我が身、我が武器、我が魂
迷子の子供を探して、サワたち自警団が森に入っていったという。
そして、早朝に出ていったのに、まだ戻らない。
最近は森にも、
「なるほど、この中へ入ったのか。……妙だな。ここは特に危険のない場所だが」
カイナが見詰める先に、洞窟がぽっかりと口を開けている。
中は光が届かぬ暗闇で、奥を見渡すことはできない。
だが、これはカイナが幼少期の頃からあったもので、そこまで大規模なものではない。小さい頃、家出してここに立てこもったことがある。あの時はセルヴォもカルディアも、まるで大冒険のように瞳をキラキラさせていた。
そのことを思い出し、フムと
「足跡は確かにこの奥へ……よし、行くか」
「急いだ方がよさそうだね。なんだか悪い予感がするの」
「ああ」
ユウキは例の
ただ、自慢のランスも狭い洞窟内では取り回しが悪いだろう。そのことを心配していると、彼女は察してすぐに笑顔を向けてくる。
「あ、これは置いてくね? 盾だけでもなんとかなるし」
「それがいい。屋内での戦闘は、長柄の武器には向かないからな」
「なんか、シエルが盾に怪しい……じゃない、新しい機能をつけてくれたって。試してみたいんだ」
それはカイナも同じだ。
望んで訪れた妹の危機ではないが、新しい義手を試すチャンスでもある。
ここまで走ってきたが、身体のバランスは再び劇的に代わっていた。同時に、その補正を自分に念じるのも
「んじゃま、行きますかっと」
フルヘルムの
丁度鎧の両肩、盛り上がった一番重装甲な部分がバクン! と開いた。そこから淡い光が放たれ、周囲をぼんやりと照らした。
どうやら
カイナも神経を集中し、聴力を研ぎ澄ませてあとに続く。
「それほど深い洞窟ではない。数百メートルも行けば広い空洞があって行き止まり、そこまでは一本道だ」
「そっか。サワちゃんたち、大丈夫かなあ」
心持ち、警戒しつつも歩調が速くなってゆく。
妙な胸騒ぎが、先程から収まらない。
途中何度か、
程なくして、懐かしい光景が目の前に飛び込んできた。
「……あの頃のままだな、ここは」
「あの頃、って? ああ、もしかして……三人だった時の?」
「ああ。それももう、思い出になってしまった」
「なら、いつか懐かしく思うんじゃないかなあ。それまではさ、ここにそっとしまっておこうよ」
コツン、と白銀の手がカイナの胸板を叩いた。
顔は見えなくても、ユウキが優しく
そうだな、とカイナも頷いたその時だった。
奥の方から声がした。
「にぃに? ひょっとして……助けにきてくれたですか?」
サワの声だ。
どうやら無事のようだが、酷くかほそくて
すぐにユウキが光を向けてくれて、奥の方に数人の人影を見つける。
急いで駆け寄ると、悲鳴にも似た叫びが響き渡った。
「ダメッ、にぃに! 逃げて……危険なのです!」
「危険ならなおさら逃げる訳にはいかない。お前を助けにきたんだ、サワ」
「にぃに……きっ、気をつけて! あいつ、まだ近くに――」
一番奥の壁に張り付くようにして、自警団の面々が数人武器を構えていた。だが、怪我をしている者ばかりだ。その中に、サワの姿もある。
重傷者はいないようだが、その表情は疲労が色濃い。
彼らは背に、数人の子供たちを
「ああ、カイナか! それと、客人のユウキ! 助かる!」
「明かりが……凄いな、鎧が光ってる。それより、奴は!?」
「あんな化物、初めて見たぞ」
その時だった。
突如背後に、ズシャリとなにかが降り立った。
その音と振動で、すぐにカイナは相手の体格や体重を察知する。酷く大きい……こんな大物のモンスターが、この森に
やはり、魔王の決起に呼応して、魔物たちの活動が活発化しているのだ。
このままでは、ユグドルナは闇に飲み込まれてしまう。
そのことを改めて実感し、身構えると同時にカイナは振り向いた。
「ほう? 確かに俺も初めて見るな。こいつは……キマイラだ」
異形の獣が複数の目で
むせ返るような
ユウキが光を向けてくれて、その全容が明らかになる。
それは、複数の獣が入り混じって合体した、
キマイラは、危険度だけでいえばドラゴンの次に恐ろしい魔物である。
全て、魔王の秘術によって生み出されるという、人造モンスターだ。
「カイナ君っ、この子大きい! この人数じゃ」
「ユウキ、君は自慢の装甲でサワたちを守ってくれ。こいつは……俺がやる」
「……無理しないで、って言っても聞かないようね、キミ。ほんとにもー、男の子って」
「無理ではない。そう、無理な
荒ぶる
ちらりと肩越しに振り返れば、盾を構えてユウキが皆を守ってくれていた。鎧の光が照らしてくれるので、視界は十分に確保されている。
とはいえ、巨体が嘘のようにキマイラは俊敏な動きで躍動した。
闇から闇へと影の中、光が届く範囲ギリギリの距離から殺気を飛ばしてくる。カイナにとっては、その闘争本能そのものが敵の位置を雄弁に語っていた。
「隠れずに出てこい。……そこだ、
新たな右腕を突き出し、その
だが、念じて
代わりにシュルシュルと足元に何かが巻き付いてきた。
見下ろせば、太く長い毒蛇が片足を締め上げている。
「……なるほど、わかったぞ。義手は俺の新たな右腕だが……肉体そのものではないということか」
「ちょ、ちょっと、カイナ君っ! 冷静に納得してる場合じゃないでしょ!」
「にぃに、危ないのです!」
あっという間に、カイナは宙吊りになってしまう。どうやら、キマイラの尾は想像より長いらしい。そして、次の瞬間には硬い岩盤へと叩きつけられる。
身を
だが、二度三度と振り回されていると、防戦一方でもいられない。
そして、考えは既にまとまっているから、今はまず行動の時だった。
「義手には氣が通わないのか。
脚に絡まる蛇の、その頭を無造作に右手で
そのまま、全力で握り締める。
もとより握力には自信があったが、それが今は何倍も増幅されるのを感じていた。ユウキの鎧と同じで、義手自体に装着者の筋力を補助する機能があるのだろう。
蛇は耳障りな金切り声を張り上げ、カイナの
それで一瞬、キマイラの動きが止まる。
その瞬間にはもう、空中で自由になったカイナは攻撃へと転じていた。
「次は? よし、山羊だ!」
左手に氣を集めて、それを波動として放つ。
その反動でふわりと浮かび上がるや、カイナは天井を蹴り上げ真っ逆さまに急降下した。真っ直ぐキマイラを
完全に見えてはいなかったが、
こんなにも
ユウキのランスにも劣らぬ、鋭い蹴りが突き刺さった。
あっという間に、山羊の首が断末魔と共に動かなくなる。
「次っ、蝙蝠の翼!」
キマイラもまた、必死の抵抗で暴れまわる。
その巨体が頭上で旋回し始めたが、カイナは距離を取られても困らない。全神経を集中させ、フンッ! と地面を踏み締める。激しい
無数の
だが、トドメのために構えるカイナを見下ろし、その目がカッと見開かれた。
「カイナ君っ、危ない! 確か、説明書では……こうっ!」
背後でユウキが、盾を突き出す。
その先端が分離し、
獅子の首が吐き出した巨大な火球は、その攻撃でわずかにカイナを
渾身のアシストで、キマイラの隙が生まれる。
「助かる! ――オオオォ! こいつでぇ、終わりっ! だああああっ!」
カイナは左手の中に氣を凝縮させ、それを極限まで大きく練り上げてゆく。やがて、
それを浮かべて、右の拳を振りかぶる。
全力全開のパンチで打ち出せば、飛翔する氣弾はキマイラを飲み込んで
「……よし。サワもみんなも、怪我はないな?
「にぃに! あ、ありがおとぉ……もう駄目かと思ったです」
「よく頑張ったな、サワ。ん? 子供たちも無事みたいだが」
小さな男の子が数人、わんわんと泣いていた。よく見れば、魔族の子ワラシもいる。どうやら、幼い冒険心の
自分も身に覚えがないとは言えないので、カイナは
冷たく硬い右手に皆は驚いたが、込み上げる安堵感にまだまだ泣き続けるのだった。
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