祭の夜が見せる幻影
カイナの多忙な日々が始まった。
おりしも、ユズルユ村は年に一度の祭が迫っていた。
大いなる魔法の
天地創造と同時に存在していたのか、それとも神が植えたのか。
どっちにしろ、今の人間たちの生活には欠かせないものだ。
そして、教会の勢力圏から遠く離れた
「なあ、シエル。悪いが、少し離れてもらってもいいか」
「ふふ、断るよ? 嫌だね、絶対。ほら、カイナ! あっちに
「引っ張らないでくれ、おいっ」
今、カイナは夕闇の中をシエルと歩いていた。
カイナの左腕を抱き締め、寄りかかって歩くシエルは上機嫌である。
女物の浴衣を完璧に着こなし、
そんな彼女……
そして、そんなカイナを突き刺そうような視線が貫いている。
「ユウキ、これは、その、だな」
「……べーつにー? シエル、かわいいもんね」
「いや、それはそうだが、俺は」
「ふふ、冗談だよ、冗談っ! ……少し付き合ってあげてよ。こんなにはしゃいだシエル、初めて見るもの」
背後を歩くユウキは、後半の言葉をささやくように細めた。
彼女もまた、知っているのだ。
シエルの生い立ちと、歩んできた道の険しさを。
そのシエルだが、科学者としての手腕は驚くべきもので、ここ数日であっという間にユウキの
それに、今のシエルはカイナの義手を造ってくれている。
「むっ、ユウキ。今は俺がカイナを独り占めしてるが、いいのか?」
「はいはい、どうぞどうぞー? 腕を組もうにも、カイナ君の腕は一本しかないもんね」
「なに、すぐに増える。元に戻るさ。今、最高傑作を造ってるところだ」
「だってさ、カイナ君。気をつけてねー、彼ってば
ユウキの言葉に、そうなのかとシエルを見下ろす。
だが、密着の距離でシエルは
そこはきっぱりと否定してほしかったが、ようするにユウキの言う通りらしい。つい、部屋の引き出しにしまったままの革袋を思い出す。あの金貨にはまだ、一度も手を付けてなかった。
あの金を使ってしまったら、セルヴォとの
手切れ金なんて認めたくないし、今も約束は生きている。
腕を失ったカイナの心に、深く
「それはそうと……ユウキ」
「ん? どったの」
「お前も、今日は綺麗だな。あ、いや! 今日はといっても普段がそうではないという意味じゃない! ゆ、浴衣が似合っている」
「……ほへ? あっ、ああ、その、ありがと! ってか、なに言うのよ、もうっ!」
それでもどうにか言葉にした時にはもう、シエルに引きずられるように歩き始めていた。
ユウキは
普段の
それに、最低限の礼節は無言で守られているし、
「カイナ、俺っ! あれが食べたいな! あれはなんだ!」
「あれは、
「こういうの、いいよね。よし、綿あめとかいうのから食べよう」
「ん、わかった。ちょっと待て……おじさん、綿あめを一つこの子に」
シエルをぶら下げたままの左手で、器用に胸元から
村中の全員が顔見知りだから、シエルとユウキとを見て屋台のオヤジがにんまり笑う。
「おう、カイナ! 両手に花だな!」
「片手しかないが、両手でも余るぞ、この二人は。とても強いし、ずば抜けて頭がいい」
「おいおい……お前さん、そういうとこだぜ? 昔から
「そ、そうなのか?」
カイナも浴衣姿だが、どうしてもひらひらと右袖が夜風に揺れる。
屋台のオヤジがやれやれと顔を手で覆って溜め息を
こころなしか、先程より強くシエルが抱きついてくる。同じ男なのに、とてもやわらかくて繊細な体温が伝わってきた。
同時に、空っぽの右袖をユウキがチョンと指でつまんでくる。
「いいかぁ、カイナ。男は
「俺の財布は絞るほど入ってはいない。まあ、食い歩き程度なら問題はないが」
シエルもユウキも、
そんな二人に、カイナは「金なら心配するな」と言ってやる。
その言葉がどうも、オヤジの言いたいところを微妙に外しているらしい。オヤジは
「カイナ君さあ……でも、そういうとこね、本当にそういうとこ」
「俺もそう思うぞ。でも、あれだな……カイナは人たらしだ。
「わかるー、すっごくわかりみだよぉ。ふふ、なんでわたしってばこんな人を」
なんだかよくわからないが、自分が残念がられてるということだけは理解した。それがまた、カイナには酷く
もしや、自分の
わからない、なにもかもがわからない。
だが、家族のセナやサワも、時々こういう目で見る。
酷く優しい、かわいそうな小動物を見るような
「むむ……わからん。ま、まあ、二人共食え! オヤジ、ユウキにも綿あめだ」
「あいよ! カイナ、お前さんの武術はピカイチだが、まだまだ男を磨く余地があるな」
ますますわからないが、それについては薄っすらと覚えがある。
武を極めて皆を守り、カルディアとの約束を守り切るのがカイナの願いだ。
技の未熟さ、加えて失った右腕がもたらす弱体化は自覚している。
それでも心は折れないし、折れているなら
そういう自分に男児たれと男気を念じてるつもりだが、まだまだ磨く余地があるほどに男らしさが足りないらしかった。
そんなカイナを挟んで、左右でシエルとユウキはかしましい。
「あっちのはなんだろう、子供たちが集まってる。ユウキ、カイナも! 次はあっちだ」
「ちょ、ちょっと、シエルッ! カイナ君を引っ張らないでよぉ」
「はは、待ってろユウキ。お前が腕を組んで歩けるよう……カイナに最高の右腕を造っているところだ」
「すっごい不安なんですけど。いい、シエル? 変な機能とかつけなくていいからね」
「俺がいつ、
「ランスのパイルバンカー! あれ、絶対に趣味よね? 火薬のカートリッジも、一発こっきりだし」
「フッ……男には
「わたしもシエルも女の子だもんっ!」
ぷぅ、と
二人が友人同士だというのが、カイナにもよくわかる。
借金で結ばれた縁でもあろうが、
きっと、ユウキにはシエルの生い立ちも女装も気にならないのだろう。
一人の人間として接して、科学者として作品を認めてくれるユウキにシエルも心を開いているのだ。
そう思ってそぞろに歩けば、村の広場に出る。
そこにはもう、中央に
その上で今、肌も
「あれは……カルディア! じゃ、ないか。いや、だが」
巫女は神がかりになったように、一心不乱に踊っている。
それはよく見れば、妹のサワだった。自警団の手伝いをしている彼女は、巫女不在の今年に代役を引き受けたのだろう。普段の勝ち気でおてんばな姿が、今は恐ろしいほどに神々しい色気を発散している。
周囲から
その姿が、一瞬カルディアに見えた。
毎年ここから、セルヴォと見上げた櫓の上にカルディアがいつもいたのだ。彼女は母が死んでから、巫女の仕事を引き継いでいた。普段はあどけないカルディアが、祭の夜にはドキリとする表情を見せるのだった。
それを今、カイナは
「サワちゃん、綺麗……あれ? ねね、カイナ君?」
ユウキが顔を覗き込んでくる。
だが、今のカイナは身動き一つできなかった。
村に戻ってから、カルディアの墓に参った。
しかし、そういう自分の決意と覚悟で、最後まで隠していたものがある。
「そうか……俺は、カルディアを失った、
「カイナ君っ! 大丈夫?」
ユウキに言われて、初めて気付いた。
無意識にカイナは、泣いていた。
頬を伝う涙の、その熱さにも気付かず泣いていたのだ。
グイと手の甲で拭っても、とめどなく
「おかしいな、俺は。どうして……」
「ううん、おかしくない! 話して、言って。わたしに教えて、カイナ君」
「それは……」
「わたしに頼って。それってきっと、もうカルディアさんができないことだから。やりたくてもできないから、代わりにわたしが」
ちらりと見れば、シエルは他の村人と一緒に巫女の舞いに
そして、ユウキから思いがけない名前が飛び出る。
そう、カルディアはもういない。
そして、カイナは妹にその
だが、あまりに唐突な
身を寄せてくるユウキの心配そうな表情から、ついついカイナは逃げてしまった。そのまま走り去れば、背中は自分の名を呼ぶユウキの声に震えるのだった。
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