とくと魅よ

 刀に語りかけながら、私は着物の袖口から目釘抜めくぎぬきを取り出す。

「あの、それは?」

 目釘抜を見るのは初めてなのか、五鈴は私の持つ目釘抜を指差す。

「これは私の商売道具の一つ、目釘抜。刀身が柄から抜けないようにする要の釘、と言えばいいかな? この柄の表面の穴となかご……刀身の柄に埋まる部分。この二つが抜けないようにするためにある穴を目釘穴と言い、それを抜くための道具を目釘抜と言う」

 目釘といっても金属の釘ではなく、通常は乾燥した竹を使用する。そのため折れたら一大事であり、鑑定する時に一番気を使う場所でもある。

 特に、私の目釘抜は真鍮製。木製のものもあるが、あえて私はこれを好んで使っている。

 大きさは一二・五センチ弱。見た目は小さな槌のような形状のため、目釘抜槌と呼ぶ奴もいる。

「これで目釘を抜けば……」

 目釘を抜いた瞬間、波動に近い衝撃が、私の身体を駆け抜けた。

 私はすぐに刀紙で刀剣の部分を覆うと、柄から茎を取り出す。

「やはり無銘か……」

 これは完全に刀工の趣味のため文句を言っても仕方ないが、通常刀工は製造時の年号や刀の名前――刀銘を刻む。

 それがそのまま刀の名前となり、無銘――つまり何もない場合はその刀は無銘の刀として登録される。

「お姉様。無銘でも、誰が鍛えたかは分かるんですよね?」

「当然よ。そのために、私達はいるの。名刀でも無銘は多く、名前を刻むか刻まないかは完全に鍛えた奴の趣味。無銘だから分からない、無銘だから無価値なんて、あり得ないわ」


 しかし、この刀――かなり古いな。


 目釘抜もかなり固く、一度も鑑定しなかった事が分かる。これほどの古刀なら『浪漫財』の可能性も高い。普通なら一度くらいは鑑定に出すものだが。

 ――侍との約束のため、刀の名前も価値も知らずとも、護り抜いてきたのか?

 ――それにしても、武家って話だったけど、これは……。

 おそらく貴族用だ。見事な拵えは戦場で人を斬る事よりも雅さで人の目をより奪うかを視野に入れている。そして、この刀身。緩やかな曲線は、時間による傷みはあるが、人を斬った痕跡が一切ない。刀はみんなが思っている以上に繊細で、一人二人斬っただけで、刃こぼれや人の血や脂による傷みで使い物にならなくなる物も多く、必ずその痕跡が残る。だが、これは抜刀の跡すらごく僅かなものであり、鞘から出されたのも幾年ぶりか。


 ――それも含めて……”この子”に聞くしかない。


「では、まず〝反り〟は……”腰反り“ね」


 平安から鎌倉にかけての太刀に多い反りだ。これで、また一つ情報が増えた。

 物は語らぬ、と言う奴もいるが、私からすれば、言葉で本心を偽る人間よりも物の方がよっぽど饒舌に見える。

 造りや反り――。一つ一つの情報が、唯一の答えへと導く。

 いつの時代の、何処の場所で、誰によって誰の手に渡ったか。その全てを訴えてくる。


「〝造り〟は、〝しのぎ造り〟。それから、〝刃文〟は〝直刃すぐは〟か」 


 ――成程、やはりそうか。

 私は解体した刀剣を元に戻す。

「お姉様、分かったんですか?」

「ええ、十分よ。この子は、確かに私の質問に答えてくれた」

「それじゃあ……」

「いいえ、モミジ。語るべき所は、ここではないわ。最高の舞台で、真実を突きつけてやりましょう。そう、刀も言っているわ。名を明かすには、相応しい場所がある、って」

 そこまで言うと、私は一度羽織を脱ぐ。

 そして、右手で太刀と羽織をひとまとめにすると、それを肩に担ぐ。

「あ、あの……」

 勝手に太刀を担いだ事が問題だったのか、慌てた様子で五鈴が私に駆け寄る。

「行くわよ、モミジ、五鈴。この子と、もう一つの名前を教えてあげるわ」

 そこで、私は一度脱いだ羽織の裏地を取り出し、表裏を逆転させる。

 紺地に「鑑定」の文字。認定鑑定士のみが持つ事を許される、鑑定士の証明でもある羽織。これぞ絶妙な時機タイミング。普段は臙脂色の布地に、「浪漫」の文字が刻まれた、大変美しい羽織を使っているが、これは表裏仕様リバーシブルであり、表は「鑑定」、裏は「浪漫」の文字が刻まれている。そして、私が「鑑定」の二文字をさらす時は、鑑定を開始する合図でもある。

「素敵すぎます、お姉様。最高に輝いています」

「当然よ。普段隠しているからこそ、見せ場はより輝くの。魅せる時は魅せる。隠す時は隠す」

 私は「鑑定」の文字を翻しながら、扉を両手で開き――


「ほら、鑑定士様の〝粋様いきざま〟とくと魅よ」

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