解き放て、血脈!穿ち貫け、未来!

 戦いの火蓋ひぶたは、切って落とされた。

 そして、カイナたちを光が包む。

 見れば、たけたかぶるモンスターたちの中で、魔王オロチが両手を広げていた。

 彼の回復の魔法が、カイナたちから疲れと痛みとを拭い去ってゆく。その気なら、今この瞬間カイナたちは死んでいた。オロチの魔法は究極の癒やし、それは時に生命の力を使い切らせることができる。


「オロチ、これは」

「ぼっ、僕は……臆病者だ。でも、卑怯者じゃないっ!」

「そうだ、お前は魔王、そして俺は……俺たちは勇者だ」

「こ、こいっ! 僕の本当の力を見せてやるっ!」


 カイナは地を蹴り、こぶしを握る。

 自然とのどの奥から、高揚する覇気が雄叫おたけびとなってほとばしった。

 ユウキやセルヴォ、シエルも後に続く。

 あっという間に四方八方から、モンスターの大軍が津波となって押し寄せた。


「みんなっ、押し負けるな! 数で割り込まれたら、そこで終わりだ。各個撃破、脚を止めずに一匹一匹丁寧に――ッ、ク!」


 あかい一撃が襲い来る。

 それを受け止めた右腕が、ギシリと小さくきしんだ。

 真っ逆さまに振り下ろされた大鎌デスサイズの向こうに、凍れる美貌が目を血走らせていた。

 カエデの瞳に燃える炎へと、カイナもまた熱い眼差しを注ぐ。

 すでにもう、言葉はいらなかった。


「お前はここで、倒すっ! この、あたしが! 今日こそ、この時、今こそ……お前たちの旅は終わりさね!」

「……そうだ、全て終わりにする。カエデ、お前の取り繕った戦いの仮面、俺が砕いて潰す!」

「言うねえ、人間っ!」

「魔族もまた、今はユグドルナの民! 俺もお前も人間だ、今はそれで十分だっ!」


 左の拳に氣を集めて、巨大な氣弾きだんを練り上げる。

 それを目の前に浮かべて、鋭い刃を手放しカイナは横回転した。足さばきが円運動の中で力を引き絞り、振り上げた蹴りに体重が乗る。

 そのままカイナは、氣弾を全力で蹴り飛ばした。

 回し蹴りで打ち出されたそれは、カエデへと吸い込まれてゆく。


「くっ、足癖あしくせの悪い! けどねえ!」

「今のを避けたか! だがっ!」


 白熱の中で、カイナの集中力が研ぎ澄まされてゆく。

 極限の興奮状態へと突入する中、自然と背中はいとしい気配を拾っていた。それはまるで、カイナが一人ではないと教えてくれるようだ。

 蹴り出した氣弾をギリギリで避けるや、大きく身をよじった反動でカエデが大鎌を引っこ抜く。その刃を逃してしまったカイナの、その前に鋼鉄の意思が舞い降りた。


「カイナ君は進んで! オロチ君を止めなきゃ。カエデの相手はわたしがするねっ」

「ユウキ」

「ユウキ、お前はあ! 召喚者であるオロチ様に、まだ逆らうのかい!」


 重々しいランスの一撃が、無数に飛来する刃の衝撃波を突き抜ける。

 そのままユウキは、カイナに代わってカエデを抑え込み始めた。

 かぶとで顔は見えないが、いつもの勝ち気な笑顔が頷いているのがわかる。だから、カイナは何も言わずに走り出した。

 雪崩なだれって襲い来る、モンスターの中を疾駆しっくする。

 何度か強撃きょうげきを見舞われ、その都度倒れそうになる自分を前へと押し出した。

 そして、魔法を広げるオロチの前に立つ。


「勝負だ、オロチッ! 俺が勝ったら、お前たちの未来は俺たちが預かる!」

「その逆もしかり、だよね? いいね、シンプルですっきりする」

「だが、約束しよう。絶対に、もう絶対に……今までのままでは終わらせない!」


 ギリリと握った右拳が、振りかぶられて疾風かぜになる。

 血の通わぬ冷たい鉄腕が、純粋な質量となって突き抜ける。

 だが、オロチは大規模な回復魔法を構築、術式を展開して励起れいきさせようとしていた。オロチを倒さねば、周囲で戦うモンスターは半永久的に体力を回復するだろう。

 そうなれば、消耗戦を強いられカイナたちは追い詰められる。

 あせりを胸に沈めて、カイナはオロチと冷静に対峙した。

 そして、意外な力の使い方に驚く。

 オロチは、強力な癒やしの力を全て……


「なにっ! あれは……自分の生命力を引き出すのか? それは燃え尽きる術、死ぬ気……では、ないな」

「そ、そうさ……僕は、回復魔法しか、上手く使え、ない。けど……僕の血に眠る、太古の力……オニの力、を……蘇らせることだって!」


 光を飲み込み、オロチのせた長身がのけぞる。

 彼は苦悶くもんの声を噛み殺しながら、全身を震わせ光そのものになった。

 そして、オロチが人の姿を捨て去った。

 細身のシルエットが霧散し、より強い輝きの中で膨れ上がってゆく。

 その姿は、王宮の中庭を占めるほどの巨体。

 おぞましい異形と化した、化物バケモノの姿がそこにはあった。


「……これがお前の切り札か、オロチ」


 カイナも、全身の肌が粟立あわだつ中で拳を構える。

 全身の毛穴が裏返るような、恐ろしいまでの震えが込み上げた。ともすれば、正気を失い逃げたくなる。今まで味わったことがないような、強烈なプレッシャーが注がれていた。

 目の前に、巨大な竜がいる。

 九つの首を持つ、多頭の竜だ。

 黄金の鱗が艶めいて、おぞましい絶叫が響き渡る。

 そして、背後ではユウキを振り切ったカエデが立ち尽くしていた。


「オロチ様……ついに忘却されし力……オニの力、クズリュウを使ったのですね」

「クズリュウ?」

「見よ、人間! これこそが我ら魔族の真の力! かつて地球を支配した、オニ、オーガの力だ! 勝負あったな、人間っ!」


 カエデを肩越しに振り返りつつ、それでもカイナは闘志を燃やした。

 魔族は強力な魔力を持ち、その父祖ふそは地球という土地に根付いた民だという。それが戦争でユグドルナに連れてこられ、多くが生贄いけにえとなって天界樹ユグドラシルに取り込まれた。

 神話の時代に忘れ去られた力を、オロチの魔法が呼び覚ましたのだった。

 勝ち誇るカエデの接近と同時に、周囲の魔物たちがときの声を叫ぶ。

 絶体絶命の中で、カイナは声が走るのを聴いた。


九頭竜クズリュウ! そっか、それで八岐大蛇ヤマタノオロチ……九つの首だから、マタは八つね。なるほどね! で、カエデッ! キミの相手は、わたしっ!」


 いかつい鎧姿が、周囲を蹴散けちらしカエデに迫った。

 その時にはもう、カイナも全神経を研ぎ澄まして腰を落としている。

 ユウキに背中を預けて、自分は目の前のクズリュウに集中する。

 そうはさせぬと刃を振るった、カエデの声が上ずった。


「突進馬鹿のユウキは、ここで倒す! ――な、なにっ!?」


 無敵の鎧が切り裂かれ、バラバラになって宙を舞った。

 だが、その中にユウキはいなかった。

 半裸で走る彼女は、低く低く……馳せる影のようにカエデへと密着する。その手はランスを捨てていたが、巨大な盾で体ごとカエデにブチ当たっていった。

 意表を突いたユウキの捨て身に、カエデが吹き飛ぶ。

 そして、異変が襲った。

 カイナの目の前で、クズリュウが全ての首をバラバラに振り乱したのだ。


「ユウキめ、やってくれる……オロチ様? なにを」


 様子がおかしい。

 クズリュウとなったオロチの牙は、容赦なくカエデを襲った。彼女だけではない、周囲のモンスターもろとも攻撃し、この王宮そのものを崩壊させつつあった。

 無差別の攻撃が周囲を乱れ飛び、巨躯きょくがどんどん全てを飲み込んでゆく。

 あっという間に、最終決戦の場が阿鼻叫喚あびきょうかん地獄絵図じごくえずと化した。

 カイナは落ち着いて、盾を捨てたユウキと背を庇い合う。

 頭上はもう、うごめくクズリュウの頭部が空を奪い合っていた。


「ユウキ、無事か? 鎧をおとりに……無茶をしたな」

「まーね! で、カイナ君っ! ちょっちまずいかも……オロチ君、もう自我が保ててない。魔族やモンスターたちもろとも、わたしたちを倒そうとしてる!」

「ならば、止める。止めてみせる」

「だねっ!」


 セルヴォやシエルも、乱戦の中から這い出て横に並んだ。

 セルヴォは剣を軽く振って、血糊ちのりをビシャリと地に捨てる。

 シエルは魔法で取り出したのか、無数の銃身バレルが束になった奇妙な機械ガトリングガンかついでいた。彼は華奢きゃしゃな乙女の容姿を裏切るように、それをクズリュウに向けて叫ぶ。


「俺が援護する、カイナッ! 突っ込め! セルヴォはユウキを守って……さあ、新発明のお披露目といこうか!」


 シエルが武器についたハンドルを回すと、無数の束ねられた銃身が回転を始めた。そして、低くくぐもるような音と共に、なまりつぶてが連続して吐き出される。

 それはあっという間に、黄金に輝くクズリュウの首を縫い上げた。

 もの凄い速さで、頭部の一つへと弾丸が叩き込まれる。

 途切れることなく、自動で装填される弾薬が撃発げきはつし続けていた。


「……そういうのはもっと、早く出してほしいだがな。よし、カイナ!」


 セルヴォも、眼鏡めがねの奥に決意の瞳を燃やしている。

 終わらせるための戦いを始めた、長い旅を続けた少年の眼差まなざしだ。

 そして、カイナもまた頷き走り出す。

 ユウキの瞳に背を押されて、そのままカイナは跳躍した。


「オロチッ! それがお前の戦いか……その力は力でしかない! お前の強さでは、断じてないっ!」


 八つに減ってしまった頭部が、そろってカイナを見上げる。

 真っ赤に開かれた口は、その奥から紅蓮ぐれん業火ごうかを解き放った。

 空中のカイナへ向けて、煌々こうこうと燃え盛る火球かきゅうが打ち出される。それをカイナは、身を捩って避けた。両足と左手とで、氣を放って自身を木の葉のように揺らめかせる。

 触れれば即死の獄炎ごくえんが、何度もカイナをかすめて飛び去った。

 そして、はるか頭上で大爆発が響く。

 誰もがその光景に、驚きの声をあげた。

 カイナには、それを見ている余裕はない。


「み、見ろっ! 空が……空が、割れた! 空の向こうに、夜空が! 星が!」

「天界樹の支えし天が、砕けた。そして、あれはなんだ?」

「星だ……あおみどりの星。デカいな……な、なんだろう、見ていると不思議と心が」


 それが地球だと、ユウキがつぶやいた。

 この騒ぎの中、彼女の声だけがはっきりと届いていた。

 カイナは真っ直ぐ、クズリュウめがけて飛び蹴りで急降下する。巨大になった分、狙わずとも当たる。それに、頭は九つでも、今は八つでも、

 神代かみよの時代より蘇った竜とて、生物であることに変わりはない。

 おぞましき巨体のどこかに、心の臓を始めとする弱点があるはずなのだ。


「魔王オロチッ! 全てを捨てて戦うお前に、敬意を表する。だが、自分を忘れては勝てない。力だけでは、俺の強さは砕けないッ!」


 全身全霊の蹴りが、深々とクズリュウに突き刺さる。

 黄金色こがねいろの鱗が宙を舞う中で、確かな手応えがあった。

 全ての首がバラバラに悲鳴を叫ぶ中で、激しい反撃が降ってくる。

 だが、胴体に肉薄したカイナはその中を走った。揺れる巨体の上を走って、降り注ぐ牙から逃げつつ、感覚を研ぎ澄ます。

 氣の力を練り上げながら、クズリュウの中に心音を探して拾った。

 そこへと向けて、荒れ狂うクズリュウの上を疾駆する。


「カイナッ!」


 セルヴォの叫びに、心で応える。


「カイナ! いけぇ!」


 シエルの言葉を、集束させた氣の中に練り込む。


「カイナ君っ!」


 そして、ユウキの声がたましいに触れてきた。

 カイナは、その声に触れていたい。

 手を握って、同じ歩調で歩きたいと感じていた。

 今、多くの「好き」の中で、ユウキの存在だけが一際鮮烈な輝きを放っていた。

 その想いを込めて、最後の一撃を鉄拳に凝縮する。

 咆哮ほうこうを連鎖させて暴れるクズリュウの、その胴体に心臓を見付けて拳を振り下ろす。


「これでっ!」


 ドン! と、右の打ち下ろしが甲殻を叩き割る。

 純粋なパワー、氣も魔法も通さぬ鋼鉄の義手が、クズリュウからまずは呼吸を奪った。

 苦しげに身悶える中でも、黄金の竜はカイナへと炎を放つ。

 自分ごとカイナを焼き尽くす、そのほのおは周囲にも広がっていた。

 だが、カイナは叩きつけた拳を開いて、そのてのひらを押し当てる。

 そして、ありったけの氣を込めた左拳を振り上げた。


「終わりだ! 終わらせるぞ、だから……そこから出てこいっ、オロチ!」


 鋼の掌の上へと、迷わずカイナは拳を叩き付けた。

 自分の義手を通して、発勁はっけい。凝縮された高密度の氣が、体内奥深くで脈動するクズリュウの心臓へと達した。

 同時に、衝撃の反動でカイナは吹き飛ばされる。

 終わらせ、られたか?

 その答えを今、抱きとめてくれるユウキのぬくもりだけが無言で教えてくれるのだった。

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