故郷のぬくもり、祭への喧騒

 ユズルユ村は小さな集落で、その時の流れはゆるやかだ。

 だが、そんな田舎いなかにも熱気の高まる春が来た。

 もうすぐ、天界樹ユグドラシルに感謝をささげる樹礼祭じゅれいさいが始まるのだ。

 その準備で村は賑わい、その中を歩けばカイナも自然と気持ちが高揚してきた。温泉以外になにもないこの村では、樹礼祭は一年で最も大きなイベントである。

 その日を待ちわびるように、遠くにそびえる天界樹は今日も桃色に揺れていた。


「さて、午前中に買い出しを済ませてしまうか」


 養母ようぼセナから、いくつか買い物を頼まれている。

 村の中央広場に向かえば、自然と小さな商店が集まり始めていた。王国の発行する通貨も使えるし、物々交換も盛んである。

 食料や農具に混じって、祭りの花飾りやきらびやかな衣服も並んでいた。

 自然とカイナは、セルヴォから渡された金貨を思い出す。

 中身は確認しておらず、そのまま自室の机にしまったままだ。

 そのことを頭から追い出そうと思えば、背後で黄色い声が響く。


「うっわー、かわいい! なにこれ、超かわいい!」

「ふん、ユウキは子供ですね。お子様です! こんなの、小さい子向けの玩具おもちゃなのです」

「いやいや、滅茶苦茶めちゃくちゃかわいいってー。やだ、これ欲しい! 買うっ!」

「……本当にガキなのです。身体ばかり大きくて、おお、きく、て……ぐぬぅ」


 振り返れば、出店の前でユウキがぴょんぴょん飛び跳ねていた。その目がなんだか、ハートマークで光ってるような気がする。彼女をメロメロにしているのは、村の工芸品として売られているかんざしだ。

 一緒のサワが言う通り、子供向けのものである。

 だが、店の老人に進められてユウキは髪を上げ、かんざしをさしてみる。

 白いうなじと黒い長髪のコントラストに、かんざしの赤い硝子細工がアクセント……思わず見惚みとれて、そしてカイナは二人に歩み寄った。


「ユウキ、それを買うといい。オヤジ、いくらだ?」

「にぃに! 甘やかしては駄目なのです!」

「サワはどれが欲しいんだ。これなんかどうだ?」

「あっ……そ、そそ、それは」

「子供っぽいと言うがな、俺は結構いいと思うぞ」


 何故なぜかサワは、あわあわと言葉にならない声を口ごもっている。

 構わずカイナは、青い石の光るかんざしを手に取った。サワの髪にさしてやろうと思ったが、片手ではどうにもうまくない。

 もともと器用ではないし、まだまだ左腕一本の生活は難儀なんぎなことばかりだ。

 すると、見かねたユウキがヒョイとかんざしを取り上げる。


「あっ、なにするです! わわ、わっ、私は、にぃにに!」

「はいはい、ちょーっと貸してね。うん、よしっ! やっぱかわいい!」

「ぐぬぬ……あ、ありがとうなのです! キーッ!」

「似合うぞっ? サワちゃん。ふふ、キミってばわかりやすい子だね。もーっ、サワちゃんかわいい!」

「頭をでないでほしいです! もうサワは立派なレディ、一人前の大人なのです!」


 カイナは二人のやり取りを横目に、財布さいふから代金を老人へと払う。この男は、カイナが幼子の頃からこうして工芸品を木で作るのを生業としていた。湯治客とうじきゃく土産みやげにと買うので、意外にもユズルユ村にはこうした露天ろてんや出店が多い。


「オヤジ、これで足りるか?」

「はい、どうもねえ。ほれ、お釣りだ」

「ありがとう。……この村は、本当になにも変わらないな」

「そういうお前さんは、変わっちまったねえ。小さい頃からやんちゃで元気だったが、今は少し落ち込んで見える」

「俺がか?」

「まあ、年寄りにはそう見えるんだよお。でも、まさかよめさんを連れて帰ってくるとはなあ」



 その一言に、思わずカイナは「うん?」と首をかしげた。

 そして、サワが危険な単語を聞き逃すはずがないのだった。


「これは、にぃにのお嫁さんじゃないのです! にぃにには、もっと素敵な人が見つかるのです! そっ、そそ、それまで……私がずっと、ずーっとにぃにの面倒を見るのです!」

「わーお、サワちゃん偉い! ふふ、応援してるぞっ」

「う、うるさいです、ユウキ! 乳やら尻やらばかり発育がいいだけの女に、にぃには渡さないのです!」

「ふふ、大丈夫だって。サワちゃんもそのうち育つから」

「むぎーっ! 気にしてることをー!」


 カイナの記憶では、サワは今年で十二歳になる。

 もっとも、サワも戦場でセナが拾ってきた孤児である。カイナもそうだし、弟や妹も全て同じ境遇だ。だから、正確な年齢はわからない。

 それでも、この村では皆がセナの子として大人たちに守られ育った。

 人里ひとざとに降りてきたエルフというのは珍しいが、セナ自身もすでに村に馴染んでいる。

 それに、この村ではいつでも仕事が山積みで、人手は子供でも引く手あまただった。その証拠に、ユウキとわちゃわちゃ揉み合ってるサワの名を呼ぶ声。


「サワー! そろそろ見回りに行くぞ!」


 声の主は、村の青年たちだ。

 カイナたち悪ガキ三人トリオとは、旧知の中だった者たちばかりである。カイナがそうであるように、やや年嵩としかさの者たちも立派な大人に成長していた。

 その中でリーダー格の男が、カイナを見付けて白い歯をこぼす。


「おう、カイナ! 腕は大丈夫か?」

「まだ少し痛むが、泣けてくるほどじゃないさ」

「そうか、そういう傷なら山の露天風呂ろてんぶろがいいな。古来より山野のけものも傷をやしにきたっていうからさ」

「ああ、昨日早速行ってみたよ」

「そっか。じゃあ、あれか? うわさのお客さんと一緒だったの、お前だったのか」

「ああ」


 その瞬間、かしましく声を張り上げていたサワが固まった。

 そのまま表情を失い、次の瞬間には怒気を荒げて叫ぶ。

 青くなったり赤くなったりと、忙しいものだとカイナは不思議に思った。


「にぃに! え、あ、おおう……ま、まさか……ユウキと混浴! 露天風呂に!」

「ああ、偶然な。そっか、すまん。俺としたことが」

「ん、あ、違うです! 謝らないでなのです。にぃにを責めてる訳じゃ――」

「次はお前も誘おう。ユウキもどうだ? 他の湯もオススメのものがいくつかある」

「そういうことじゃないのです! もぉ、にぃにのっ! 馬鹿ブァカァァァァァッ!」


 どうやらサワを怒らせてしまったようだ。

 だが、なにがなにやらカイナにはさっぱりわからない。

 肩をいからせ、サワは青年たちに混じって行ってしまった。どうやら彼らは、例の自警団らしい。随分と物騒な時代になったものだと、妹が心配になった。

 となりに並んだユウキも、同じことを考えているようだった。


「平和な村、だったんだよね? 昔はさ」

「ああ。だが、今は危険なモンスターも周囲を徘徊はいかいするようになった……なにもなければいいんだが」

「サワちゃん、ちょっと危なっかしいもんね。よーしっ、わたしちょっと見てくる」

「いいのか?」

「もち! カイナはさ、大事な用事があるでしょ? やらなきゃいけないことがさ」


 驚いたことに、ユウキはカイナの決意を察してくれていた。

 まだ誰にも言っていないのに、知られていたようだ。

 だから、大きくうなずき礼を言う。


「ありがとう、ユウキ。お前の鎧を出すか? そういえばまだ、預かったままだが」

「んーん、いいよ。こう見えてもわたし、めっちゃ力持ちだから。なるべくなら見守るだけで、出しゃばらないようにしたいしね」


 それだけ言うと、ユウキは自警団の若者たちを追いかけていった。すぐに追いつき、話の輪に加わる。サワとは相変わらずだが、あっという間に村の青年たちに溶け込んでしまった。

 いつも無器用で、人付き合いが苦手なカイナにはうらやましいスキルだ。

 技術というよりは、あれが持って生まれたユウキの性格、愛嬌あいきょうなのだろう。

 そう思って見送っていると、露天の老人が嬉しそうにフォッフォッフォと笑う。


「カイナ、ありゃお前さんの嫁じゃなかったのかね。違うならやっぱり、サワちゃんをめとるのかい?」

「いや、それより先にやることがある。それに、あの二人にだって選ぶ権利はあるだろうし」

「そうさなあ、最近の若いもんは自由な恋愛をするらしいからのう」

「俺には今、恋だ愛だにかまけている時間はない」


 それでも、サワを始めとする家族の支えはありがたい。自分もまた、家族を支える男になりたいと思っている。

 ユウキに対しても、複雑な心境を整理できないでいるが、感謝していた。

 不思議な少女だと思うし、なにか異質なものを感じている。

 そして、そのことが理解不能なのに、不思議と心地よかった。


「さて、買い物をすませるか。邪魔したな、オヤジ」

「はいよ、また来んさい。おお、それとのう」


 老人は商品の中から、くしを一つ取り出した。

 これまた見事な細工が散りばめられており、細やかに掘られたデザインは天界樹を抽象化したものだ。

 それをカイナの手に握らせ、老人は微笑む。


「カルディアの墓に行くじゃろ? もっていきなさい。そなえてやってほしいんじゃ」

「……わかった」

「なに、この村も巫女みこがいなくて寂しいもんじゃ。今年の祭は代理を立てて執り行うしかないのう」

「そう、だな」


 幼馴染おさななじみのカルディアは、村の巫女だった。天界樹の恩恵で生きる者たちの代表として、一切の祭事を取り仕切っていたのである。そんな彼女の強い魔力を、カイナもセルヴォも頼りにしていた。

 こんな小さな村ではなく、外の世界で人のために魔法を使いたい。

 カルディアはいつも、そう言ってたのを思い出す。

 その笑顔がもう、記憶の中にしかない。カイナにはまだまだ辛く、切なかった。セルヴォも同じだと思うと、やはり再び……なんとしてでも、親友の右腕として寄り添いたいと思うのだった。

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