偽物って事ですの?

「まあ、両方とも雷神を斬ったゆえ、そう呼ばれるようになったという点は同じだけどね。ただ、雷切は雷切丸と違い、現存はしてないわ。大阪夏の陣で消息不明となり、その後徳川家が金二〇〇だか三〇〇を報酬に探し出そうとしたが、未だ見つかっていない……伝説の刀よ」

 と、端的に説明した後、私は再度正面の五鈴に視線を戻す。

「先程、あれは偽物って言っていたわね」

「あ、ああ。その……信じてくれるか分からないけど、本物はあたいが持っているんだ」

「お前、が?」

本物か偽物かは別として、彼女が背負う棒状の何か。あの形状は何度か見た事がある。

「太刀ね」

 布越しでも分かる、綺麗な斜めを描く形からして――この太刀は馬上での戦を視野に入れて作られている。もし本当に戦場で使うつもりがあったならば、の話だが。

「その……あたいの家は元々質屋で……。ていっても、あたいが生まれる前に店を畳んじまったらしいけど。結構古い家でさ」

 今の時勢、珍しい話ではない。

 旧時代から新時代へ移り変わった際に、大きな変化は町並みや文化よりも、身分制度だ。

 江戸時代では士農工商――早い話、武士中心だった。それが新時代に突入し、それが廃止となり、代わりに華族・士族・卒族・平民の四民制へと移った。変わったといっても名称が変わっただけで身分差は残り、時代が武士中心から華族中心へと変わっただけだ。

 現に、先程のような光景を何度も見てきた。

 華族は絶対であり、華族は自分達以外の全てをそもそも同じ人とすら思っていない。


 ――その事を、私は身をもって知っている。


 特に華族達の間では『浪漫財』の所有によって最悪身分剥奪もあるため、「貴重な物の所有=華族」という図式が成り立っている。

 そして、身分が変わっても続く家というものは華族だけでなく、彼女の場合は、商いは止めたが家自体は衰えず、今でも残っているという事だ。

「それで、まだ旧時代の時に、あたいの先祖が、あるお侍さんと約束したらしいんだ」


 五鈴の話をまとめると――、彼女の先祖は、商人であったが、とある武家の子息と幼馴染みであり、幼い頃などはよく遊んでいたらしい。


「だけど、友達って言っても所詮商人と武家。身分が違う。そのせいで、向こうのお侍さんが成人する時に、周囲に大人達にもう会うな、って引き離されちまったんだ」

 さらに言うと、二人の取り巻く環境は戦乱によって引き剥がされ、武士だった友人は戦に出ないといけなくなり、本格的な別れが待っていた。

「まあ、時代が時代だからな」

「うん。だから、最初は二人とも納得はしていたんだけど、今までの事が全部なかった事にされるのは寂しいから、って。それで、別れの時に、大切な物を交換したんだって」

「それが、この太刀って事か」

 戦乱という事は、まだ戦が勃発していた戦国くらいだろうか。もしそうなら、武士にとって刀は魂の象徴であり、いくら仲の良い友人とはいえあっさり譲渡する事などあり得ない。そこから、二人の絆の強さが分かる。

「お侍さんはこの太刀を、あたいの先祖も家宝を送ったらしいんだ。それで、もし、もう一度会える時が来たら、共に自分の宝物を返そう、って」

「うぅ、泣ける話ですね」

 モミジがわざとらしく目頭を押さえた。さり気なく私の裾で顔を拭くのをやめてほしい。

「結局、その約束は果たされないままなんだけど。あたいの家では、いつかそのお侍さんの子孫が、あたい達と同じように語り継いで、この太刀を受け取りに来る日を待っているんだ」

「成程。あらかたの理由は分かった。しかし、それで、どうして<太刀・雷切>が?」

「死んだ爺ちゃんが言うには、約束の太刀は<太刀・雷切>だって伝えられているんだ。それが理由ってわけじゃないけど、あたいの家ではたとえ店を畳んでも魂だけは畳まず、雷切は護り抜くように言われているんだ。あの刀は、お侍さんとの友情の証。この刀は、人との繋がりを大事にする限り、絶対にあたい達を護ってくれるから、って」

 がさつな印象の強い少女だが、横顔にほんの少し母性に近い愛情が見えた。

「大事な刀なんだね」

「い、いや、大事っていうか……!」

「顔を見れば分かるわ。お前が“お前の雷切“について話す時、とても良い顔をしていた。大切に思っている証拠でしょ」

「そ、そんな事……」

 また顔を紅くして俯いてしまった。物を大事にする事は良い事だから褒めたのだが、何か問題だったのか。私がぽかんとしていると、モミジが片腕にふくよかなモノを押し付け、「お姉様の浮気者―」と両腕で私の腕を締め付けてくる。何なんだ、こいつは、さっきから。

「それで、あの展示会の目玉が<太刀・雷切>と聞いて偽物だと言った、というわけか」

「そうだ! 雷切は、友情の証だ。それを見世物みたいに!」

 がつん、と五鈴は小さな拳で机の上を叩いた。

「その上、華族じゃないと古刀展には入る事すら出来ない。そんなの、人との繋がりの象徴である“雷切“に失礼だ!」

「い、五鈴さん、落ち着いて下さい」

 と、軽く彼女を諫めた後、モミジは私を見上げた。

「でも、雷切が二つあるって事は、どっちかが偽物って事ですの?」

「そういえば、そんな話があったわね」

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