お姉様!

 『認定鑑定士』は、国家資格の一つであり、鑑定を行うための基礎的な知識と技術を修得している事を『国際鑑定協会』から認定され、公的に鑑定を行う事を国から許可されている者を指す。

 試験は四年に一度あり、現鑑定士にとっては残留試験であり、鑑定士は全員参加。不参加でも資格剥奪とされる、大変厳しい世界だ。

 人間を裁く存在があるように、「物」にも真偽を査定する存在がある。それが、『認定鑑定士』である。特定の分野の知識を活かし、歴史的美術品などを中心として特定の品物を「何者か」なのかを鑑定する。

どの時代の誰によって作られ、どんな名前を持って生まれ、そして作り手の想いを読み解く。それが鑑定士の仕事である。

 今現在『浪漫財』の影響で、華族を中心に旧時代の品を欲しがる連中が多い。

 特に幕末以前に作られた物は、旧時代の遺産として重宝されている。絵画にしろ壺にしろ刀剣にしろ、色んな人に愛され求められる。反面、それを利用しようと贋作も多く出回っている。

       *


 人は、〝本物〟を愛している。


 紛い物を悪として、本物だけを愛している。

 そのため、鑑定士の元へ自分が持っている物が本物かどうか鑑定を依頼に来る人間があとは立たないのだが ̄ ̄、


「勿体ない事を」

 依頼人が放置した刀身を布の中に戻しながら、私は呟いた。

「こんな代物そうそうお目にかかれないのに」


「まったくですわ」


 ふいに聞き慣れた声が聞こえた。

「お姉様が待てと仰っているのに、それを無視していっちゃうだなんて……不躾ですわ。まあ、モミジとしては、美しい花に、適当な虫が止まらなくてすんで、大助かりですけど」

「モミジ……」

 赤褐色の髪を右の耳の上で空色の布製髪結紐(しゅしゅ)で一つにまとめた、鳶色の瞳の少女。

 彼女の名前は、モミジ。

 紅葉柄の着物の上から臙脂色の羽織を被るように着ている。国内の西洋化に伴い、服装も個人で異なる。特に先程の娘のように若い娘の中では西洋の衣類を身に付ける者が多い。特に華族に多く、西洋の服装そのものが高貴人のたしなみになりつつある。中にはまだ西洋の衣類に抵抗がある者や和服を好んで着ている者、或いは金銭的な理由で着物を使っている者もいるが、彼女はそのどちらでもない。

 着物は膝丈でばっさり切られており、袖口は黒い洋風装飾フリルがついており、和風らしさが欠片もない。西洋で流行っている暗黒系少女文化ゴシックロリータと呼ばれる服装。和と洋の両方を取り入れている点は新時代を連想させるが、そこまで考えて着ているわけではない。あくまで動きやすさを重視し、膝丈が短いのも蹴りやすいから、という物騒な理由からである。

 独自に新構成アレンジされた衣服なのだが ̄―若い娘がそんなに足を出してみっともないと思わないのだろうか。


 ――ま、まったく、この子は……。


 十六の少女のものにしては凹凸のはっきりした身体つきをしており、ぶっちゃけ、私よりでかい。

 ――見習いの分際で許さん。取れればいい。

 逆に身長は低く、顔も同年代より童顔であるため、年上に見られる事はないが。

 ――見られたら、私の立場が……。

「お、お姉様。どうしたんですか? そんな熱っぽい視線でモミジを見て……。お、お姉様が望むのなら、モ、モミジは……」

「お前は何を言っているんだ、そして脱ぐな!」

 肩まで出しかけた所で止めると、モミジは舌を出して「ごめんちゃい」と言う。可愛いが、腹立つ。

「でも、お姉様。あのお姉さんが置いて行った短刀、そんなに高価なものなんですか?」

「あら、モミジ。お前もようやく商品の目利きが出来るように……」

 つい最近までは新作と贋作どころか合成樹脂プラスチック製の玩具の茶器と本物の区別も出来なかったせいか、つい涙が零れた。胸以外もちゃんと成長し――

「目利き? 何の事ですか。モミジは、お姉様以外に興味はありませんよ。モミジは、ただ、お姉様が短刀を見る目が、いつもより熱ぽかったから。あ、でも、お姉様はモミジだけのお姉様なのに、そんな風に見られるだなんて、いくら無機物でもちょっと許せないかな」

「あの、モミジ?」

「ああ、お姉様! いっその事、その瞳に映るのが、モミジだけであればいいのに! ねえ、お姉様、モミジ以外の存在、ちょっと消してきま……」

「やめんかい!」

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