再び戦いの地へ……旅立ち

 カイナは改めて実感し、確信を得た。

 

 友や民を守って、亡きカルディアとの誓いを果たせるのだ。

 そうとわかったら、ちかに彼の心はこのユズルユ村にはなかった。


「ねえ、にぃに……そんなに急がなくても、出発なら明日にすれば」


 カイナは自室で荷物をまとめていた。

 そんな彼を、ずっと部屋の入り口でサワがにらんでくる。彼女は先程から柱によりかかり、ずっとうつむきながら小さな声を零していた。

 だが、その意味も気持ちもカイナにはわからない。

 わかっているのは、いてもたってもいられないということだった。


「いや、今から走れば日のあるうちに街に出られる」

「えっ!? は、走って行くですか? あの距離を」

「ああ。鍛錬にもなるし、それにだ……一刻も早く、駆け付けたいんだ」


 改めて荷造りすれば、持ち物は驚くほどに少ない。

 いつもの道着を着て、着替えを少々。

 それだけだ。

 もはや、魔法で収納する必要すらないくらい、手荷物は少ない。それを全て、革袋に収める。縛ったひもでそのまま肩にかつげば、もう旅支度は終わりだ。

 振り向くカイナは、そっとサワに歩み寄る。


「サワ、村と母さん、弟妹たちのことを頼むぞ」

「わ、わかってるです。任せるのですっ!」

「ああ。いつもありがとう、サワ。そうだ、なにか土産みやげを今度……サワ?」


 不意にサワが、両手を広げて抱きついてきた。

 カイナの胸に顔を埋めて、グイグイと身を押し付けてくる。

 驚いたカイナだったが、そっと髪をなでてやった。

 右手の義手で触れそうになって、慌てて左手を頭の上に乗せる。


「……行かないでほしいです、にぃに。ずっと、ずっと私とここにいてほしいのです」

「俺だってそうしたいさ。けど、今はまだ駄目だ」

「最近、セルヴォのよくないうわさを聞くです。新聞にも、色々書いてるです」

「母さんが写し取ってるあれか……けど、奴はなにも変わらない。変わっていないよ」


 それは少し語弊ごへいがある。

 セルヴォは確かに、カルディアの死で豹変ひょうへんしてしまった。

 それでも、その本質は昔のままだとカイナは断言できる。それは一番に信じられることだ。カルディアを失い、彼は改めて魔王の驚異を思い知ったのだ。だから、全てに代えて魔王オロチを討つため、あらゆる手段を講じて戦っている。

 そんな彼を守るために、カイナは再び戦いに赴くのだ。


「セルヴォは俺と違って、頭のいい男だ。大局を見据えるしょうとしての視点がある」

「でも、でもっ! セルヴォはなにを守ってるです? 魔王の軍勢と戦って、なにが守れるですかっ!」

「故郷、家族、そして大切な人。戦わなければ守れないものは意外と多いんだ、サワ」

「でもっ、そのために手段を選ばないのは間違ってるです!」

「……俺もそう思わないでもない。だから、セルヴォが間違った時は俺が正すんだ」


 なかなかサワは離れようとしない。

 そして、見上げるひとみから大粒の涙を流し始めた。

 驚いてしまったが、カイナはその矮躯わいくを抱き返す。冷たい義手ではなく、左手でそっと引き寄せる。そして、言い聞かせるように静かに言葉を選んだ。


「サワ、俺は必ず生きて返ってくる」

「やだ、そんなの……今度は脚が取られちゃうかもです」

「なら、またシエルに今度は義足を作ってもらうさ」

「にぃに、私……」


 サワが、カイナの腰に回す両手に力を込めてきた。

 そして、すがりつくようにひたいを胸にこすりつける。

 まるで、カイナに自分を塗りつけてゆくように強く抱き締めてくる。


「にぃに、私……にぃにが好き。大好きです。愛してるのです」


 少し驚いたが、カイナも気持ちは同じだ。

 だが、そのことを声に出して伝える前に、サワはそっと離れた。

 まだ、彼女は泣いていた。


「……ごめんなさい。にぃにのこと、困らせて」

「いや、俺は困ってなど。参ったな、でも、サワ。俺は――」

「気をつけて行ってです。死なないで……絶対に生きて帰ってきてほしいのです!」


 それだけ言うと、猛ダッシュでサワは走り去った。

 そのまま廊下を突き抜け、外へと出てゆく。

 呆然ぼうぜんとそれを見送りながら、慌ててカイナも走り出そうとした。

 だが、その肩に手を置き、そっと止める少女がいた。


「ちょい待ち、カイナ君」

「ユウキ? いや、今サワが。俺は」

「追いかけて、なんて言うのかな? キミね、そういうとこだぞ?」

「えっ? だが、しかし」

「サワちゃんがカイナ君のこと、大好きなの……気付いてた?」

「それは勿論もちろんだ。俺だって、サワのことは好きだ」

「……そういう好きじゃ、今のサワちゃんを傷付けるだけなんだから」


 ユウキの言ってる意味が、よくわからなかった。

 だが、彼女は鼻から溜め息を零して苦笑を浮かべる。


「ま、れた弱みかあ……そういうとこ、カイナ君らしくていいけどねー」

「わからん……サワは大事な妹だ、嫌いな訳がないだろう」

「はいはい、それね、それ。まったく」

「あのなあ、ユウキ。お前だって家族を愛してるはずだ」

「……そんなこと、ないよ」

「えっ?」


 一瞬、ユウキの表情がかげった。

 だが、それも瞬間的なもので、彼女はすぐに笑顔を取り戻す。


「そうそう、カイナ君。わたしの荷物、また魔法でチョチョイと持ってくれない?」

「……お前も、来るのか」

「もち。わたし、どうしても魔王を……オロチ君を止めたいの」

「なら、俺とお前は目的を同じくする仲間だな」

「それだけ? ねえ、それだけなの? むふふ」

「なっ、なんだ、いやらしい笑い方をするな。それは、その、お前も……すっ、すす」

「す?」

「す……き……いや! す、素晴らしい戦闘力を持っているからな! うむ、頼れる仲間、それだけだっ!」


 カイナは自分でも不思議に思って、口ごもれば顔が酷く熱かった。まるで、顔面を掌底しょうていで張られたような感触だ。燃えるように熱くて、思わずユウキから目をらす。

 もう、ユウキのことはとっくに好きだ。

 でも、そのことを表現できないのは何故だろう?

 セナやサワ、そして弟妹に村の人々、みんな好きだ。

 そして、その気持ちを行動で示してきたし、求められれば言葉に乗せる。

 それなのに、ユウキに向き合うと何故か上手く喋れなかった。


「よ、よし、とりあえず荷物を貸せ。なんだ? お前、荷物が増えてないか?」

「エヘヘ、色々買い物しちゃって……木彫りの熊でしょ、こっちの燻製くんせい干物ひものは日持ちするし、温泉で売ってた洗髪薬シャンプーに、それから」

「……まったく、お前という奴は」


 以前にもまして大きな荷物を、やれやれとカイナは片手で持ち上げる。そうして、もう片方の手で……右手で魔法陣を呼び出そうとした。

 だが、いつものように魔法が顕現けんげんしない。


「ん? ああ、やはりか」

「なになに、どしたの?」

「義手の右手では、が通らないし、魔法も呼び出せない」

「機械の手だから、かなあ」

「俺の肉体そのものではないからだろうな。どれ、ちょっと待ってろ」


 改めて左手で念じれば、いつものように魔法陣が浮かび上がった。やがて、それは大きな空洞となって丸く口を開く。その奥へと、ユウキの武具一式と買い物を放り込んだ。

 義手についても、慣れてくる程に色々な発見がある。

 そうこうしていると、その義手を作ってくれたシエルが現れた。


「やあ、二人共。準備は整ったかい?」

「あれ? シエル、どしたの」

「決まってるじゃないか、ユウキ。それに、カイナ。俺もついていくが、構わないな?」

「あー、なるほど……って、ええーっ!? な、ななっ、なんで!」


 ユウキが驚いの声をあげたが、フフンとシエルは鼻を鳴らす。


「まず、カイナの義手にはまだまだ調整が必要だ。違和感はあるかい? カイナ」

「いや、凄くいい調子だ。キマイラと戦った時も、申し分ない動きだったしな。ただ」

「魔法が使えない、通らない。君の駆使する気功術きこうじゅつ……氣の力も。そうだろう?」

「ああ。気付いていたのか?」

「俺もまだまだ研究中だが、義手や義足というものは、魔法や人体の神秘といった領域からは肉体と認識されないのだろう。血が通ってないからかもね」


 そして、シエルは大きなカバンから紙の束を取り出した。

 それはよく見れば、なにかの伝票のようだ。


「それと、ユウキ。君への請求書だ」

「ひえっ、きたぁ……うわー、もう少しで今回の支払いからは逃げられそうだったのにぃ」

「なにを言ってるんだ、借金には利子がつく。今払ったほうが、絶対にお得だ」

「いや、そのぉ……手持ちが。まあ、多少はあったけど、色々と物入りでして」

「今後も俺の発明をテストしてくれるなら、負けてやらなくもない。実戦で試してほしい新兵器が山程あるんだ。それと、ユウキの鎧もそろそろリミッターを外してもいい頃合いだしね」


 そういう訳で、ユウキに加えてシエルまでもついてくることになった。

 時刻は昼過ぎで、昼食を食べている時間も惜しい。なにか適当に持って出て、道すがら適当に食べようと決めてカイナは歩き出す。

 セナと弟妹たちが見送ってくれたが、そこにサワの顔がない。

 少し心配に思ったが、先程のユウキの言葉が思い出される。

 好きだと言われた、愛されていた。それは自分も同じなのに、サワを傷付けてしまうという。その意味がまだ、本当にカイナには心の底からわからないのだった。

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