五鈴《いすず》
「へぇ」
騒ぎをききつけて、入り口付近に集まる令嬢達を見て、『彼女』は呟いた。
扇子で口元を隠しながら、『彼女』は笑う。
「物見遊山程度で来てみたけど……少しは、楽しめそうじゃない」
くつくつと『彼女』が笑うと、不審に思った周囲の令嬢が怪しみながら距離を取った。
「お嬢様」
「あら、もう見つかっちゃった?」
後ろから声をかけられ、『彼女』は問うた。
「当たり前です。貴女はただでさえ目立つのですから」
「あら? この金に輝く髪の事かしら」
『彼女』は金色の髪の毛先で、わざとらしく自分を見上げる少女の頬をなぞる。
「ひゃわっ! やめてください」
少女が小さく悲鳴を上げたため、無用の注目を集めてしまった。少女は恥ずかしそうに頬を紅く染めながら、”主人”を見上げる。
「あらあら、そんな顔したら可愛いお顔が台無しよ」
「そんな事はどうでもいいのです」
少女は頬を膨らませながら『彼女』に言う。
「ほら、行きますよ……
「ええ、ええ、分かっているわよ。ではおいとましましょうか……
令嬢や使用人が溢れる会場で、二つの影はゆらりゆらり、と人の間をすり抜け――誰にも気付かれずに、去って行った。
*
――さて、と……どうしたものか。
ひとまず彼女(あとモミジ)を連れて、私達は駅前の
今となっては西洋風の
しかし、突き詰めれば技は磨かれ、ただ新しいものだけを取り入れた最近の
店の奥の四人席に、私達は腰掛ける。窓際に私、その隣にモミジ。そして私の正面に少女が座る。静かな
「まずは自己紹介からですね。モミジは、モミジです。気軽にモミジとお呼びください」
日本語を喋ってやれ。どういう自己紹介してんだ。
「は、はあ」
案の定、彼女は顔を引き攣らせた。
「お姉さんのお名前は?」
「あ、あたいは……
「五鈴さん、ですね」
「うん」
「続きまして、こちらはモミジが愛してやまないお姉様。名を、紅月姫百合様。見た目も名前も百合のように美しい凜々しい、モミジの自慢のお姉様ですわ」
だから、どんな紹介の仕方してんだ。
「もしかして、三丁目で鑑定屋さん?」
「え、ええ、まあ」
「そ、そうなんだ……」
彼女は信じられないものでも見るように私を見た。正面に座っているせいで自然と彼女と視線が何度もぶつかるが、目が合った直後に慌てて視線を逸らされる。その頬は微かに紅い気がするのだが。
「何を見つめ合っているんですの!」
「ぶふっ……」
突然モミジが私の頬を掴んで、無理やり自分の方へ顔を向けさせた。首がねじ切れるかと思ったわ。
「お姉様は、モミジのお姉様なんです。パッと出が、モミジとお姉様の間に入れると思わないでください!」
「だから、誤解を招く言い方をやめさない!」
ぱしん、とモミジに頭突きをすると、モミジは頭を抑えて、そのまま椅子の背もたれに倒れ込んだ。
「こ、これが、求婚……」
もう放っておこう。
「あのー」
「ああ、ごめんね。アイツはバカだから、気にしないで。バカだから」
「は、はあ」
「それより、さっき、雷切って言っていたわよね?」
「あ、うん……」
先程のひと悶着のせいか、歯切れ悪く答えた。
「お姉様! 雷切ってどんな刀なんですの?」
復活が早いな。
「雷切……正確には、<太刀・竹俣兼光(たけのまたかねみつ)>。
正確には、『上杉二十五将』の一人、竹俣三河守頼綱から献上されたものであり、それゆえ「竹俣兼光」と呼ばれていた。
「雷切って、なんか聞いた事あるような……」
モミジが頭を捻りだしたが、おそらく彼女が聞いた事のある雷切は別物だろう。
「お前が言っているのは千鳥……立花道雪の脇差の方じゃない」
「そう、それです。流石、お姉様! モミジの全てをお見通しだなんて……」
「よく勘違いしている人が多いけど、千鳥と竹俣兼光は別物よ。千鳥、後に雷切丸と呼ばれたのは、無銘の脇差。こっちの方が知名度は高いかもね」
<脇差・雷切丸>は現存の刀であり、立花道雪関連の資料館に所蔵されていた気がする。刀工は不明の無銘の刀であるが、当時の鑑定担当者によると太刀を脇差に打ち直したものらしい。
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