真実の蕾が花開く
闇の中を、カイナは走った。
吹き抜ける風がまだ、祭の喧騒を運んでくる。
その全てから逃げるように、カイナは
気付けば、人気のない村外れの
「ハァ、ハァ……くっ、
泣いていた。
カイナは、止まらぬ涙を
そのまま、まるで吸い寄せられるように歩いた。
とめどなく涙が
ぼやけていても、暗がりの中でも、刻まれた名ははっきりと見えた。
「カルディア、俺は……弱いな。どうしてだろう、お前を思い出したら突然」
そう、あまりにも唐突だった。
そして、その人は……カルディアは今、眼前の墓の下だ。冷たい土の中で、
カイナの問いかけに、返ってくる言葉はない。
死者は語らず、なにも
そして、カイナの言葉が届かない場所にいるのだ。
背後で呼ぶ声がしたのは、そんな時だった。
「カイナ君っ! ふーっ、脚速いんだから。……大丈夫?」
振り向くとそこには、ユウキがいた。
彼女は
そうして、胸を抑えて呼吸を整えながら顔をあげた。
なんだか気恥ずかしくて、カイナは涙で熱い目を伏せる。
「すまない、突然」
「ん、驚いたけどさ。びっくりだけど、悪くないよ? カイナ君、悪くない」
「そ、そうか。すまない」
「ほら、また! 悪くないんだから謝らないで。で、このお墓……カルディアさんの?」
無言でカイナは頷いた。
それでユウキも、身に
傍目で見てもはっきりわかるくらい、ユウキは真剣な表情で身を正していた。少し乱れた
彼女は静かに数秒、目を閉じて祈りを
「カルディアさん、来るのが遅れてごめんなさい。それと、もう一つ」
彼女はカイナに言ってくれた。
悪くないなら、あやまらないでと。
カイナがすまないと、ごめんなさいと言う時は……その大半は、本来はありがとうなのだと教えてくれた。
そのユウキが、謝罪を口にした。
そして、さらに驚きの言葉を口にする。
「それと、もう一つ……魔王オロチをわたしが説得できなかったから、それもごめんなさい。あなたは死ななくてもよかったのに……カイナ君の腕だって」
カイナは最初、我が耳を疑った。
オロチ……それは、このユグドルナを震撼させる恐怖の魔王。そのオロチを、ユウキが止められなかった? なにを言っているのか、少し理解が及ばない。
ユウキは謎多き勇者、驚異的な身体能力と筋肉を持った重戦士だ。
彼女もまた、カイナたちと別の場所で戦っていたのだろうか?
だが、ユウキははっきりと言った。
説得できなかったと。
「ユウキ、お前は」
「あと、カルディアさん。ちょっとカイナ君、借りるね? ほら、キミも手を合わせて。って、合わせる手がないか」
言われてカイナも、墓前で片手で拝む。
この場所に来ると、いつも
そして、これからも戦い守ることで、死んだ彼女に報いようと誓っている。
だが、カイナが祈り終えて降ろした手が、突然掴まれる。
ユウキはカイナの手を取り、墓地を奥へと歩き出した。
「ユ、ユウキ、どうした? なにを」
「いいから来て、カイナ君。大事なことだから」
「だ、大事な?」
「そう、とっても大事で、凄く大切なことだよ?」
そのままユウキは、墓地を突っ切り歩き続けた。、
やがて、目の前に長い石段が姿を表す。無言で登れば、
その社まで来て、ユウキは周囲を見渡す。
丁度、参拝する村人たちが使う小さな
屋根だけあって、椅子にできる岩が数個ならんでいる、そういう場所だ。
「こっち、来て。ほら、カイナ君っ」
強く手を握って、ユウキは歩く。
カイナの手に、その柔らかさと熱さが伝わってきた。互いの境界線が溶け合うような、ユウキの
ユウキはカイナを適当な岩に座らせ、その隣に腰掛けた。
密着の距離で、ようやく彼女は手を放す。
そして、じっとカイナを見詰めて静かに話し始めた。
「カイナ君、ちゃんと泣いた? カルディアさんが死んだ時」
「……な、なんの話だ」
「多分、さ。わたし思うんだけど……ちゃんと泣いてあげなかったでしょ」
「俺は男だ、涙など」
「そういうの、
聞いたことがない理論で、論理的ではない。
だが、ユウキはそっと両手でカイナを抱き寄せ、その頭を自分の胸に押し当てる。
驚き思わず、カイナは身を硬直させてしまった。
突然の
「ちゃんと、泣いてあげて。カルディアさんを失った辛さ、ずっと我慢してたよね? そういうの、よくないんだから」
「でも、俺は」
「男らしくより、人らしく。そして、キミらしくだぞ? ここなら、誰も見てないから」
「お前がいる。ユウキ、お前が」
「わたしはいーの! 本当はこうしてあげたいの、カルディアさんだから。その未来をわたしが、奪ってしまったから」
「さっきからなにを――!?」
まただ。
また、涙が
まるで
先程まで
密着感が高まる中で、ユウキの体温がじんわりとカイナの心を温める。
「俺は……カルディアを守れなかった! 守れなかったんだ!」
「うん。でも、カイナ君はまだ戦おうとしてる」
「セルヴォを、守りたい。俺と同じく、カルディアを失ったセルヴォを……友達、だから」
「うん。だからこそ、死んだ人を理由にしちゃいけないよ。死者に引っ張られたら……今度はカイナ君が死んじゃう。それは、駄目」
そっと顔を上げると、
互いの呼気が肌を撫でる、その感触すら感じられる距離だ。
静かにユウキは、
カイナの
突然のことで、カイナの鼓動は跳ね上がった。
「ユ、ユウキ」
「ん、いいよ……ちゃんと泣けて、偉い偉い。カイナ君の涙、わたしがもらうね?」
「どうして、お前はそこまで」
「だって……わたしのせいだから。それもあるけど、今はちょっと違うかな」
不思議な感覚だった。
カイナは全身が心臓になったように鼓動を高鳴らせる。
そして、自然と涙が止まって泣き止んだ。
カルディアへの想いが、その行き場のない
でも、もう限界だった。
それが涙になって溢れ出て、ユウキが受け止めてくれたのだ。
再び彼女は、先程より強くカイナを抱き締める。
肌が着衣の向こうに、ユウキの鼓動を拾った。
「カイナ君、ちゃんと話すね。わたしがどうして、この村に来たか」
「カルディアに、お前はなにを……さっき、魔王オロチと言った」
「うん。わたしはね、カイナ君。わたしは――」
その時、夜空に大輪の花が咲いた。
爆発音が
その照り返しの中、ユウキは耳元でなにかを
花火の音で聴き取れなくて、ついカイナは聞き返してしまう。
少し身を放して、
「わたしは、このユグドルナの人間じゃないの。地球から……この星空の向こう側から来たんだ。オロチ君に、召喚されて」
衝撃だった。
一瞬、言ってる意味が理解不能だった。
だが、繰り返し狂い咲く花火の下で、ユウキは真剣な表情をしている。
その目が、嘘を言っているようには思えなかった。
そして、彼女が言葉を続ける。オロチに召喚されし、魔族の勇者……本来魔族の祖先が住んでいた、地球から呼び出されたのがユウキなのだ。しかし、ユウキは魔族ではない。地球と呼ばれる土地ではもう、魔族は滅んだという。
「オロチ君は、凄く優しい子。だから、戦いをやめるように言ってみたけど……でも、あの子を止められなかった。わたしは魔王軍から追放されちゃったんだ」
魔王オロチは、敵だ。
人間社会を脅かす害悪なのだ。
それと戦って、幼馴染が死んだ。
自分も右腕を失った。
その全てが、自分のせいなのだとユウキは言っているのだった。
思わずカイナは、
「そ、そんな話が……待てユウキ、それじゃあ」
「駄目、もう待てない。なにも、言わないで……お願い」
ユウキの唇が、カイナの声を奪った。
触れ合う粘膜の間を、互いの吐息が行き来する感覚。
初めてのくちづけは、カイナの全てを封じてゆく。そして、身を
重なり合ってそのまま、カイナはユウキの全てを受け止め受け入れるのだった。
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