これが……真実

「だけど、お姉さん。『浪漫財』を所持しているのなら、どうして『浪漫財』を欲するの? 刀剣愛好家にも見えないけど……」

「そんなの『浪漫財』を多く所持していれば、最高に気持ちが良いからに決まっているでしょ!」

 ――分かりやすいお嬢さんだ。

 ちなみに、彼女が勘違いしている<脇差・堀川国広>とは新撰組の土方歳三が愛用していた脇差であり、歴史好き、特に幕末や新選組好きな人なら名前程度なら知っているだろう。その名前すら知らないとなると、彼女は特別好きというわけではない。しいて言うなら、彼女の興味は”価値〟にある。つまり、本当に実家の蔵から出てきた短刀を、お宝を発掘したと勘違いしているようだ。

  ̄ ̄しかし……

 正面に座る彼女の視線が突き刺さった。結果を聞く前から「当たり」だと思い込んでおり、目が「早く鑑定しなさい。まあ聞くまでもないでしょうけど」と告げていた。


 鑑定を依頼する人間は大きく分けて二種類いる。


 一つは、単純に換金したい輩だ。これが主であり、換金を目的に鑑定依頼してそのまま交換していく客が圧倒的に多い。店内に転がっている品の半分はそうやって入手したものだ。借金のかたに売り飛ばす前にちゃとした鑑定証が欲しいという人などそうだ。

 そしてもう一つは、純粋に価値を知りたい輩である。所謂金持ち道楽というやつであり、価値のある品物を持っている事が重要であり、換金を目的としていない。簡単に言えば、「こんな値打ち物持っている俺すげえ」とか思っている輩だ。そのため、こちらは鑑定料だけであまり儲からない。

 彼女は後者であり、実家の蔵を整理していたら出てきたと言っている短刀も、それなりに値打ちがあるものだと思ってわざわざこんな所まで訪れたのだろうが。

「ほら、早くして下さいよ。私、貴女に会うために、わざわざ遠方から来たんですからね」

「は、はあ」

 ――仕方ない。結果は見えているけど……本当の事は、この子に直接聞きましょう。

 私は、机の引き出しから武器類専用の懐紙を取り出し、それで刃の部分を包む。自分の手を保護するというより、刀身に脂や汚れが付着する事で刀身を弱らせないためにだ。

 懐紙で包み込みながら持ち上げると、抜き身の刃が電球に反射して鈍く光った。

「まあ……!」

 思わず感嘆の声が漏れた。純粋な鋼から出来上がっている事から、この刀が打たれたのは鉄の吹く技術以降 ̄ ̄つまり、それ程古くはない。

「鉄の若さから……明治後期、かな」

「え? な、何を言っているんですか? これは室町時代から我が家に……」

「いえ、それはあり得ません」

 私は二枚の懐紙で両先端を支え、空中で刀身を立てる。この方がよく見えるからだ。

「よく見なさい。古刀にしては美しすぎるわ。刀を鍛える時、刀工は何度も折り返し刃鉄はがね……鉄の塊を何度も何度も鍛え直す。その時の混じりあった鉄の層というものが、どうしても残ってしまう」

 そして、その刃鉄が日本刀の美しさを引き立て、魅力の一つでもある。

「それに、この短刀。〝造り〟が平造りであり……」

「ひら、づくり?」

「刀身の造り込み……分かりやすく言えば刀の形状の事だ。反りや鎬……刀身の中心部の線の有無などで判別する。時代や刀匠、刀種によって〝造り〟が異なる」

「そ、そうなんですか……」

 何故か興味なさげに視線を逸らされた。

「話を戻すわ。この造り……〝平造り〟は包丁のように刀身の両面が平たいやつの事。貴女が言っている堀川国広……堀川一派は反りの深い作風が多く、そもそも〝慶長新刀堀川〟と呼ばれたくらい。この美しさで、室町はないわ」

「そんな事!」

 意外にも ̄ ̄いや想像以上に頑固だ。時代が最近、さらに堀川国広作と信じていたものが別物と判断され、彼女の顔つきは段々と険しいものになる。

 ――『浪漫財』だと信じていたからね。

「なら、刀に聞いてみましょうか?」

「え?」

「物は決っして嘘をつかないわ。ありのままの姿を見せ、ありのままの真実を語る。嘘つきはいつだって人間の方よ。その証拠に……」

 私は懐紙で覆った刀身を真横に戻し、お姉さんに差し出すように見せる。


「これが……真実」


 と、なかご――刀身の、本来柄に収まる筈の部分を顎で示す。

「真実、って……何もないじゃない」

「それが答えって事。本来なら、ここに刀匠が自分の刀派や鍛えた時期を刻むわ」

「え!? 時期まで!?」

 やはり知らなかったか。

「だけど、これにはそれがない。つまり、これは明治後期に打たれた、無銘の短刀」

「む、無銘ですって!? あり得ないわ!」

「そう思うのは勝手ですけど、事実、この子がそう告げているわ」

 と、再三、なかごを見せつけると、彼女は眉を顰めた。美しくない。

「そ、そんなの、偶然刻み忘れたのよ。数ある刀の内、一つくらいならあるかも知れないでしょ」

「いいえ、無銘は、無銘よ」

 おおかた名前書き忘れた程度の認識しかないだろうが、刀の銘は「それ」とは違う。

「よく勘違いしている人もいるけど、刀の銘は完成した時に刻まれるもの。たとえ誰が打ったか分かりきっているものでも、無銘は無銘」

 ただし無銘といっても、作刀者が不明というわけでも、名刀や真作でないというわけではない。そもそも刀工からすれば売り物であり、名前を書くのとは根本が違うのだ。

 ゆえに、無銘と、不明は、分けて考えられる。

 銘が刻まれているかいないか差であり、そこは完全に刀工の趣味だ。

 現に無銘の刀でも作刀者がはっきりしている刀もある。特に短刀は無銘が多く、だからこそ私のような鑑定士の眼が必要となる。

 ――特に正宗の短刀は無銘が多いからな。

 短刀以外でも無銘でも名刀や、それこそ『浪漫財』扱いされている刀剣もある。

「無銘でも名刀はたくさんあるわ」

 有名なところでいうと、徳川家康のソハヤノツルギや妖怪を斬ったとされる祢々切丸あたりだ。

「そもそも、確認せずに堀川って思っていたの? まったく、これだから流行に乗っかる若人はいただけないわ。贋作以前に、この子は……」

 そこまで言いかけた時だった。ばん、と大きな音を立てて彼女が椅子を蹴って立ち上がった。

 彼女は私を睨みつけると、すぐに踵を返した。

「もういいわ! 帰ります」

「帰る? え、ちょっと……望み通りの結果にはならなかったかも知れないけど、鑑定は鑑定。認定鑑定士として、鑑定証明書を……」

「いいです! 『浪漫財』じゃないなら要らないわ」

「要らないって……」

「どんな結果になろうと、鑑定代金は取るのでしょう? なら、それを鑑定料って事にして下さい」

 作業机越しのため彼女に追いつく事が出来ず、徐々に彼女は後退して店の入り口まで移動した。

「もう、信じられない! これが、あの……世界で最も困難と言われている国家資格・認定鑑定士だなんて!」

「待ちない! 人の話を最後まで……」

 刀身を持っているせいで両手が塞がって動けない。 

 その間に依頼人は店を出ていき、からん、とその人の感情を表すような激しい音と共に扉が締められ、それに釣られて鈴が寂しく鳴った。


「また、逃げられた……」

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