ACT.07「決戦、その先の未来へ」
第六天魔王を知る勇者
ユグドルナは変わってしまった。
そして、今は戦わなければ生き残れない。もう、誰もが知ったのだ。王も貴族も、魔王の軍勢からは自分たちを守ってくれないと。そして、銃があれば戦えるとも知った。
反魔王レジスタンスは、残る戦力の全てで決戦に打って出た。
それをカイナは、遠く山の
「気になるだろう? カイナ。ほら、これを使い
同行するシエルが、長い筒のようなものを渡してくる。
中を覗けば、遠くの景色が鮮明に見えた。どうやら
以前と同じ古戦場、平原で再び両軍は激突しようとしていた。
その規模は、ここから見るカイナにもはっきりと読み取れた。
「銃の
今も、魔王の軍には無数の旗が
コボルトたちが叩く
あの儀式が終わる時、魔物たちは津波となって押し寄せる。
対して、オラクルの街を背後に守って、セルヴォたちは少数での防衛戦を強いられるのだ。
だが、その事自体が
共にいてやりたいが、カイナは今は側を離れて、少数で魔王軍の背後を目指す。
「カイナ君っ、わたしにも見せてっ! わー、ちょっと心配……こうして
ユウキは
彼女がセルヴォに
この物量差をひっくり返すだけの力が、新しいライフル銃にはあるのだろうか。
シエルも
「見て、カイナ君。魔王軍が動き出した……始まるよっ」
ユウキが返してきた遠眼鏡を、再び目に当て平原を見下ろす。
その真横に密着して、ユウキは抱きついてきた。今はまだ鎧を着ていないから、むにゅりと柔らかな感触が道着の上から肌に浸透してくる。
思わず声が上ずるが、構わずユウキは
どうやら、カイナの横から戦いの様子を見たいらしい。
「お、おい、ユウキ。あまりくっつかれると」
「昔ね、わたしの国にもいたんだ……魔王が」
「チキュウのニホンとかいう土地だな?」
「そそ。その魔王は、鉄砲で日本の世界を変えたの。地球には魔法がないから、鉄砲は画期的な武器だったのね」
地鳴りが響いて、沸騰した空気の熱さがここまで伝わってくるようだ。
カイナは自然と、土煙を上げる行軍の中に
カエデは、リベンジを果たしたとは言え、一度はカイナを破った女だ。
今も、その時の横顔が脳裏を過る。
「いない、な……後方に控えているのか?」
「っと、ごめんカイナ君! こっちこっち、こっち見て」
「引っ張るなよ、どれ……む!」
銃声が響いた。
百丁のライフル銃が、一斉に火を吹いたのだ。
そう、百丁……三百のライフルと使い手とを、セルヴォは三つの隊に分けた。そして、それぞれを
これは全て、ユウキのアイディアらしい。
「日本の魔王はね、鉄砲が撃つ
「それが、あの妙な隊列か? あれでは、攻撃力は三分の一になってしまう」
「そだよ? でも、繰り返し途切れなく撃てる三分の一の方が、絶対に強い。銃は撃ったら、掃除と弾込めの時間が必要……つまり、射撃、掃除、装填の三つのサイクルなの」
「読めたぞ……それを繰り返し、最前列を交代させながら続ける訳か。二列目が装填、三列目が掃除をしている間に、一列目は常に撃ち続ける」
「そゆこと!」
一斉射で魔王軍は僅かにひるんだが、構わず突撃を続けている。
その最前線には、地鳴りを引き連れる大型のモンスターが無数に
だが、間髪入れずに二射目、三射目が放たれた。
そして、その
総力戦
セルヴォは、ユウキの教えをそのまま実行しているだけではない。列の交代は、同時に後退を兼ねている。魔王軍が押してくれば、その距離の分だけ下がる。撃った列は下がって、最後尾に回る、その分だけ距離を稼ぎ直しているのだ。
シエルも身を乗り出して、興奮を隠せない様子だ。
「よーし、よしよし! いいじゃないかあ、セルヴォ。少ない手勢でよくやってる」
魔王軍は数において優勢だが、無数の雑多な種族で構成された軍隊だ。ゴブリンやオーク、コボルトといった
その証拠に、銃の射撃が途切れぬことに気付いて、魔物たちは慌てふためいた。
今度は、三列でのサイクルを繰り返しながらセルヴォたちが前進する。
「……頭のいい男だったんだな、ユウキの国の魔王は」
「だね。でも、その
「そうか。だが、オロチにそういう配下はいないだろう。昨日のカエデを見ればわかる」
「うん。魔物たちは互いに仲が悪かったけど、オロチ君は誰もが慕ってた。オロチ君ね、こんなこと言うと変だけど……あの子、優しいのよ」
オロチは、迫害される魔族のために立ち上がった。そして、多くの魔物たちを従えている。彼はその魔力で、相手を問わず誰でも治療し、怪我や病気から救ってきたという。
見方を変えれば、彼は魔族とモンスターの
そして、人間はその敵という訳である。
「……やはり、妙だな。カエデはいないのか? 魔王軍が
「あっちが片付いちゃうと予定が狂っちゃうね。急ごうか、カイナ君!」
「ああ。シエル、そろそろ進もう」
シエルは手を振り戦場に叫んでいたが、名残惜しそうに双眼鏡をしまった。
カイナたち三人は、別働隊だ。
こうして魔王軍の主力が戦場に出ている間に、敵の拠点を急襲するのだ。
時間、そして速力が武器だ。
勝敗に関係なく、魔王軍が戻ってくれば、数では勝負にならない。だが、手薄な今ならば魔王の本拠地を衝ける筈である。
そのためにカイナたちは、平原を迂回して山越えをするのだ。
「いざ、王都……恐らく、オロチはそこにいる
既に王国の首都は陥落し、魔王軍の拠点となっている。
レジスタンスの中でも、
その犠牲に
例えそれが、魔族の中に第二第三のカルディアを生み出してしまっても……その喪失に打ちひしがれ、憎悪に燃える復讐鬼を生み出してしまってもだ。
カイナが歩き出せば、ユウキとシエルも続く。
その足取りは気負いもなく、交わす言葉も普段と変わらなかった。
「そういえばさ、シエル。ついてくるなんて意外なんだけど?」
「はっはっは、ユウキ。君の借金を思えば、当然じゃないかな」
「そ、そぉ?」
「だって君、いつかは故郷に……その、ニホンとかって場所に帰るんだろう? それは恐らく、魔王オロチが方法を知ってると見たが、どうだい?」
「お見通しかあ……ま、オロチ君がわたしを召喚したんだもの。当然よね」
そう、ユウキは異世界の人間……地球の日本から来た。
ならば、ことが済んだら帰るのが道理である。
そのことにカイナは、今更ながら気付いた。ユウキと、別れ離れになる。カイナは地球も日本も知らないし、どこにあるのかさえわからない。ユウキは星空の向こうだなどとうそぶいているが、それだけ遠いという意味だろう。
ふと、思わずカイナは立ち止まる。
「とっとっと、カイナ君? キミ、どしたの?」
「ユウキ、先に言っておく」
「ほへ? な、なにさ、改まって」
振り向けば、すぐ間近にユウキの顔があった。
しきりに
見詰めれば吸い込まれそうで、思わずゴクリと
「ユウキ、上手く言えないが……俺はお前が好きだ」
「って、ド直球!? ちょ、ちょっと、なによ突然っ! ……もぉ、そんなの……そんなの、知ってるし。とっくにだしぃ」
「戦いが終わっても、お前と一緒にいたいんだ」
「……うん。それは、わたしも思う、けど」
「今はそれだけ言っておく。続きは必ず、魔王を倒して生き残ってから話そう」
「そだね。うん、ありがと。もー、いつもカイナ君はストレートだなあ」
ニフフとユウキが笑った。
彼女の笑顔が、不思議とカイナは落ち着くのだ。
今まで、自分の中でこんなにも大きく膨らんだ感情はなかった。セルヴォやカルディアとも違う、それは好きという感情なのに大きさが段違いなのだ。
そして、形や温度、柔らかさが異なっているということがまだわからない。
カイナは鈍感な
そこに、しまらない笑みでシエルが語りかけてくる。
「なあ、カイナ! 俺はどうかな? 俺は君のこと、好ましいと思うけど。つまり、好きってことなんだがね」
「ん? ああ、シエル。お前にも感謝しているぞ。俺もお前のことが好きだ」
「やたっ! はは、本当にカイナは素直で裏表がないなあ」
だが、ユウキは不意に「むーっ!」と頬を膨らませた。そしてそのまま、
カイナには今、どうしてユウキが不機嫌になったのかが理解できなかった。
またあの笑顔が見たい。
笑顔でいてほしい。
そう思って追いかける。
その背は、シエルのいかにも愉快そうな声を聴いていた。
「君たちについてけば、面白いものが見られるからね。それに、俺の発明だって役に立つ筈さ。そうだろう、カイナ? ユウキもさ」
「知らないよ、もぉ! あとキミね、カイナ君! そういうとこ、本当にそういうとこなんだからね!」
「ま、待ってくれ! 今、どうして怒ってるんだ。教えてくれ、俺にはわからない」
プンスカと強い歩調で、ユウキが歩く。
じゃれつくようなシエルを連れて、カイナも首を捻りながら後に続いた。
戦場からはまだ、ユグドルナの明日を賭けた戦いが今も鳴り響いているのだった。
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