大義の旗と、誓いの覚悟と
魔王オロチは、配下のカエデを連れて去った。
それを今は、幸運だったとカイナは心に結ぶ。
魔族の王を名乗るだけあって、オロチの魔力は
カルディアを失った戦いが、自然と思い出される。
魔王オロチは、まだカイナたちの知らない攻撃手段を持っている。それは、術者として魔法に長けたカルディアから、いとも簡単に命を奪ったのだ。
「カイナさんっ! これ、どうぞ。熱いですから、気をつけてくださいっ」
ふと声がして、カイナは思考に沈んでいた自分を肉体に呼び戻した。
重傷者に関しても、シエルが
魔法ではなく、科学的な薬学での手当て、医術に皆が驚いていた。
だが、情勢は極めて深刻だ。
カイナはレジスタンスの本部に戻って、皆と今後を協議する場にいた。
「ありがとう」
「お礼を言うのは私のほうですっ! また、カイナさんに助けられました」
例の姉妹の、姉の方だ。
彼女はそばかすの浮かんだ表情をクシャクシャにして笑う。
そして、感謝の言葉にカイナも同じ想いを返した。
「いや、俺も礼が言いたかった。俺の代わりに、セルヴォを守ってくれてありがとう」
「そ、そんなっ! 結局私ごと、カイナさんはセルヴォさんを救ったんです」
「それは、俺がいない間にお前が頑張ってくれたからだろう。感謝している」
カイナが頭を下げると、少女はアワワと口ごもった。
真っ赤になって、慌ててカイナにマグカップを握らせるや、走り去ってしまう。その背を見送り、フムとカイナは
やはり、年頃の乙女にはわからないことが沢山ある。
ふるさとのサワもそうだが、好きな人間は皆、カイナの気持ちに対して
そんなカイナの心境を、執務室の机に
「カイナ、お前は……変わらないな」
「ん? なにがだ。いや、俺は変わったぞ。以前より強くなった」
「そういう話をしてるんじゃない。まったく……その様子では気付いてないな?」
「いや、知ってるさ。理解が遅かったが、遅過ぎはしない」
カイナは熱い茶に口をつけて、
そして、ほのかな苦味と共に熱を体内へ招いて溜め息を
改めて、自分がいるべき場所を実感している。
ここから進む、その先を見定めることから始めたい。
そんなカイナに、やれやれとセルヴォは肩を
「お前は昔からそうだな。カルディアも難儀なことだっただろう」
「な、なんの話だ?」
「いや、いい。カイナ……ありがとう。また、俺と共に戦ってくれるか?」
「
「さしあたって、レジスタンスの全戦力を再編成する。思い知ったよ、僕は、銃の威力を過信していた。見事な失態を演じてしまった訳だが」
クイと
「なにはともあれ、まずは今後の指針を話し合おう。それに、僕も戦い方を改める。今のままでは……僕はカルディアの
「そうだな。お前は少し焦り過ぎた。仲間は
「耳が痛いな。さしあたっては……まず、魔王オロチのことをもっと知るべきだ。そうだろう? ユウキ」
不意に執務室のドアがノックされ、返事も待たずに一人の少女が現れる。
それは、
ちょっとしたワンピースみたいだが、サイズが大き過ぎて肩から今にも滑り落ちそうだ。そして、あられもなく露出した胸元や鎖骨の辺りが、熱い湯の温もりを吸ってほのかに
「お待たせー、なんの話してたの? あ、わたしは冷たいものがいいなあ」
「わかった、なにか
「やた、ラッキー! って、セルヴォ君、ちょっと雰囲気変わった?」
「変わらざるをえないさ。僕は戦いの中で戦いを見失っていた。
セルヴォは部屋のドアを開けて、廊下の誰かを掴まえるなり飲み物を頼む。
そして、再びユウキに向き直った。
「すまなかった、ユウキ。僕は
「んー、ちょっとちょっと! それ、褒めてる? なんか微妙だよぉ」
「
「えー、どうしよっかなー?」
そうは言いつつ、ユウキは嫌な顔をしていない。
その証拠に、ちらりと視線をカイナへ走らせ無言で後押しをねだってきた。
だから、カイナは黙って大きく
「ま、いいよ? わたしもオロチ君は絶対に止めたいし。そのために、みんなに力を貸してほしいの。また、一緒に戦おうよ」
「助かる。ありがとう、ユウキ」
「なんか、らしくないなあ。セルヴォ君ってそゆキャラだっけ? ふふ、でも、いいよ。凄く、いい。ねっ、カイナ君?」
ようやくセルヴォは、一緒に旅していた頃の彼に戻ってくれた。ユズルユ村のわんぱくトリオの、頼れる参謀役にして知恵袋、思慮深く冷静なーダーの姿がそこにはあった。
あの日の三人はもう、二度と三人にはなれない。
でも、この喪失感を見知らぬ誰に味あわせてはいけないのだ。
「ユウキ、改めてよろしく頼む。俺がお前を必ず守る……今度こそ、守りたいものを全て守る」
「またまたー、真顔で言ってくれちゃって。……んもぉ、直視できないじゃん」
耳まで真っ赤になって、何故かユウキは目を
だが、溜め息一つで気持ちを切り替えると、自分が知りうる限りのことを話し始める。
「もう知ってると思うけど、わたしはこのユグドルナの人間じゃないんだ。地球の日本ってとこから来たんだけど、まあそれは置いといて……オロチ君のことと、魔族のことね」
魔王オロチの挙兵は、このユグドルナを長らく治めてきた支配体制を滅ぼした。既にもう、王家の威光は失墜し、貴族たちによる統治は過去のものになりつつある。
そのことで、オロチはなにかを得たのだろうか?
彼に目的があるとすれば、達成されたのだろうか。
その答はもう、カイナやセルヴォにも心当たりがあった。
「カエデは聖戦と言っていた。つまり、オロチにはオロチの大義名分がある。とすれば、それは一つしかないだろうな」
「カイナ君、そゆこと! 彼は、
想像だに難くない。
そして、はいそうですかと許すこともできないだろう。
話が核心に迫る中、不意にドアが開かれた。
同時に、ユウキに冷たい水の入ったボトルが放られる。
そこには、疲れた顔をしたシエルの姿があった。
「水分補給だ、飲み
「わっ、とと、とっとっと……えー、お金取るの?」
「払えるレベルでしか要求しないから、安心してほしいな。で、魔王オロチの話だね?」
シエルは、血に汚れたエプロンを外して
そして、魔法で収納されたなにかを取り出した。
それは、銃だ。
長い銃身のマスケット銃だが、皆が使っている物とは少しだけ意匠が異なる。
「さっき、君たちも見ただろう? もの凄い魔力量だ。あれなら、かつては天の星すら落としたと言われる
「うわ、隕石落とし的な? そういうの、あるんだ……」
「ただ、俺が知る限りでは、オロチはそうした
入念に銃を点検してから、それをシエルはセルヴォに突き出した。
受け取ったセルヴォが、
「新しい銃か? 少し重いな。だが、従来のものとあまり変わらないようだが」
「今の俺が持ち歩いてる数は三百丁しかない。銃口を覗いて見給えよ」
言われるままにバレルの中を覗き見て、ハッとした表情でセルヴォは固まった。
「内側になにか彫ってあるが……なるほど、これは」
「わかるかい? それは
「この工作の精度、大変じゃないのか? 手がかかってる印象だが」
「いやもう、大変なんてもんじゃないよ。量産するには、もっと大きな機械と工房が必要だね。さて、セルヴォ……反魔王レジスタンスのリーダーとして、いくらなら買う?」
そして、セルヴォは表情一つ変えずに「言い値で買おう」と即決した。
「まいどあり、威力も射程も1.5倍はよくなってるからさ。今ある三百丁、全部売った」
「動ける者たちは以前より少なくなっている。だが、三百人なら集められそうだ。……決戦を挑むぞ、僕は。みんなも、頼む」
カイナも異論はない。
魔族の王として、オロチには戦う理由がある。
同時に、カイナにも
ユウキも、満面の笑みで快諾してくれた。
「とりあえず、シエルは発明品だけは一流だからね。で、セルヴォ君……ちょっち提案なんだけど」
「ん? なんだい、ユウキ。脳の筋肉をあまり酷使すると、知恵熱が出るが」
「誰が脳筋かってーの! いいからちょっと、耳貸して。ゴニョニョ、ゴニョゴニョ――」
「――ほう? 興味深いな。なるほど、そういう手があったか」
「そゆこと。んじゃ、あとの細かいことは男の子同士でよろしく。わたし、ちょっと鎧を洗わないと。返り血でべっとりだし、綺麗にしないとね」
そう言って、勝ち気な笑みを浮かべてユウキは去ってゆく。
その背を見送るカイナは、彼女の
今のユウキは、少し無理をしているように思える。
呼び止めようと思ったが、出てゆく彼女は少しだけ脚を止めた。
「わたし、さ……本当はオロチ君を命がけででも、止めなきゃいけなかったんだと思う。そのチャンスを逃しちゃってさ。わたしのミスなんだよね……カルディアさんも、カイナ君の右腕も」
肩越しに振り返って、ユウキは「ゴメンね、ほんっ! とに! ゴメン!」と笑った。
そうして、湿っぽい空気を
そんな彼女の笑顔が、不思議とカイナの胸を締め付ける。
言葉にできない想いがまたしても、胸中に広がり鼓動を高鳴らせるのだった。
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