この手は皆のために
カイナは馬を駆って疾走する。
すぐにオラクルの街を出て、小一時間……
皆、傷付いた身体を引きずるようにして歩いている。
時々彼らから情報を拾いつつ、カイナは
「カイナッ、もうすぐだと思う。
カイナの背にへばりついて、耳元でシエルが叫ぶ。
肩越しに振り返ると、シエルの後ろには別の馬を走らせるユウキの姿がある。
「もうすぐ古い
「だとすると、そのセルヴォとやらはそこに
「ああ、奴ならそうする」
多分、セルヴォはそこに少人数で立てこもっている。地の利を
そして、そこに自分の生還という選択肢を入れていない。
最後には砦に残った人員も逃して、一人で戦い続けるだろう。
「本当に無器用な男だ。この俺が言うのだから、相当なものさ」
「なんだい? カイナ、なにか言ったかい?」
「いや、独り言だ。むっ、見えた! しっかり掴まってろ、シエル!」
最後の鞭を入れて、カイナは目の前に広がる光景へと飛び込んだ。
そして、周囲を囲まれた古い砦が見えてくる。
そこにはレジスタンスの旗が風になびいいていた。
どうやらまだ、かろうじて組織的な抵抗が続いているらしい。
横に並んだユウキが、
「カイナ君はシエルと砦へ! 周囲の雑魚はわたしに任せて!」
「ああ、頼む!」
「それと、
ユウキは今、下半身にしか例の鎧を身に着けていない。背には
ユウキは、
上半身はシャツすら身に着けていない、胸元を隠すインナーだけの半裸である。
「はいはーい、どいてどいてーっ! キミたち、雑にざっくり
ゴブリンやコボルトたちは、残党狩りの掃討戦に移ったとこなのだろう。レジスタンスの者たちが捨てて逃げた荷物を
そこに、全速力でユウキが突っ込む。
あっという間に、長大なランスが無数の敵を吹き飛ばした。
そのまま
「受け取れっ、ユウキ!」
「ありがと、カイナ君っ!」
ほのかに光る魔法陣が、大きく丸く口を開ける。
中からカイナは、残りの鎧のパーツを全て放り投げた。
その頃にはもう、ユウキは馬を降りて盾を手に取っている。彼女は放物線を描く重金属の防具を、その一つ一つを目で追いつつ走り出した。
その前方に、おぞましい
背中でシエルが息を飲む気配を感じたが、構わずカイナは全力疾走でその横を駆け抜けた。
「あれは、サイクロプス! あんな大型のモンスターまで」
「黙ってろ、シエル! 舌を噛むぞ!」
「うわわっ! カイナ! ら、乱暴だよ、もっと優しく!」
「なりふり構ってなどいられるかっ!」
ユウキは、地面に散らばる鎧を拾いつつ、一つ目の巨人と戦い始めた。その姿は見ていてハラハラする反面、常軌を逸した神速の妙技に目を奪われそうになる。
そして、戦う乙女は徐々に鎧の中へ自分を凝縮していった。
そこには、堅牢堅固な装甲を持つ
その場で残りの防具を装着して、ユウキの表情がフルヘルムの奥へと消える。
荒れ狂う竜巻のように、その全身から
「大丈夫、だな。サイクロプス程度では、ユウキは止められん」
「へえ、わかるのかい? カイナ」
「わかるというか、そう感じる。危なっかしく見えてても、ユウキの力は本物だからな」
「ほほー、ふむふむ。……なるほどね、フフフ」
「なんだ、シエル? なにかおかしかったか?」
「いや? おかしくはないが、面白いね。実に面白い」
シエルが、意味深にニマニマと笑っている。
その真意がわからないまま、カイナは砦へと突っ込んだ。
既にもう、城門は破られている。そこにバリケードを積み上げて、内側から銃での応戦が続いていた。だが、それも風前の灯のように見える。
押し寄せるモンスターたちも、最後の防衛線も、
「全員、無事か! セルヴォ、セルヴォは!」
皆、絶望感に耐えてよく抵抗していた。その顔に疲労が色濃くとも、まだ目は誰も死んでいない。多数の怪我人が出ているようだが、誰もがまだ武器を手に戦っていた。
その中に、以前会った姉妹の片割れである少女を見つけた。
「あっ、あなたは……えっ、カイナさん!? どうしてここに……その腕っ!」
「ん、ああ、お前は。よかった、無事なんだな?」
「は、はい。でも」
「右腕だ」
「は?」
「俺の新しい右腕、そして……俺が、俺自身があいつの右腕なんだ」
「……は、はいっ! セルヴォさんは上で指揮を取ってます!」
カイナがシエルを降ろしてやると、彼はスカートを
そして、懐かしい声にカイナは振り返る。
「お前……カイナか? どうしてだ、
そこには、以前と変わらぬ冷静な男の姿があった。
この苦境の中で、取り乱す様子もない。
真っ直ぐ見詰めてくるセルヴォを、カイナもまた真っ直ぐ
永遠にも思える一瞬で、一本の線に
対して、セルヴォは今しがた降りてきた階段を見上げて叫んだ。
「ここはもういい! 全員、退却の準備だ。僕が残る。……それよりカイナ、その手は――」
「セルヴォ……歯ぁ、食いしばれっ!」
左手を握る。
そのままカイナは、セルヴォを力の限りブン殴った。
カイナは大きく長く息を吐き出し、駆け寄って右手を差し出した。
「掴まれ、立てるな? ……もう大丈夫だ、セルヴォ。お前の馬鹿を止めに来た」
「カイナ、その手は」
「俺の、俺たちの右腕だ。俺はまた戦える。守らせてくれ、お前を……なにより、カルディアとの約束を守らせてくれ」
引っ張り上げて立たせても、鋼の腕は体温も触感も伝えてこない。だが、握り返してくるセルヴォの力に、まだまだ戦う意思が宿っていることだけは感じられた。
「随分と手荒い挨拶だな、カイナ。ありがとう、助かる」
「目は覚めたようだな。故郷で過ごす中で、ずっと考えていた。あの時、俺はお前を殴ってでもレジスタンスに留まるべきだったんだ。あの時、こうしていれば」
「それでは、お前が死ぬ。……もう、誰にも死んでほしくないんだ、僕は」
「自分はその中に入っていないのか? お前らしいな、セルヴォ。さあ、まずは退いて立て直すぞ。この砦はもう持たん、放棄だ」
「仲間は全て逃がすことができた。だが、誰かが
「それは俺の仕事だ。俺に任せろ」
セルヴォに
そして、カイナは広げた右の
眩い光を頭上に掲げて、それをカイナは「セィ!」と放り投げる。
内側から強烈な氣弾を浴びて、砦の一部がガラガラと崩れた。
ぽっかり空いた穴から、カイナは戦場へと
「全員、ここから出ろっ! 正面はもう無理だ! 殿には、俺が立つっ!」
そう叫んで、同時に右の拳を力強く引き絞った。
突然、攻めてる砦が内側から爆発したので、どのモンスターも驚きに固まっていた。その大軍へと、カイナは単身で飛び込んだ。
慌てて武器を構えるゴブリンたちへと、鉄拳を見舞ってゆく。
背後に回り込んだ敵も、刃のような後ろ回し蹴りで薙ぎ倒してやった。
自分へと攻撃を集中させ、正門に群がっている敵が集まる前に皆を逃がす。砦に残ったのは少数で、その人数ならば逃がせる筈だ。
その時、銃声が響いた。
「カイナさんっ、死角に!」
「ん、すまん! 助かった。お前ももういい、逃げろ!」
先日、妹と見送ってくれた少女だ。彼女はその手に、
そして、隣によく知る気配が立つ。
剣を抜いたセルヴォは、静かに眼鏡のブリッジを指で押し上げる。
「右腕を置いて逃げる馬鹿がいるか? いるとしても、僕はそうじゃない」
「だな」
「では、やるか」
「ああ!」
味方は次々と、怪我人を抱えて逃げ始めた。
その退路を守って、カイナはセルヴォと二人で戦う。
カイナは帰ってきた。
セルヴォの隣に帰ってきたのだ。
そして、心の中でカルディアに
必ず守るから、見守っていてくれと。
だが、不意に冷たい声が頭上から降ってきた。
「あらあら、この間のボウヤじゃない。プッ、なにその腕。機械? そんなガラクタくっつけただけじゃ……あたしの手柄を増やすだけさね!」
シィン! と空気が切り裂かれた。
縦一文字に、強烈な斬撃が襲い来る。
そして、ふわりと死神が舞い降りる。
巨大な鎌を手にした、
それは、その女は……かつてカイナの右腕を切り落とした、恐るべき強敵なのだった。
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