雷切

「お姉様、あれは何ですの?」

「あれは備前ね。刀を愛でるならまず備前とまで言わしめただけあって、雅さと質実剛健さがあってたまらないわ」

「そうなんですか。流石です、お姉様。愛してください」

「あの腰反り……美しい!」

「モミジはお姉様の細い腰にやみつきですわ。愛してください」

 かみ合わない会話をしながら、私とモミジは、会場を歩く。

 主にモミジの言葉のせいで、 硝子箱ガラスケースの中に展示されている刀剣を順路通り見て回っている華族の視線が突き刺さる。

 展示は二階まで続いており、今一階にいるのは私達の他には三組の華族だけだ。

 事前公開プレオープンというやつらしく、今日来ている客は全員主催者の知人が主であり、本当の客は明日の公開から、らしい。

「ねえ、お姉様」

「何よ。今、いい所なんだから」

「どうして、先程から、端っこの太刀にそこまで夢中になっているんですか? 主要メインって、あの真ん中の硝子箱ガラスケースですよね。見物客ギャラリー様がたくさん集まってますし」

「ああ、あれね……」

モミジの言う通り、この展示会の主要メインとなる展示物は大体が部屋の真ん中の硝子箱ガラスケースに飾られている。招待客も、自然と真ん中の硝子箱ガラスケースに集まっている。

 その付近では、背広姿の小柄な男が貼り付けたような笑顔で展示物を鑑賞する招待客達を眺めている。時折、招待客(若い娘限定)に声をかけ、説明や世間話をしている所から察するに、主催者の部下だろう。それも玄関にいた警備の男のような雇われではなく、秘書か、ここの管理責任者か。

 ――招待客には腰が低いが、警備員達には高圧的だからな。

 部下といっても、立場はそこそこ上のように思える。それを招待客も肌で感じ取っているのか、彼が控えている真ん中の硝子箱ガラスケースに自然と集まっている。

 逆に、私が夢中になっている太刀は部屋の端に位置しており、誰も見向きもしない。

「いや、あれはいいのよ」

「え? 何でですか?」

「あれは……美しくないから」

 見物客ギャラリーが群れをなして見ている硝子箱ガラスケース。離れた位置からでも、何が置いてあるかくらいは分る。派手な装飾な太刀と、質素な造りの打刀。違った良さがあり、見る人は硝子箱ガラスケースの中の真新しい鋼や装飾、そして――刀剣の前に置いてある刀工の名前や時代などに夢中だ。むしろ彼らが見ているのは刀剣の名前であり、刀剣そのものではない。

「まったく……冒涜もいい所ね」

「あらあら、何だかご機嫌ナナメですわね。お姉様、お姉様が望むなら、モミジの体を好きに蹂躙しても……」

「いらんわ」

 いつもの調子で返すと、何故か他の男性客から睨まれた。羨ましいなら代わってやる。

 言っておくが、可愛いが変態だぞ。良妻だが変態だぞ。本当にいいんだな?

いや、やっぱ駄目だ。「あんな物」に夢中な連中に可愛い妹分はやれん。

「ところで、お姉様。公開鑑定とか言っていましたが、具体的に何するんですか? あまり破廉恥な事は……」

「うん、鑑定するのは刀であって、お前じゃないからね。ほら、この展示会は、華族が趣味で開いているって話したでしょ」

 展示されている刀剣は、ご丁寧に刀匠――その刀剣を鍛えた人物と、生まれた時代、そして誰が所持していたか等の由縁まで記載されている。中には、これ見よがしに認定鑑定士と刀剣協会の捺印入りの鑑定書まである。しかし、全てにあるわけではない。特に鑑定書付きの太刀の付近に一緒に並べられている短刀や脇差には鑑定書はなく、刀剣の前に手書きで刀の名称や刀匠が記載されている程度であり――

「お姉様。この展示会、何だか変ですよ」

「あ、お前も気付いた?」

「そりゃあ、散々お姉様と行動を共にしたら……」

 モミジは、会場内を見渡す。

「展示されている刀剣の数のわりに、鑑定書付きの刀が少なく思えます」

 部屋全体を覆うような硝子箱ガラスケースが並ぶ中、鑑定書付きは一つの硝子箱ガラスケースに対して一つのみ。他は名札がある程度だ。

 ――ここの刀、ほとんどが……。

 ――となると、ここの主催者が私に依頼した理由は……。

「ねえ、モミジ。今回の展示会の目玉が何か覚えてる?」

「えっと、たしか、雷切ですよね。もしかして、公開鑑定って……」

「ええ。最近雷切を入手したから、いっその事今まで集めた自分の愛蔵品コレクション達と一緒に展示しようと企画したらしい。だから、この町の鑑定士である私に依頼が来たってわけ」

 依頼といっても文が一通送られてきただけだが。その文には「依頼 可・不可」の返信用までご丁寧に用意されていた。結婚式か、ここは。

 そのため、私も主催者と直接顔を合わせるのは今日が初めてだ。私の住所も、鑑定協会が公開している情報から一番近場の鑑定士を選んで送ったのだろうが――

「鑑定協会も、もう少し慎重に行ってほしいものね」

 鑑定協会では国中の認定鑑定士の情報を任命地区ごとに公開している。金埼町の担当は私であり、鑑定協会が毎年発行している「鑑定士情報網」にも記録されている。そもそも鑑定の依頼は他の商売と違って、完全に受け身である。依頼人が来て始まるものであり、大体の客は鑑定協会の正式な情報から鑑定士を見て依頼する。実績や雑誌などで取り上げられている積極的な鑑定士に集まりやすいのも、情報ゆえだろう。特に、認定鑑定士は各都市で一人ずつが任命される。六大都市は二名ずつだが。

 そのため、場所から検索して依頼する事も可能だ。東京にも私の他にもう一人いるが――正直あちらの方が知名度は上だ。

 雑誌や収音ラジオ番組などに出演して積極的に宣伝アピールしていると聞く。週刊誌などを使って鑑定の手順を公表しており、鑑定を見世物として扱っているため、私は好きではないが。モミジとも相性悪いし。

 ――なのに、今回、どうして私に依頼してきたのか。

「でも、お姉様。乗り気じゃないのに、どうして引き受けたんですか? お姉様、気が乗らない依頼は、いつも断っているのに」

「え……」

「分かりますよ。お姉様の事なら……」

「モミジ……」

「お姉様の事なら、身長から体重から、ぜーんぶ知ってますから。ぜーんぶ、ね。ふふふふふ」

 何この子、怖い。

一瞬でも感動しかけた自分が憎い。そうだった、こいつはそういう奴だった。

「もしかして、お姉様。今回の目玉の雷切でしたっけか? あれの鑑定が出来るから、それが目当てで依頼を……」

「雷切! そう雷切なのよ!」

「お、お姉様?」

「謎多き刀として有名な雷切! まさか生きている間にそれに直に触れる事が出来る機会がくるとは! 雷切にお触り出来るなら、我が生涯に一片の悔いなし!」

「やっぱり、というか、何というか……お姉様の趣味は理解していますが……少しは人目を気にしてくださいよう」

「お前に言われたくないわよ。むしろ、お前にだけは言われたくないわよ」

「どうやら、お前は、まだ分かっていないようね。雷切を鑑定出来るって事が、どれだけの偉業かって事を」

「モミジは、お姉様以外に興味ないですよ?」

「会話をしようか! お姉様と!」

 と、一度咳払いをしてから、私は説明する。

「いい事? 雷切はね、誰も鑑定する事が出来ないものなのよ。何故なら、雷切は……」

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