失敬な!

 西暦一九八九年、大正浪漫期・七十七年。

 東京・金埼町かねさきちょう 。


 現在、あらゆる“もの”は「芸術」によって査定される。


 『紅月こうづき鑑定屋』と書かれた小さな札は今にも扉から落ちそうな程に古ぼけており、扉の上の小さな鈴は寂れた音しかしない。

 近代的モダンな木造作りの建物が点々と並ぶ金埼町二丁目は、骨董店や家具、靴屋――など専門的な店が多く並ぶ事から「専門街区」と呼ばれている。

 元々金埼町は、東京市内といっても東京駅付近の中心部から遠く離れ、「最果ての都市」と呼ばれており、都心の人間の中には「金埼町は東京ではない」と答える者もいるらしい。

 一番活気ある金埼駅付近も、喫茶店の他に服飾専門小店ブティックなどが並び、いかにも都会といった雰囲気を持っているが、賑わっているのは駅周辺のみ。

 時代は既に西洋化に進んでいるが、金埼町はまだ「旧文化」の名残があり、地域によっては旧い建物が並んでいる場所もある。完璧に西洋化が浸透しているわけではない。特に「専門街区」は、古い歴史を持つ商家や職人などが多く住んでいるせいか、他の町よりも西洋化が遅く、駅から少しでも離れれば、途端に時代が戻ったかのように寂れた風景に逆戻りだ。

 『紅月鑑定屋』もその内の一つ。周囲は切れかけの電球が点滅する散髪屋や一年前から「閉店売り尽くし」の旗を掲げている靴屋に、今にも壊れそうな駄菓子屋――と、老舗が多く並び、その旧時代の風景画のような中に見事に溶け込んでいる。

 若者の興味は駅周辺や町の外へ向かいやすく――つまり、ここへ訪れる人は必ず明確な目的がある。

 彼女も、その一人である。


「あの、どうですか? 実家の蔵から出てきたんですけど。まあ、うちはそれなりに歴史ある家系ですし。刀の事はよく分かりませんけど……生前父がこれは堀……えっと、なんだっけかな? ほーりーに違いない、って言ってました。誰だか知りませんけど」

「堀川国広、ね」

 ――日本刀にそんな幻想童話メルヘンな名前あるわけないだろう。

 喉まで出かけた言葉を飲み込み、私――紅月姫百合ひめゆりは机の上の『物』に目を落とす。古風な紫色の布に覆われた、細長い形状。

 ――大きさからして、短刀か。

 今にも切れそうな電球のせいで昼間なのに薄暗い店の中。最近若者に流行の清楚な真っ白な上下続服ワンピースを纏い、頭に大きな七色の蝶の髪飾りをつけた、二十代前半の娘。

 彼女は期待を持った目で、私を見る。

 西洋の服を普段着として着ている点から、彼女が高貴な人物なのは分かる。しかし、いかに高貴な人物だろうと貴重な物を所持しているとは限らない。

  ̄ ̄最初からそんな期待されると、かえってやりにくいんだけど。

 これも仕事か。

 私は彼女に一礼した後、刀身を覆っていた紫色の布を取る。

「へぇ……」

 確かな切れ味を伝える刀身が、鈍い光を放った。

  ̄ ̄確かに〝刀〟ではあるが……。

 といっても、大多数の人が想像する刀とは異なり、これには柄の部分がない。つまり、刀身のみだ。美術館などでは刀全体が見えるように、あえて柄から抜き取っ刀身のみを展示している。

 ――どうやら、観賞用のようね。

 最近は所謂美術刀という鉄を使用していない軽銀アルミ製の刀が出回っている事が多い。刀剣類の所持は国の許可が必要だが模造刀や美術刀は軽銀アルミ製のため刀剣類扱いされず、許可が必要ない。特に最近は取り締まりが厳しく、刀剣協会を通じて国にちゃんと申請していないと罰則ものだ。そういった手続きが面倒という事もあり、最近若者の間では簡単に購入が可能な模造刀を購入する奴が多いと聞く。中には真剣と模造刀の違いが分からず購入してしまう人もいる。普通気付くがな。

 その点、今回は軽銀アルミ製ではなく、確かな重みと切れ味のある本物の刀だ。

「ねえ、お嬢ちゃん」

「お嬢ちゃんって、貴女の方が年下じゃない」

「失敬な! 私はこう見えて、貴女より年上よ」

「そうは言うけど……」

 と、彼女は自分の胸元と、私の胸元を見比べた後――明らかに鼻で笑った。

 ちくしょう!

 確かに、成人済ではあるが、見た目は十代後半の小娘。

 身長が高いのが救いだが、同年代と比べると――ちくしょう! じゃっかん、年下に見られる事が多い。

 彼女が勘違いするのも頷けるが、本物の小娘に小娘扱いされるいわれはない。

「あの、鑑定はまだですの?」

「あ……」

 いけない、いけない。

 つい弱点コンプレックスを刺激されて、忘れる所だった。

「でも、意外でしたわ。かの有名な認定鑑定士様が、まさか貴女のようなお嬢ちゃんだっただなんて」

「うぐぐっ……」

 堪えろ、私。相手は、本物の小娘だ。

 ここは大人の対応をしましょう。

「それはそうと、お客さん。一応聞きますけど、<脇差・堀川国広>について、どの程度知っていますか?」

「え……えっと……たしか、『旧時代』の刀剣で、新撰組の土方歳三が所持いていたとか」

 一応その程度の知識はあったか。

「そう、『旧時代』……大政奉還が起きる以前の作品」


 大政奉還――時代が江戸から明治へと移るきっかけとなった出来事。


 これによって当時中心にいた武士の時代は終わり、時代はがらりと変わった。

今の国を作ったのも、大政奉還あってこそだ。

 しかし、それ程大きな出来事にも関わらず、誰もその時期は正しくは知らない。

 何故なら――江戸から明治へ移り変わった正確な月日が不明だから。

 江戸末期の慶応三年一〇月四日。大政奉還が起き、同時に江戸時代が終了した。

 そして――それから約一年後に明治時代は始まった。

 つまり、江戸から明治へ移り変わった間に、空白の一年がある。何故一年間空白がなのか詳細は一切不明であり、歴史上その空白の一八六九年は謎とされている。

 それゆえか――大政奉還以前の時代を『旧時代』、起きた後の時代を『新時代』と呼んだ。そして、はっきりと分からないせいで『旧時代』に出来た物品は歴史的価値ありとされ、高い評価を受ける。特に幕末後期の――ちょうど明治へ移り変わる時期に製造されたものはその中でも価値がある。

「『旧時代』の中でも幕末に活躍した物は大変価値があるとされるのでしょう? だから、もしかしたら『浪漫財』に当たるかと思いまして」

 『浪漫財』とは、また大きく出たな。

「いかにも。空白時代以前の、特に幕末から空白時代にかけて作られた物は歴史的価値ありとされる。それゆえ我々業界ではその時代や近い時代に製造、活躍した品を『浪漫財』と呼んでいるわ」

 鑑定協会が定めた歴史的価値のある鑑定品にのみ与えられる称号のようなものであり、『浪漫財』認定を受けるには、我ら認定鑑定士の鑑定結果が必須となる。

「ええ、我ら華族の間でも有名でしてよ。『浪漫財』一つでも所持していれば、その家の安泰は保証されますもの」

「逆に言えば、『浪漫財』を一つも所持していないと華族はその身分を失う、だったわね」

「ええ、まあ。我々華族にとって『浪漫財』の数は、その家の価値を示しますからね。まあ、私の家は名門で、既に幾つか『浪漫財』を所持していますので、心配ありませんけど」

 一瞬でも同情しかけた自分を殴りたい。

 しかし、真面目な話、彼女の言う通り華族など高貴な連中の間では『浪漫財』の数が家の価値を示し、同時に下げる。

 そのため、認定鑑定士が『浪漫財』だと鑑定した品を欲しがる華族が多い。

 ――鑑定士が正式に鑑定した結果は覆せない。

 ゆえに、私達は常に正確さを求められる。

 ――たとえ、それが依頼人の期待を大いに裏切ったとしても。

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