五鈴《いすず》

「へぇ」

 騒ぎをききつけて、入り口付近に集まる令嬢達を見て、『彼女』は呟いた。

 扇子で口元を隠しながら、『彼女』は笑う。

「物見遊山程度で来てみたけど……少しは、楽しめそうじゃない」

 くつくつと『彼女』が笑うと、不審に思った周囲の令嬢が怪しみながら距離を取った。

「お嬢様」

「あら、もう見つかっちゃった?」

 後ろから声をかけられ、『彼女』は問うた。

「当たり前です。貴女はただでさえ目立つのですから」

「あら? この金に輝く髪の事かしら」

 『彼女』は金色の髪の毛先で、わざとらしく自分を見上げる少女の頬をなぞる。

「ひゃわっ! やめてください」

 少女が小さく悲鳴を上げたため、無用の注目を集めてしまった。少女は恥ずかしそうに頬を紅く染めながら、”主人”を見上げる。

「あらあら、そんな顔したら可愛いお顔が台無しよ」

「そんな事はどうでもいいのです」

 少女は頬を膨らませながら『彼女』に言う。

「ほら、行きますよ……しきみ様。【黄色ノ令嬢】がこんな所にいると分かったら……」

「ええ、ええ、分かっているわよ。ではおいとましましょうか……黄葉もみじ


 令嬢や使用人が溢れる会場で、二つの影はゆらりゆらり、と人の間をすり抜け――誰にも気付かれずに、去って行った。


       *


 ――さて、と……どうしたものか。


 ひとまず彼女(あとモミジ)を連れて、私達は駅前の茶房カーフェーに入った。

 今となっては西洋風の茶房カーフェーも真新しさに欠け、それほど珍しいものではない。むしろ最近では町に馴染み、珈琲が珍しかった時代は終わった。

 しかし、突き詰めれば技は磨かれ、ただ新しいものだけを取り入れた最近の茶房カーフェーとは異なり、この店は純粋に珈琲の旨さにこだわっている。変わらない味わいは職人の誇りを感じさせ、私のお気に入りの店の一つでもある。特に真新しい派手な装飾の店ばかりに客足が運ぶせいか、ここは馴染みの客しかいないため、常に落ち着いた雰囲気であり――、こういった細かな話をするにはちょうど良い。

 店の奥の四人席に、私達は腰掛ける。窓際に私、その隣にモミジ。そして私の正面に少女が座る。静かな伝統西洋音楽クラシックが、店の落ち着いた雰囲気を引き立てる中、モミジが長い沈黙に耐えきれずに切り出した。

「まずは自己紹介からですね。モミジは、モミジです。気軽にモミジとお呼びください」

 日本語を喋ってやれ。どういう自己紹介してんだ。

「は、はあ」

 案の定、彼女は顔を引き攣らせた。 

「お姉さんのお名前は?」

「あ、あたいは……五鈴いすず。五に鈴で、五鈴」

「五鈴さん、ですね」

「うん」

「続きまして、こちらはモミジが愛してやまないお姉様。名を、紅月姫百合様。見た目も名前も百合のように美しい凜々しい、モミジの自慢のお姉様ですわ」

 だから、どんな紹介の仕方してんだ。

「もしかして、三丁目で鑑定屋さん?」

「え、ええ、まあ」

「そ、そうなんだ……」

 彼女は信じられないものでも見るように私を見た。正面に座っているせいで自然と彼女と視線が何度もぶつかるが、目が合った直後に慌てて視線を逸らされる。その頬は微かに紅い気がするのだが。

「何を見つめ合っているんですの!」

「ぶふっ……」

 突然モミジが私の頬を掴んで、無理やり自分の方へ顔を向けさせた。首がねじ切れるかと思ったわ。

「お姉様は、モミジのお姉様なんです。パッと出が、モミジとお姉様の間に入れると思わないでください!」

「だから、誤解を招く言い方をやめさない!」

 ぱしん、とモミジに頭突きをすると、モミジは頭を抑えて、そのまま椅子の背もたれに倒れ込んだ。

「こ、これが、求婚……」

 もう放っておこう。

「あのー」

「ああ、ごめんね。アイツはバカだから、気にしないで。バカだから」

「は、はあ」

「それより、さっき、雷切って言っていたわよね?」

「あ、うん……」

 先程のひと悶着のせいか、歯切れ悪く答えた。

「お姉様! 雷切ってどんな刀なんですの?」

 復活が早いな。

「雷切……正確には、<太刀・竹俣兼光(たけのまたかねみつ)>。上杉謙信うえすぎけんしんが家臣から献上されて以降、上杉家の家宝として長く使用していたものよ」

 正確には、『上杉二十五将』の一人、竹俣三河守頼綱から献上されたものであり、それゆえ「竹俣兼光」と呼ばれていた。

「雷切って、なんか聞いた事あるような……」

 モミジが頭を捻りだしたが、おそらく彼女が聞いた事のある雷切は別物だろう。

「お前が言っているのは千鳥……立花道雪の脇差の方じゃない」

「そう、それです。流石、お姉様! モミジの全てをお見通しだなんて……」

「よく勘違いしている人が多いけど、千鳥と竹俣兼光は別物よ。千鳥、後に雷切丸と呼ばれたのは、無銘の脇差。こっちの方が知名度は高いかもね」

 <脇差・雷切丸>は現存の刀であり、立花道雪関連の資料館に所蔵されていた気がする。刀工は不明の無銘の刀であるが、当時の鑑定担当者によると太刀を脇差に打ち直したものらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る