鑑定を始めましょうか

「そんな話って?」

「謙信以降の時代。上杉景勝が京へ雷切を拵え直しに……」

「こし、らえ?」

 五鈴が首を傾げた。

「端的に言えば鞘や柄、鍔の部分の事よ」

 一言に拵えといっても、太刀拵えと打刀拵えではだいぶ違う。

 太刀の拵えは、基本武家の物だと戦場で使うものだが、貴族の場合は位の高さも示すため、美しい装飾が多い。逆に、室町以降の打刀拵えは実戦を重視し、装飾は少なく、抜刀しやすいように腰帯などがついている。

「拵え直しは、そこの歪みとかを修正する作業よ」

 そして、肝心なのはこの後だ。

「拵え直しを終え、雷切が越後へ戻ってきたのだが……それは雷切ではなかった」

 当時にも名称は違えど今の認定鑑定士のような役職のものがいた。おそらく今の認定鑑定士はそいつらから生まれたのだろう。現に、鑑定協会の資料には、こう書かれていた。

「本物の雷切は、すり替えられた。京の刀匠や研ぎ師達が贋作を作成したんだって」

「それは……また大胆な」

「ええ、当然ばれて、本物は景勝の手に帰った」

 結局は夏の陣で紛失してしまうが、その前にもあやうく紛失しそうになったというわけだ。だが、この話の面白い所は別にある。

「でも、それって……景勝を中心に、景勝の元へ刀が戻るまで、当時の鑑定士以外は誰も気付かなかったって事?」

 五鈴がおずおずと問うた。

「そういう事。鑑定士は本職であり、真贋を見極める鑑定眼はあるけど、他は違う。自分が普段振るっていても、それに気付かなかった。それ程、その時の贋作を作成した連中の腕は良かったって事」

 それともう一つ、<太刀・雷切>には珍しい特徴があり、それが決定打になった。

「でも、それとあたいの雷切の話と何が……」

「鑑定させなさい」

「え?」

「だから、鑑定させなさい。私が鑑定すれば、全て丸く収まる」

「えっと、それは……」

「さあさ、さあさ、さあさ!」

「いや、あの……」

 五鈴は困ったように軽く身体を引いた。

「流石、お姉様。全くもって、その通りですわ」

 モミジが目を輝かせながら言った。

「元より、あの古刀展の太刀は、依頼で鑑定する予定だったんですから。雷切候補が二つあるなら、お姉様が両方とも鑑定しても、問題ありませんわ。五鈴さんも、それでいいですよね?」

「えっと……」

「それに、五鈴さんだって、その話をしたって事は、少なからずお姉様に何か感じているからじゃないんですか?」

 モミジの言葉は、すんなり五鈴を納得させ、彼女は期待をもって私を見上げた。偉いぞ、モミジ。

「あ、でも、お姉様はモミジのお姉様ですから、惚れても差し上げませんよ」

 本当に、これさえなければ、完璧なんだけどなあ!

「分かった。あたいの宝、あんたに託すよ」

 およそ少女には持てないだろう大柄な刀剣が、五鈴の手から私の手に渡った。ずしり、と確かな重さが伝わり、軽銀アルミ製の複製品レプリカでない事が重量から伝わった。


「それじゃあ……鑑定を始めましょうか」

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