激闘、そして降臨
目の前に今、
魔族特有の青白い肌に、
以前、カイナはこの女に敗北した。
だが、今は全く怖くない。
「魔王オロチ様の聖戦を妨げる、レジスタンスねえ……ふふっ、今度は腕だけじゃすまないわよぉん?」
真っ赤な
だが、カイナは意に返さず身構えた。
「
「あらやだ、
「できるもんならやってみろ。以前の俺と同じだと思わないことだな」
真っ直ぐ
背後ではセルヴォも両手で剣を構えていた。
それは、カイナが鉄腕を振り抜くのと同時だった。僅かに空気を揺るがすさざなみは、女が振るう武器の余波。それを刃ごと受け止め、カイナはその手に握り締める。
速度と重量とが乗った、強烈な一撃だった。
だが、その威力を完全にカイナは握り潰した。
大鎌を横一文字に振るった女が、
「ハッ! あたしの一撃を止めるのかいっ!」
「この手は
「面白いねえ! なら、踊らせてやるわっ!」
「お前のような女とダンスする趣味はない。踊りたければ一人で踊れっ!」
鋭い刃を、渾身の力を込めて掴む。
さらにその手に力を込めると、
既に周囲のモンスターたちは、二人が向き合う中で生まれる重苦しい空気に、まるで窒息を恐れるように後ずさっていた。
「こいつっ、あたしの大事な
「そうか、大事か……なら、家に飾っておくんだな!」
渾身の力で、グイとカイナが大鎌を引っ張る。
引きちぎるように、パワーに任せて女ごと宙へと放り投げた。
すかさずセルヴォが、さらにその上へと
カイナもまた、全身の筋肉を捩って天へと蹴り上げを放った。
瞬速の剣と、蹴りによる氣斬での
先程の
「人間っ! このあたしに……カエデ様によくもっ!」
「すまん、カイナ。外した」
「気にするな、次で終わりにする」
「ちょっと! あたしの話を聞きなさいよっ!」
以前は、不規則な大鎌の
気がついたら、右腕が切り落とされていたのだ。
それに気付いて、地面に落ちた腕を見てから、激しい痛みが熱く襲ってきた。さらに遅れて、大量の血が流れ出したのを覚えている。
だが、今ははっきりと敵の動きが……カエデの攻撃が見えた。
視界の外からリーチを活かして伸びる攻撃も、肌で感じられる。
右腕を失い、
「俺の名は、カイナ。そしてこいつは友のセルヴォ。お前を倒す勇者の名だ」
「おい待て、カイナ。僕はいい、こいつはお前に
「そうか? では、遠慮なくやらせてもらうっ!」
セルヴォが剣を鞘に収めたことで、カエデの怒りは爆発した。
先程にもまして暴力的なスピードが、あっさりとカイナの動体視力を振り切る。目で追えぬ速さは、残像を周囲に振りまき殺意で圧してきた。
「この、クソガキ共ぉ! あたしを
「いや、これでも真剣だ。真面目にお前を倒したいと思っている。そう、会いたかったぞ……あの日の
ほぼ同時に、四方向から真空波が襲ってきた。風の
そのまま屈むように、全力で大地へと拳を叩きつけた。
足元が崩れて、物理的な破壊力に岩盤がめくれ上がる。
天然の
「ほらほら、動きが止まってるよ! 死ぬねえ、死ぬよ! あんた、刈られてしまうんだよぉ!」
激しい衝撃が襲う中で、カイナは目を
自分が造ったクレーターの中央で、視界をぐるりと岩の
瞳を閉じて、静かに気配を探す。
額の奥にゆっくりと、
「見えたっ、そこだ!」
左の拳に氣を巡らし、それを練り上げる。
見えぬ敵を感じて今、カイナは遠当てを繰り出した。振り抜いた拳が、空間を超えた遠くへと氣の塊を現出させる。
高速でこちらへ攻撃を向けようとしていたカエデは、短い悲鳴と共に吹き飛んだ。
突然、目の前に見えぬ障壁を置かれたようなものだ。
そして、その声を耳で察知しカイナが地を蹴る。
「ば、馬鹿なっ! あたしのスピードを
「命までは取らんが、少し話を聞かせてもらうっ!」
空からカエデを見下ろし、カイナは飛び蹴りを見舞った。
鋭く突き出す蹴り足が、防御のためにかざされた大鎌をへし折る。そのまま、カエデの胴体を
ようやく勢いが尽きて止まった時、カエデは動かなくなっていた。
だが、まだ血走る目でカイナを睨んでくる。
「お前の負けだ、カエデ。借りは返したぞ」
「ば、馬鹿な……あたしが、負けた?」
「ああ、俺の勝ちだ。少し魔王について、話してもらうぞ」
「くっ、誰が! 見くびらないでおくれよ! オロチ様のためなら、あたしは死んでも構わないんだ!」
「殺しはしない。俺は、魔王とは違う。お前だって、殺したい訳じゃない」
意外な言葉に、カエデは目を丸くした。
完全に戦意をくじいたところで、近付くセルヴォの頷きに促されて……ゆっくりとカイナは言葉を選ぶ。
「魔王オロチとは、何者だ。俺たちが旅をしていたあの時期……カルディアを殺したあの技は、なんだ。そして何が目的で
「……質問は一つずつにしておくれよ」
「そうか、じゃあまずはこの
自分でも、
そして、次の瞬間にはカエデは笑いだしていた。
「プッ、ハハハッ! なんだい、あの小娘……まだ生きてるのかい?」
「ああ。絶対に死なせないさ。この俺がな」
「あいつはねえ、このユグドルナの人間じゃない。オロチ様が召喚した、あたしたち魔族の救世主だったんだ。……その、
以前、ユウキも言っていた。
彼女は異なる世界から、オロチによってこのユグドルナに召喚されたのだ。
そして、魔族の期待した人物ではなかったために、追放された。
右も左もわからぬこのユグドルナに、なんの後ろ盾もなく放り出されたのである。
シエルとの出会いや、レジスタンスへの参加は
「ユウキはオロチを止めると言っている」
「オロチ様を? どうして?」
「彼女なりに責任を感じているのだろう。なら、どうだ? 魔王とて、魔族とて心もあれば涙も出る。同じユグドルナの人として、話し合う余地は見いだせないだろうか」
「……なっ、なにを
カイナは本気だし、黙って見守るセルヴォも言葉を挟んでこなかった。
ユズルユ村では、魔族の親子を
だが、カイナの言葉に返事はなかった。
突如として黒い風が吹き荒れる。
猛烈な強風に思わず、カイナは手で目を
そして、指の間から漆黒の影を見る。
「なっ――お前はっ!」
気付けば、一人の少年がカエデを両腕で抱え上げていた。
接近に全く気付かなかった。
黒いマントを
背後で剣を抜いて、セルヴォが静かに怒りを燃やす。
「魔王
そう、魔王オロチだ。
カイナとセルヴォにとって、かけがえのない存在だった少女……
そして、思い出す。
あの時、カルディアを殺したオロチは泣いていた。
今のように、溢れ出る涙も拭わず泣いていたのである。
彼の胸の中で、苦しげにカエデが
「ごめんなさい、オロチ様。私、負けちゃいました。オロチ様の、右腕……前線を預かる、者と、して」
「……気にしてなんかいないよ、カエデ。痛かったろうに」
「私は、大丈夫、です。ふ、ふふ……私は、紅き死神……オロチ、様の」
「いつもの君の方が、やっぱりいいね。戦ってる自分を演じてるより、ずっと素敵さ。さあ、傷を
オロチはその場に屈んで背を向けた。
そして、温かな光が周へと広がってゆく。
回復魔法、それもとんでもなく高レベルの
カイナやセルヴォの魔力は人並みだし、カルディアくらいしかできない芸当だ。
あっという間に、カエデは自分で立てるようになるまで回復してしまった。
そんな彼女の細い腰を抱き寄せ、ゆっくりと立ったオロチが振り返る。
「……旅の勇者、だったよね? 今は、レジスタンスか」
「オロチ様っ、もう大丈夫ですわ! 私が……あたしがここは!」
「いや、戻ろう。カエデ、そのキャラには無理があるし、君に無理をさせ過ぎた」
「で、でも、オロチ様っ!」
「ここは退こう。人間の勇者よ……僕は決めたんだ。このユグドルナに、魔族の居場所を作るってね。そのためなら、血も涙もいとわない」
強い言葉だった。
そして、そんな彼を呼び止める声が響く。
「待って、オロチ君っ! わたしの話を聞いてっ!」
周囲で魔物たちが逃げ惑う中、ユウキが駆けてくる。
だが、その姿を
辺りを薙ぎ払う突風が逆巻き、あっという間にオロチの姿は見えなくなってしまうのだった。
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