二代目鑑定士・姫百合

「これは、これは鑑定士殿!」

 私が太刀を肩に担ぎながら展示場へ戻ると、私達が戻ってくる事が分かっていたのか、入り口には軽く人集りが出来ていた。

 見ただけで高級な素材を使っている事の分かる洋風衣装を身に纏った、小柄な中年男。彼がここの主催者――菅野か。

 菅野は屈強な肉体を持った黒服の男を左右に従えながら、私の前まで移動する。私の方が背丈が高いせいで見下ろす形になってしまった。少しだけ気分が良いのは秘密だ。

「いかにも。東京市担当の認定鑑定士が一人、金崎町の紅月姫百合」

「お待ちしておりました。おい、安部。鑑定士殿を依頼品までお通ししろ」

「はい……」

 と、ばつの悪そうな顔で安部が前に出た。

「ふっ、それじゃあ、ご案内お願いしますね……秘書どの?」

 私が分かりやすい挑発をすると、彼は読んで字のごとく、地団駄を踏んだ。本当にやる人、初めて見た。

 先程一悶着あった警備員にいたっては、親の仇を見る顔で私達を睨み付ける。美しくない。

「それにしても、鑑定士どのは、特殊な趣味の持ち主のようだ」

 展示室へ進む私の背と、その後をついて歩くモミジと五鈴に向かって、安部が言った。明らかに、周りに聞こえるような声で。

「かの有名な鑑定士様が、そんな下級の娘を連れて歩くとは。生まれも育ちも悪そうな女など、何をしでかすか分からん。自分には、恥ずかしくて、連れ歩くなど……とても、とても」

 分かりやすい挑発だ。

 ちらり、と周囲を伺うと招待客と思わしき令嬢や、菅野を中心とした華族やその従者達は、歓迎しているとは程遠い視線で、私達をとり囲んでいた。

 ――この視線を、知っている。


 呼吸をする事すら許さないような――。

 心臓の動きすら注視するような――。


 悪意に満ちた、この視線を、私は知っている。


 ――落ち着け。ここで取り乱すな。

 呼吸が乱れる。思考が揺れる。意識が遠のく。

 ――ここで、私がしっかりしないと。何故なら、私は……


『まったくもって、美しくないな』


 ふいに、脳裏に声がよぎった。懐かしく、温かくて――。


『成長のねえお子様だ。いつまで、檻の中にいるつもりだ? お前はもう日の下にいるんだ。いい加減に、目を醒ませ。なあ? そうだろ……』


『二代目鑑定士・姫百合』


「……っ」

 刹那――、覚醒したように酸素が全身に行き届いた。

 脳が、肺が、心臓が、正常に動く。一瞬の乱れもない。

「お姉様……」

 ふいに、心配そうな顔でモミジが私の裾を引っ張った。

 ――妹分にこんな顔をさせてしまうなんて、私もまだまだだな。

 私は一度モミジに微笑んでから、悪意の視線の中心にいる安部に大股で――しかしゆっくりと進む。そして――

「美しくないわね」

 言い放つと共に、私は鉄扇の先を安部の眼前に突きつける。

「そこに控える娘は、この認定鑑定士・紅月姫百合の助手。そして、その隣の娘は、今回の私のもう一人の依頼人。私の助手と客人への侮辱は、私への侮辱……ひいては認定鑑定士への侮辱だ」

 そこで、私は鉄扇を開き、安部の顎をすくい上げる。

「ひっ」

 冷たい鉄の温度に、安部が小さな悲鳴を漏らす。


「お前こそ、己が立場を弁えよ!」


「……っ」

 安部が黙ったところで、私は鉄扇子を戻し、背を向ける。その時、羽織の「鑑定」の文字を彼らに突きつけ――。

「くっ……」

 安部がすぐに何か言い返そうとするが、それを寸前で吞み込み、あからさまな態度で視線を逸らした。

「申し訳ございません、鑑定士殿。私の秘書がとんだご無礼を」

 頭すら下げなかったが、柔和な笑みで菅野が言った。

一応主人の謝罪という事で今回は許してやろう。

「いえ、こちらこそ不躾でしたね」

 ひとまず話はまとまり、我らに対する嘲笑の視線は消えた。

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