我が身、我が武器、我が魂

 迷子の子供を探して、サワたち自警団が森に入っていったという。

 そして、早朝に出ていったのに、まだ戻らない。

 最近は森にも、物騒ぶっそうなモンスターが増えたので心配である。急いでカイナは身支度を整えると、ユウキと共にサワたちの捜索を行った。

 すでに日は高く、もうすぐ昼飯時という時刻だった。


「なるほど、この中へ入ったのか。……妙だな。ここは特に危険のない場所だが」


 カイナが見詰める先に、洞窟がぽっかりと口を開けている。

 中は光が届かぬ暗闇で、奥を見渡すことはできない。

 だが、これはカイナが幼少期の頃からあったもので、そこまで大規模なものではない。小さい頃、家出してここに立てこもったことがある。あの時はセルヴォもカルディアも、まるで大冒険のように瞳をキラキラさせていた。

 そのことを思い出し、フムとうなる。


「足跡は確かにこの奥へ……よし、行くか」

「急いだ方がよさそうだね。なんだか悪い予感がするの」

「ああ」


 ユウキは例の全身鎧フルアーマーに身を固めて、準備万端だ。

 ただ、自慢のランスも狭い洞窟内では取り回しが悪いだろう。そのことを心配していると、彼女は察してすぐに笑顔を向けてくる。


「あ、これは置いてくね? 盾だけでもなんとかなるし」

「それがいい。屋内での戦闘は、長柄の武器には向かないからな」

「なんか、シエルが盾に怪しい……じゃない、新しい機能をつけてくれたって。試してみたいんだ」


 それはカイナも同じだ。

 望んで訪れた妹の危機ではないが、新しい義手を試すチャンスでもある。

 ここまで走ってきたが、身体のバランスは再び劇的に代わっていた。同時に、その補正を自分に念じるのも容易たやすい。右腕がない時期につちかった力は、自分の肉体に対して柔軟さを発揮していた。


「んじゃま、行きますかっと」


 フルヘルムのかぶとを被って、ユウキが先頭に立つ。

 丁度鎧の両肩、盛り上がった一番重装甲な部分がバクン! と開いた。そこから淡い光が放たれ、周囲をぼんやりと照らした。

 どうやら松明たいまつを準備する必要はなさそうだ。

 カイナも神経を集中し、聴力を研ぎ澄ませてあとに続く。


「それほど深い洞窟ではない。数百メートルも行けば広い空洞があって行き止まり、そこまでは一本道だ」

「そっか。サワちゃんたち、大丈夫かなあ」


 心持ち、警戒しつつも歩調が速くなってゆく。

 妙な胸騒ぎが、先程から収まらない。

 途中何度か、蝙蝠こうもり野鼠のねずみに遭遇しつつも慎重に進む二人。

 程なくして、懐かしい光景が目の前に飛び込んできた。


「……あの頃のままだな、ここは」

「あの頃、って? ああ、もしかして……三人だった時の?」

「ああ。それももう、思い出になってしまった」

「なら、いつか懐かしく思うんじゃないかなあ。それまではさ、ここにそっとしまっておこうよ」


 コツン、と白銀の手がカイナの胸板を叩いた。

 顔は見えなくても、ユウキが優しく微笑ほほえんでくれているのがわかる。

 そうだな、とカイナも頷いたその時だった。

 奥の方から声がした。


「にぃに? ひょっとして……助けにきてくれたですか?」


 サワの声だ。

 どうやら無事のようだが、酷くかほそくてかすれた声だった。

 すぐにユウキが光を向けてくれて、奥の方に数人の人影を見つける。

 急いで駆け寄ると、悲鳴にも似た叫びが響き渡った。


「ダメッ、にぃに! 逃げて……危険なのです!」

「危険ならなおさら逃げる訳にはいかない。お前を助けにきたんだ、サワ」

「にぃに……きっ、気をつけて! あいつ、まだ近くに――」


 一番奥の壁に張り付くようにして、自警団の面々が数人武器を構えていた。だが、怪我をしている者ばかりだ。その中に、サワの姿もある。

 重傷者はいないようだが、その表情は疲労が色濃い。

 彼らは背に、数人の子供たちをかばっていた。


「ああ、カイナか! それと、客人のユウキ! 助かる!」

「明かりが……凄いな、鎧が光ってる。それより、奴は!?」

「あんな化物、初めて見たぞ」


 その時だった。

 突如背後に、ズシャリとなにかが降り立った。

 その音と振動で、すぐにカイナは相手の体格や体重を察知する。酷く大きい……こんな大物のモンスターが、この森に巣食すくっていたとは初耳である。

 やはり、魔王の決起に呼応して、魔物たちの活動が活発化しているのだ。

 このままでは、ユグドルナは闇に飲み込まれてしまう。

 そのことを改めて実感し、身構えると同時にカイナは振り向いた。


「ほう? 確かに俺も初めて見るな。こいつは……キマイラだ」


 異形の獣が複数の目でにらんでくる。

 むせ返るような獣臭じゅうしゅうと、低くくぐもるうなり声。そして、強烈な殺気がカイナを包んだ。

 ユウキが光を向けてくれて、その全容が明らかになる。

 それは、複数の獣が入り混じって合体した、合成獣キメラとでも言うべき威容だった。巨大な獅子ししの肉体を中心に、山羊やぎの首と蝙蝠の翼が生えている。しなる尾はへびとなって、赤い舌をちらつかせていた。

 キマイラは、危険度だけでいえばドラゴンの次に恐ろしい魔物である。

 全て、魔王の秘術によって生み出されるという、人造モンスターだ。


「カイナ君っ、この子大きい! この人数じゃ」

「ユウキ、君は自慢の装甲でサワたちを守ってくれ。こいつは……俺がやる」

「……無理しないで、って言っても聞かないようね、キミ。ほんとにもー、男の子って」

「無理ではない。そう、無理なはずがない。今のっ、俺なら!」


 荒ぶる咆哮ほうこうで、けたたましく絶叫するキマイラ。

 ひるむことなく、カイナは地を蹴り吶喊とっかんする。

 ちらりと肩越しに振り返れば、盾を構えてユウキが皆を守ってくれていた。鎧の光が照らしてくれるので、視界は十分に確保されている。

 とはいえ、巨体が嘘のようにキマイラは俊敏な動きで躍動した。

 闇から闇へと影の中、光が届く範囲ギリギリの距離から殺気を飛ばしてくる。カイナにとっては、その闘争本能そのものが敵の位置を雄弁に語っていた。


「隠れずに出てこい。……そこだ、サイッ!」


 新たな右腕を突き出し、そのてのひらをかざす。

 だが、念じてつむいだの力が出ない。今、氣弾きだんを飛ばして遠距離攻撃したつもりだったが、その手はなにも発していなかった。

 代わりにシュルシュルと足元に何かが巻き付いてきた。

 見下ろせば、太く長い毒蛇が片足を締め上げている。


「……なるほど、わかったぞ。義手は俺の新たな右腕だが……肉体そのものではないということか」

「ちょ、ちょっと、カイナ君っ! 冷静に納得してる場合じゃないでしょ!」

「にぃに、危ないのです!」


 あっという間に、カイナは宙吊りになってしまう。どうやら、キマイラの尾は想像より長いらしい。そして、次の瞬間には硬い岩盤へと叩きつけられる。

 身を強張こわばらせて氣を巡らし、筋肉をはがねへと変えて守った。

 だが、二度三度と振り回されていると、防戦一方でもいられない。

 そして、考えは既にまとまっているから、今はまず行動の時だった。


一長一短いっちょういったんだな……ならば、こうする!」


 脚に絡まる蛇の、その頭を無造作に右手でつかむ。

 そのまま、全力で握り締める。

 もとより握力には自信があったが、それが今は何倍も増幅されるのを感じていた。ユウキの鎧と同じで、義手自体に装着者の筋力を補助する機能があるのだろう。

 蛇は耳障りな金切り声を張り上げ、カイナのこぶしの中に圧縮されて飛び散った。

 それで一瞬、キマイラの動きが止まる。

 その瞬間にはもう、空中で自由になったカイナは攻撃へと転じていた。


「次は? よし、山羊だ!」


 左手に氣を集めて、それを波動として放つ。

 その反動でふわりと浮かび上がるや、カイナは天井を蹴り上げ真っ逆さまに急降下した。真っ直ぐキマイラを見据みすえて、飛び蹴りを突き刺す。

 完全に見えてはいなかったが、ひたいの奥で敵の位置を感じていた。

 こんなにも獰猛どうもうな殺意をばらまいているモンスターなら、目をつぶっても場所がわかる。

 ユウキのランスにも劣らぬ、鋭い蹴りが突き刺さった。

 あっという間に、山羊の首が断末魔と共に動かなくなる。


「次っ、蝙蝠の翼!」


 キマイラもまた、必死の抵抗で暴れまわる。

 その巨体が頭上で旋回し始めたが、カイナは距離を取られても困らない。全神経を集中させ、フンッ! と地面を踏み締める。激しい震脚しんきゃくを通して、大地に氣が流し込まれた。それはすぐに、突き立つ鋭い岩の牙となって屹立きつりつする。

 無数の岩柱いわばしらに貫かれて、空中でキマイラが身悶みもだえる。

 だが、トドメのために構えるカイナを見下ろし、その目がカッと見開かれた。


「カイナ君っ、危ない! 確か、説明書では……こうっ!」


 背後でユウキが、盾を突き出す。

 その先端が分離し、炸薬さくやくの撃発する音と共に飛び出した。それは長いくさりの尾を引き、空中のキマイラへと撃ち込まれる。

 獅子の首が吐き出した巨大な火球は、その攻撃でわずかにカイナをれた。

 渾身のアシストで、キマイラの隙が生まれる。


「助かる! ――オオオォ! こいつでぇ、終わりっ! だああああっ!」


 たける闘志が炎と燃える。見えぬほむらがそよいで逆巻く。

 カイナは左手の中に氣を凝縮させ、それを極限まで大きく練り上げてゆく。やがて、まばゆ彗星すいせいのように巨大な氣弾が浮かび上がった。

 それを浮かべて、右の拳を振りかぶる。

 全力全開のパンチで打ち出せば、飛翔する氣弾はキマイラを飲み込んでぜた。さながら、暗闇の地下に落ちてきた太陽のように、煌々こうこうと当たりを照らす。


「……よし。サワもみんなも、怪我はないな? 勿論もちろん、ユウキも」

「にぃに! あ、ありがおとぉ……もう駄目かと思ったです」

「よく頑張ったな、サワ。ん? 子供たちも無事みたいだが」


 小さな男の子が数人、わんわんと泣いていた。よく見れば、魔族の子ワラシもいる。どうやら、幼い冒険心のおもむくままに、この場所へと着てしまったらしい。

 自分も身に覚えがないとは言えないので、カイナはしからず順に頭を撫でてやる。

 冷たく硬い右手に皆は驚いたが、込み上げる安堵感にまだまだ泣き続けるのだった。

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