取り戻せぬ代わりに、掴んで得たもの

 カイナはついに、自信を取り戻した。

 極意ごくい奥義おうぎを得ずとも、戦うための自分を見付けたのである。

 勿論もちろん、まだまだ課題は山積みだった。

 だが、その全てを見上げて前を向ける、そのための準備が終わったのだ。

 そして、次なる試練が訪れる。


「よし、シエル。やってくれ」

「オッケー、でも……本当にいいのかなあ?」

「無論だ」


 今、自宅へ戻ったカイナは半裸でベッドに身を横たえていた。

 シエルの義手が完成したのだ。

 それをこれから、取り付けてもらう。

 すでに傷は完治に近く、痛みはほとんど感じない。また、先程のセナとの戦いで完全に隻腕せきわんの我が身を把握、掌握し終えていた。今の肉体にハンデなどない。

 だが、それでもさらなる力、武器が欲しかった。

 そんなカイナを見下ろし、シエルはヨシ! とうなずく。


「なら、装着するけど……最初に言っておく。?」

「構わん」

「簡単に言うと、人間の神経……手足の動きや指の感覚といったものをつかさどっているものだけど、それに義手を電気的に接続する。電気ってわかる? 雷属性の魔法みたいなものさ」

「……か、構わんからやってくれ」

「ちょっとビビったかい? ふふ、君にもかわいいところがあるね、カイナ」


 痛みには慣れている。

 そして、耐えられると思った。

 友のため、仲間のため……何より自分のために。

 耐えた先に一人の少女が、待ってくれている気がした。

 その人物は、布にくるまれた筒状のものを持って現れた。


「シエル、頼まれた義手ってこれ? キミが借りてる部屋から持ってきたけど」

「ああ、ありがとう、ユウキ。さて、お披露目だ」


 ユウキから義手を受け取り、重さにシエルは少しよろけた。

 そして、布が取り払われる。

 そこには、黒光りする鉄腕があった。

 大きさや長さは、カイナの腕とほぼ同じだ。だが、やはり重そうである。


「カイナ、君は既に左右のバランスを欠いた自分をコントロールできているらしいけど」

「ついさっき、今朝方ようやくだがな」

「今度は逆に、義手の右腕が重くなる。今までは右側が軽かったけど、今度は逆になるんだ」

「なに、構わない。左右が反転しても、やはり腕は二本あってこそだ。それに、バランスを欠いているということは……悪いことばかりじゃないと知ったしな」


 そう、特訓する中で気付いた。

 もともとあったものが、失われた……欠落はハンデだと思っていた。だが、それが当たり前になると、そうではないと気付く。

 左右非対称の肉体が生み出す、不安定さゆえに振れ幅の大きなモーメント。

 端的に言えば、円運動やの流れで生み出す力を、以前以上に増幅することができた。身体がかたよった状態だから、均等に生み出されるはずの力に極端さが生じるのだ。


「重い義手も、その重さを使えると思う。さあ、やってくれ」

「んじゃ、ま……ユウキ、君も手伝ってくれ」

「おっけ、任せて! あ、カイナ君。これ、くわえてて」


 ユウキはポケットからハンカチを取り出し、渡してくる。

 言われるままに受け取って、口に咥えてしっかり噛んだ。

 激痛のあまり、暴れて舌を噛み切ってしまうことがまれにある。だが、いらぬ世話だと最初は思った。カイナは身一つで戦う格闘家だ。故に怪我は絶えず、治療はさらなる痛みとなって何度も襲った。

 その全てに耐えてきた。

 だから、今回も大丈夫だ。

 そう言い聞かせれば、ユウキのハンカチからふわりといい匂いが鼻孔びこうをくすぐる。

 昨夜のことが思い出されて、ほお火照ほてった瞬間、


「よし、では接続開始……ユウキ、君の馬鹿力の出番になるよ。そーれっ!」


 突如、全身を衝撃が突き抜けた。

 それが痛みだと気付く間に、一瞬だけ意識が漂白される。

 なにが起こったかわからないが、激痛はさらに襲い来る。

 義手の接続によって、失われた感覚が思い出された。だが、肉体に機械を繋げる意味が、ようやくカイナは理解できた。

 焼き貫かれるような痛みに、思わず身が震えて暴れ出す。


「グッ、ガアアッ! ッ――!」

「カイナ君っ、耐えて! 大丈夫だよ、もう少しだから!」


 身をよじってのけぞらせ、バタバタとカイナは暴れた。

 自分の意思はもう、関係なかった。

 己が傷口からこじ開けられるような、そして無数の針がそこから侵入してくるような痛みだ。ギリギリと歯を食いしばっても、許容できる限界を超えた痛みが全身をきしませる。

 思わずシエルを払いのけようとしてしまう。

 そんなカイナを、上から抱き締めユウキが押さえつけてくれた。

 彼女の見た目を裏切る腕力と、身を預けるようにしての献身がカイナの意識を繋ぎ止める。

 そんな中、淡々と作業を続けるシエルは冷静だった。


「痛いよね。まあ、あともう半分だから。……そうだね、気がまぎれるようになにか話そうか」


 複雑な器具をあれこれ持ち替えて、どんどんシエルが痛みを放つ。

 頭の奥が焼ききれるような、古くびたナイフで内側から切り開かれているような感触。それに耐えるカイナは、不思議と涙が込み上げてこなかった。

 きっと、昨晩ちゃんと泣いたからだ。

 カルディアの死を受け止め、いたんで泣いた。

 それでもう、涙とはお別れしたのだ。

 そんな彼の耳に、不思議とシエルの言葉が静かに響く。


「魔王オロチと戦う、旅の三人組がいた。まだ若い、少年少女だったってさ」


 それは、よく知っている。

 勇者一行だと徐々に評判になり、ゆく先々で歓迎された。それは、カイナたち三人の記憶。もう、一年以上も前の話だ。

 多くの人の期待に応えて、希望になろうとした。

 だが、魔王は強かった。

 一度の敗北が少年たちから、唯一無二の仲間を奪ったのだ。


「旅の勇者たちが魔王に破れたと聞いた、丁度その時期だった。俺の工房に妙な女が現れたのさ。……おっと、思ったより難儀するな。神経の同調がまだまだだ」

「ちょっと、シエル。その話!」

「ユウキ、そこのドライバーを取ってくれ。そう、一番右のだ」


 ユウキは片手でカイナを押さえつけつつ、もう片方の手を伸ばした。

 その間もずっと、シエルは話し続けて、痛みが津波のようにカイナを襲う。既にもう汗だくで、痛みの嵐におぼれてしまいそうだ。


「その女は、俺に仕事を頼んできた。それは、武具の作成依頼……例の鎧とランス、そして盾。常人では着ることも着て動くこともできない、そんな代物しろものを彼女は望んだ」


 その時、女は……ユウキは言ったそうだ。

 魔王オロチを、止めたいと。

 それが何故かをまだ、シエルは聞かされていないらしい。そして、既にカイナは知ってしまった。


「やがてその女は、反魔王レジスタンスに参加することになる。魔王を目指す最短ルートなのもあるが……彼女には、会いたい人物がいたのさ」

「もぉ、シエル! 恥ずかしいよ、別の話にしよーよっ!」

「まあまあ、減るもんじゃないだろう? その女が会いたかった人物、それがお前さんだ……カイナ」


 初耳だ。

 そして、理由に心当たりはない。

 そこから先は、頬を赤らめユウキが教えてくれた。


「旅の勇者三人組が負けた時、もう駄目だって思った。なら、やっぱりわたしがやるしかないって。でも、違った……負けたけど、終わってなかった。カイナ君、キミだよ? キミなんだ」


 少女の死は、少年を変えてしまった。

 今まで以上にセルヴォは闘志を燃やし、やがて魔王の軍勢との戦いは数をぶつけ合う戦争へと発展しつつあった。

 カイナは、カイナだけは変わらなかった。

 初志貫徹しょしかんてつ、一貫してセルヴォの側に居続けた。

 多くの者たちがシエルの銃を手に、身分に関係なくレジスタンスに参加した。やがてその規模は膨れ上がり、セルヴォが前線に出ることは減っていった。だが、レジスタンスのリーダーに代わって、その意思を体現してカイナは戦い続けた。


「わたし、知りたかった。どうしてそうまでして、戦えるのかって。だから、会って確かめたかった。まさかでも、やっと会えたと思ったらお払い箱だなんてさ」

「フッ、では幻滅したのではないか? 俺は、でも、まだ、グッ! ガアアアアッ!」

「ううん、そんなこと! 想像したのと違ったけど、想像以上だった。カイナ君、キミは強い人! 最初から強かった訳じゃないだろうけど、今も強くあろうとしてるもん!」


 シエルの工具から、ギュイン、キィィィィィ! と金属音が響く。

 骨をくしけずられるような痛みの中で、思わずカイナは左手でユウキを抱き寄せた。自分の上にユウキの重さを感じて、それにしがみつくようにして耐えた。

 やがて、シエルが「ふう、よし!」と手を止める。

 ようやく痛みの波が断続的になり、徐々にさざなみへと落ち着いてゆく。

 全身で呼吸をむさぼりながら、なんとかカイナは最後まで耐えきった。


「……終わった、か。どうだ、シエル」

「自分で確かめてみなよ。それと」

「それと?」

「見てて恥ずかしくなるから、仕事してる人間の前でいちゃつくのはやめたまえよ」


 ニヒヒと笑うシエルに言われて気付いた。

 ユウキもまた、カイナの包容ほうように包容で応えてくれていたのだ。だが、シエルの言葉におずおずと身を放す。

 ユウキの存在に、カイナは痛みの余韻よいんが甘やかに払拭されてゆくのを感じた。

 そして今、彼の中に奇妙な感触がある。

 ハンカチを口から話して上体を起こして、それを確かめてみた。


「動く。動くぞ……これが、俺の新しい右腕! そうか、これが義手か」


 もっと無骨ぶこつ大雑把おおざっぱなものを想像していた。

 だが、シエルの作ってくれた義手にはちゃんと五本の指があり、手の平自体が複雑な曲面のパーツで構成されていた。拳を握る、手を開く……指の一本一本にいたるまで、思うように動かせる。おおよそ人体がかたどる動きやたわみ、しなりというものが全て表現されていた。

 触れる感触はないが、力を込めれば以前と同じような強靭さが伝わってきた。


「ありがとう、シエル。それに、ユウキ……俺は、その、ユウキ。昨晩からずっと考えていたが――」

「カイナ、起きておるかや! 大変じゃ!」


 ユウキになにか、大事なことを言おうとした。自分でも、思ってもみない呼びかけで、言いたいことがあるのに言葉は見つかってない。なのに、もう口は勝手に彼女を呼んでいたのだ。

 その言葉を遮り、右腕を布で首から吊ったセナが現れた。

 血相を変えた彼女の言葉に、その場の誰もが血の気が引いてゆく感触を共有するのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る