れずにいた。
そして、友の声はそんな彼を
「カイナッ! 待たせたな。さあ、僕たちの……僕たち三人の旅を、終わらせるぞ」
その場の誰もが、振り返った。
そこには、
セルヴォだ。
戦場で皆を率いていた彼は、カイナを見て「ふむ」と割れた
居並ぶモンスターが皆、その姿に
目の前まで来て、セルヴォは意外な言葉を放った。
「……やれやれ、僕は、僕たちは……頼り過ぎていたな」
「セ、セルヴォ、その傷は。戦場は」
「――歯を食いしばれ、カイナァ!」
不意に、衝撃が突き抜けた。
カイナは、思い切り
それは弱々しく、振るうだけで命が
だが、カナイはその場に崩れ落ちた。
そして、目の前に手が差し伸べられる。
「目が覚めたか? カイナ。ああ、そうそう……僕たちは、勝った。魔王軍の主力は、散り散りに逃げて消え去った。僕たちレジスタンスの、勝ちだ」
「セルヴォ、俺は」
「戦争とは、明確な目的を定義し武力でそれを押し通す行為。カイナ、魔王オロチの戦争は終わったんだ。……だから、お前は僕たちと、お前だけの戦いを終わらせるんだよ」
信じられない言葉だった。
圧倒的な魔王軍の物量に対して、反魔王レジスタンスの残存兵力は数百人だった。
だが、どこかで信じていたし、信じたかった。
万事を尽くして、できることはすべてやった。
だからこそ、祈るように信じてこの場に来たのではないのか?
そこの想いが、セルヴォの手を取り立ち上がる。
ユウキの声も、そんなカイナの背を押した。
「そうだよっ、カイナ君っ! 大丈夫、わたしがついてる! カルディアさんの代わりにはなれないけど……わたしも必ず、最後まで一緒に戦うよっ!」
ユウキは、角をあしらったきらびやかなティアラを外して投げ捨てた。そのままドレスの
傍らでは、シエルも震える声を振り絞っていた。
「は、はは……大詰めだな、カイナ。君も覚悟を決め
「シエル、お前まで」
「俺は無力だ、君たちのような力はない。けど、君たちを支えることはできる。できると言わせてくれ……君たちの選択を、俺は支えたいんだ」
カイナの中へと、無数の熱量が入り込んでくる。
それは、心の奥で凍ってしまった闘志に火をつけた。
正論も駆け引きも、
正しさなど求めていないと気付いたし、全てを余さず拾って救うことなどできない。だが、カイナにはやりたいことがあった。貫き通すと決めた誓いがあった。
覚悟と決意を思い出したのだ。
「……魔王オロチ。過去の真実、今の魔族の現状はわかった。ならば俺は……それでも、守りたいもののために戦うッ!」
すぐに魔法を念じた。
その鋼鉄の右腕に、先ほどつけられた腕輪が輝き出す。
だが、構わずカイナは光の魔法陣を広げた。
カエデが目を見開き、震えながら叫んだ。
「ばっ、馬鹿な! 魔法は封じてある
構わずカイナは、魔力で収納した荷物を引っ張り出す。それを見もせず、次々とユウキへと投げつけた。
ユウキは、その全てを受け取り空中で身に着けていった。
そして、鉄壁の
「カイナ君、あの子を止めないと……これ以上、オロチ君に魔王をやらせちゃ駄目」
「ああ」
「セルヴォ君も、シエルも手伝って! 話し合いとか駆け引きとか、今は関係ないよ……そういう、
セルヴォが大きく
カイナも無言で
そして、強がり怯えるシエルの腕を握る。
その手首に光る腕輪を、鋼の右腕で粉砕して……冷たい義手から体温を伝える。
「カイナ、君は」
「力を貸してくれ、シエル。お前が、そしてみんなが必要だ。俺は……お前たちを守りたいから、戦う。魔王オロチを止めて、このユグドルナで明日も生きていく」
迷いは消えた。
カルディアの
そして不思議と、オロチへの共感が胸中に確かだ。
「オロチ、俺はお前と戦って、この拳でお前を止める」
「カ、カイナ、そんな……まだ、話は途中で。もっと、交渉を」
「断る。もう、お互いに大勢の人間を戦わせなくていいんだ。もう、それは終わった……勝敗じゃない、もう誰も……自分以外を戦わせなくていいんだ」
「ぼ、僕は、それじゃあ……僕には、無理だ。僕は、弱い。カイナのように強くはないんだ!」
「強くなければ戦えないのか? それは違う。それをまず、言葉ではなく拳で俺は語らう!」
ドン! と踏み締めた
今、カイナの心が澄み渡って風にそよぐ。
風が吹いていた。
その風を今、全身で表現する。
カイナの想いは言葉ではなく、五体の力と技に満ちていた。
「……僕は、弱いんだ。ずっと、なにもできなかった……魔族の封じられた過去を知っても、立ち上がるのがやっとだった」
「お前は立てた。それでも
「できないよ……だって、勝てない。僕が負けたら、もう魔族のみんなは」
「勝てるとわかっている戦いは、もう戦いではない。お前は確実な勝ちだけを拾って、それでいいと思うだけの男ではない
カイナの言葉に、ビクリ! とオロチは震えた。
そして、気付かうカエデをそっと手で制する。
彼は、また泣いていた。
泣きじゃくりながらも、涙が零れるままに顔をぐちゃぐちゃにして歩み出る。
そこには、先ほどまでの魔王の姿はなかった。
カイナと同じく、守りたいものを背負った少年の顔があった。
そう、思えた。
それは、カイナが強いからだ。
そして、弱い人間には戦いは辛く苦しく、勝利の見えない中では絶望にも等しい。
「オロチ様っ、
「いや、いいんだ……カエデ、僕は……僕にはまだ、手がある。策があるんだ。最後の手段、切り札がさ。それがあれば……君たちを、守れる」
「ま、まさか……お待ちください! いけませんっ!」
「僕は、魔族の未来を切り取ると誓ったんだ。どれだけ
涙と鼻水にまみれて、オロチが叫んだ。
それは、手負いの獣の
未来を選んで手を伸ばす、一人の少年の意思だ。
それをカイナもまた、己の意思で受け止め、ぶつけ合うことから逃げない。
ほかにやりかたを知らないし、誰かの犠牲で外堀を埋めるような対話はいらない。
弱いか強いかも、もう関係ない。
大切な仲間も、未来も明日も……戦わなければ守れない。
それは、周囲のモンスターたちにも空気で伝わった。
人の言葉を介さぬ多くの魔物が、そして亜人たちが……悟ったように
苦々しげに呟くカエデもまた、声色が熱く燃えていた。
「くっ、こんな……こんな愚かしいことって。だが、
カエデが声を張り上げ、前に出てくる。
彼女は、周囲で猛る魔物たちを
そして、魔王軍最強の
魔法で巨大な
「そう、ですね……もう一度、もう一度だけ……最後に、私はオロチ様を守る死神をやりましょう。――さあ、お前たちっ! あたしに続きな! 逃げる奴は殺す、無駄死にするやつも殺し殺すよ! 気張りな、いいね? 勇者たちをやっちまいな!」
王宮の中庭が、激闘の
四方八方から、地鳴りを響かせモンスターが襲い来る。
圧倒的な物量差、多勢に無勢だ。
だが、たった四人の勇者は誰もが笑みを浮かべていた。
望んだ戦いで、その先に待つものを共有するからこそ勝利を欲して求める。
その気持ちが満ちて、背を押す風を感じていた。
「決着をつける……ぬかるなよ、みんな! 握ったこの手に、この拳に! 俺は、俺たちは! 未来を必ず掴み取る!」
誰もが一斉に地を蹴った。
共に求めるものは、同じ。
平穏と平和、そして幸福だ。
それを探す中で、お互いに失い過ぎたから。
それでもまだ、守りたいものがあるからこそ、戦いを選ぶ。
今、ユグドルナの命運を賭けた最後の戦いが始まったのだった。
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